15.どうです、これから一杯-彼と同じものを-
全48話予定です
日曜~木曜は1話(18:00)ずつ、金曜と土曜は2話(18:00と19:00)をアップ予定です(例外あり)
ここで話は少し前に戻る。レイリアがリミッターを外した数日後。
いつものようにドナルド・キーガンはレイドライバーの一般整備を終えて上がるところだ。周りで残務整理している他の整備士たちに[お疲れ様、お先に]と声をかけながらその場をあとにしようとしていた。
「大尉」
と声をかけられたキーガンが[誰だ?]と振り返れば、そこには笑みを浮かべてカズが立っていた。
「おお、中尉か。どうした? 何か俺に用でも?」
「大尉はこれからもう上がりですか? どうです、これから一杯、といっても我々は宿舎から出られませんから、外には行けませんが」
そう言うとカズは手でグラスを持つしぐさをして、それを口に運ぶ。
「珍しいな、きみから俺にアポなんて」
キーガンが言うのももっともだ。元々パイロットと整備士という立場、役割の違いがある。パイロットは戦闘が主体、整備士は戦闘以外の時間が主体だからだ。
それにカズはそういう事をしないように見える、というのもあるのだろう。実際、カズが他の人とプライベートを共にするのは珍しい事だ。しいて言えばクリスくらいか、それにしたってプライベートの時間までは一緒にはいない。
「前々から、大尉とお話でもしようと思っていまして」
「そうか、そういう事なら構わんよ。今から……といきたいところだがこんな格好だ、せめて着替えくらいはさせてくれないか」
「もちろんです。とりあえず手を洗われては? マシンオイルの匂いがしますので」
それはそうだ、今の今まで[仕事]をしていたのだから。
「そうだな」
そう言うと洗面器に向かって整備服の両腕を目一杯めくる。中には一年中長袖長ズボンという整備士の労働環境のせいか、生白い腕が覗かせていた。
「大尉、腕時計をお預かりしましょうか?」
カズが手を差し出すと、
「いや、大丈夫だよ。これくらいで壊れるようでは整備士の時計としてやってはいけないだろう? 性能のテストだよ」
キーガンは笑顔で返す。
「そういえば、あのあとゼロワンはヤマニさんの言う事を聞いているみたいだな。リミッターもちゃんと設定してあるようだしな」
「流石にあれだけ言われれば、ね。私のほうからもよく言い聞かせましたので」
カズは普段通りの表情をしている。
「そうか、それは隊長も大変だな、っと」
ちょうど洗い終わったようで、キーガンは首に巻いていたタオルで両腕を拭いている。
「そういえば大尉、今何時でしたっけ?」
カズが問うと、
「ああ、今は六時半までいかないくらいだよ」
キーガンが答える。
「しかし、整備班の方にはいつもご迷惑をかけてしまいすみません。特にこの前は」
「ああ、あの娘の同調率は高いからなぁ、頑張ってもらわないとな」
確かにそのとおりである。戦闘を、と言えば真っ先にレイリアが飛び込んでいくのだ、必然的に被弾も増える。
「その分、他の機体はこっちが楽させてもらってるよ。まぁ、肝心要の部分は俺たちは触れられないがな」
事実、キーガンは副主任としてヤマニが陣頭指揮を執れないときは代わりに執っている。そのキーガンをしてもレイドライバーの中枢部へのアクセス、整備は禁止されているのだ。そこはヤマニが全て一人で行っている。
「このまま行くか? まぁ、俺としては着替えたいところだが」
「もちろん構いませんよ。では食堂横の[ラウンジ]でお待ちしてます」
カズの言うラウンジとは、この基地の食堂の隣にある施設である。テント作りの食堂と違ってこちらのほうはもともとここにあった木造の小屋を改装して使用しているのだ。
ここの基地は市街地から少し離れている。一般の兵なら、外出許可を取って街に繰り出すことも出来るのだろうが、カズたちレイドライバーのパイロットはそうはいかない。そういった隊員たちの為にこの基地には夜になるとラウンジが開設されるのだ。
キーガンがラウンジに来た時には、カズは二杯目に手を付けていた。
「こちらです、大尉」
カズが手を挙げてキーガンを呼ぶ。
「おう、待たせたな」
そう言いながらカズに近寄っていく。
「あれ? 腕時計は別のものなんですね」
とカズがグラスを片手に聞くと、
「あぁ、あれは使い古しだからな。いつ壊れてもいいように仕事の時にしか使わんよ、ってヤマニさんが聞いたら[逆や逆]って言われそうだな」
キーガンが笑って返す。
「ご注文は?」
「彼と同じものを」
[かしこまりました]というバーテンの声を聴きながら、
「で、何か俺に話しでもあるのか?」
改めてそう尋ねるキーガンに、
「いえいえ、そういう訳ではなく純粋にお話がしたくて。大尉は確かヘリの整備士をやっていたとか。それがどうしてレイドライバーの整備を?」
「どうしてか、と聞かれると詳しくは分からないが、この国では整備士には二種類いるのは知っているよな?」
バーテンから差し出されたカクテルを受け取りながら話す。
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