18.何故祖国を裏切ったんです?-この隊を、国を頼んだぞ-
全48話予定です
日曜~木曜は1話(18:00)ずつ、金曜と土曜は2話(18:00と19:00)をアップ予定です(例外あり)
そのまま腕時計のリューターを引いて文字盤を跳ね上げる。するとそこにはマイクであろう小さなスリットと小さなボタンが出てきたのだ。
「貴方の偽装工作は非常にもろかった。注意深く観察していれば、私でなくても見抜く事が出来るでしょう」
そう続け、
「それで[もしかしたらあれは時計ではなく、無線なのではないか]と思ったんです。どうせ整備で汚れるんだ、時計なんか官給品の安っすいデジタル時計で十分なのに、貴方は自前の時計をしている。そして、何日かかけて整備士全員のところを回ったあと確信しましたよ。私物の時計をしているのは貴方だけだ、とね。さらに言えば、時計なんてしてなくてもここエルミダス基地は、壁の至る所に思いっきりデカいのがありますからね」
そう言って時計がかけられた壁を指す。
さらに左腕を後ろ手に、もう片方の腕を振って整備場全体を指しながら、
「試しにこの整備区画の隅々まで、二十四時間のスキャニングを行ったんです。基地からはいろいろな電波が出ていますが、この区画からは出るはずがない。何しろ同盟連合の最高機密区画ですからね。そして、それは微弱ながら出ていたんです。指向性のある電波でしたからね、お陰で中継ポイントまで見つける事が出来ましたよ」
とまで話したあと、
「教えて貰えますか? 何故祖国を裏切ったんです?」
それに対するキーガンの答えは、意外にもすらっと出てきた。
「俺にはね、妻と子供がいるんだ。そして、俺たちはノルデン地方に住んでいた」
「そこって」
「ああ、現帝国の領土だ。同盟連合に属していた頃から住んでいた。もちろん俺たちは逃げようとした。悪い事は重なってな、明日にも撤退するってタイミングで攻め込んできたんだよ、奴らが。家にまでな」
キーガンはぐっと握りこぶしを作る。
カズが話を続けようとしたが、
「もちろん……もちろん逃げようとしたさ。でも情報が漏れていたんだ。やつらは俺が上級整備士である事まで知っていた。家をぐるっと囲まれてこう言われたよ。[妻子はこちらで丁重に預かる。きみは同盟連合内部の、特に新型機の情報を送ってくれればいい。これは餞別だ]ってな、この腕時計を渡されたんだ」
そう言いながらその時計を見る。
「このご時世だ、ホログラムも簡単に作れるのにせめて分針くらいは動くように設計しておいて欲しかったよな。流石にバレるか、やる事が雑だよな」
「家族は確か軍にいると言うとったよな? 何で相談しなかったんだ? 相談すればもしかしたら」
今までずっと黙っていたヤマニがそう問いかけるが、
「話して、どうにかなるんですか!? たかが一整備士にそこまで同盟連合はしてくれるんですか!? それならいっその事、奴らが攻めてくる前に、一日でも早く行軍の情報が降りて来ていれば、家族だけでも逃げる事が……」
確かにキーガンの言う通りだ。仮にその情報を上層部に知らせたところで、その結果は目に見えている。良くて監禁、悪ければ反逆罪で銃殺だ。それがたとえどんな理由であれ、情状酌量はしてくれないだろう。特にレイドライバーの機密に関しては。それほどこの兵器は、従来の戦闘スタイルを一新させるものなのだ。
「同情の余地は確かにあります、誰だって家族の命は大事ですから。でも、それはこの行為の正当化の理由にはなりませんね」
カズは極めて冷静に、ありのままを話す。
そんな会話の一瞬のスキをついてキーガンは、腰の後ろにセットしていたホルダーから素早く銃を抜いた。それを見て警備兵があわてて銃口を向けるが、キーガンの銃口は自分の側頭部を指していた。
――まぁ、そうなるわな。
[やめろ!][銃を下ろせ]という声が錯綜する中、
「何か言い残すことは?」
そうカズが尋ねると、
「お前はいつも冷静だな。もしかして人に興味がないのか……。まぁいい、もしも伝えられるのであれば、家族に[私は先に行っている]と伝えてくれ。そしてカズ中尉」
そこで区切ったその言葉の先は、
「この隊を、国を頼んだぞ」
「分かりました。あとの事はお任せください」
その言葉に[頼んだぞ]と再度つぶやくと、キーガンは悲しげな笑みを浮かべながら引き金の指を引いた。と同時に軍支給のその九ミリ弾丸はキーガンの頭蓋を打ち抜いて、反対側に脳漿を飛び散らせた。その場にいた警備の人間や、ヤマニはひどく動揺しているようで、他の警備の人間に無線で応援を要請している中、カズは後ろ手に組んで眉一つ動かさなかった。
そしてちょうど応援要請をし終わった警備兵に、
「司令室に、無線ジャミングを切ってもらうように伝えてくれ」
と話す。
「しかし……」
「いいから伝えろ!」
動揺がまだ収まらない警備兵を叱責する。
「り、了解しました」
再び無線に手をやり、上記内容をカズが要請している事を伝えると、無線のスピーカーから司令の声で、
「余分な事は話すなよ」
という声が聞こえる。カズは警備兵の無線のマイクを手に取り、
「了解です」
と短く答えると、血だまりの中にいるキーガンの左腕から時計型の無線機を外し、
「聞こえるか? キーガン大尉は内部調査で[黒]と判断され、こちらで処刑された。これ以上彼の家族を拘束しておく必要も、理由もあるまい? 家族の即時釈放を要求する。場合によっては戦争裁判にかける事も検討するのでそのつもりで」
そう無線機に話したあと、横たわった亡骸を見て、
「あの時頼りにしてます、とお伝えしたのに。とても、とても残念です。貴方の事は割と好きでしたよ、大尉」
――本当に残念です。
カズはその時計をぐっと握った。
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