099 風の精霊の依代
土の精霊の協力を取り付けた翌日。
わたしはカークの館の謁見室を貸し切りにしていただき、そこでサラの依代作りに取り掛かることにした。
謁見室にいるのは、わたしとディーネだけだ。
ギャラリーは無し。
理由はもちろん、依代作成中にわたしのオールヌードが見られないようにするためだ。
魔力の塊による偽物の裸だけど、そこは乙女の尊厳として守っておきたい。
「ユリ、サラちゃん。では最終確認じゃ。依代はサラちゃんが好きな形にする。ユリは妾の依代を作ったときと同じように、無形で依代となる魔力を紡ぎ出す。それで良いのじゃな?」
(いいわよ。素敵な依代を選定済みよ)
「うん、オッケーよ。サラちゃんもそれで大丈夫だって」
「では、前回とまったく同じようにやってみるのじゃ」
わたしは謁見室の中央付近に立ち、一度深呼吸した。
両手を前に伸ばして、集中する。
掌に魔力を集め、魔力の塊を目の前に紡ぎ出した。
・・・前回と同じように、二メートル四方ぐらいの魔力の立方体を作る。
魔力を集中して、濃密に・・・
「ユリよ。それぐらいで十分じゃ。風の精霊に命令せよ」
前回よりもぜんぜん早く依代の培地を作り出せた。
わたし、成長してる!
「うん。ではいきます。風の精霊に命じる。我が魔力を依代として、世界に具現化しなさい!」
命令により、魔力の塊がわたしの中から吸い出される。
やがて、金色に光るわたしのオールヌードが出現した。
前回、水の精霊の依代を作ったときと同じだ。
その時は、単純にわたしから魔力が抜かれているのだと思っていたが、魔力の理解が深まった今は、この現象の意味がはっきりと感じ取れた。
・・・風の精霊がわたしから離れて、依代に移動しているんだ。
この金色の魔力の中に、今、風の精霊がいるのだ。
そう思うと、少しだけ寂しくも思った。
金色のわたしが魔力の立方体に吸い込まれ、そして立方体の形がうねりだした。
依代の形成が始まった。
・・・今度はどんな人になるのかな?
サラちゃん、元々美人だし、さらなる美人を目指すとか?
あるいは『千年に一人の美少女』の依代とか?
そうしたらサインとかもらいたくなっちゃうなー
依代の形成が進み、徐々に輪郭が出来上がってきた。
そしてそれは、どう見ても人型ではなかった。
・・・丸っこい。
まあ、人だとは言ってなかったわね・・・
また動物系なのかしら・・・
風の精霊だし、フクロウとか?
しかし、丸みはどちらかと言えば横長で、哺乳類系の動物のような様相となってきた。
足のようなものが形成される。
どうやら四本脚っぽい。
全体のフォルムは丸みを帯びたままだ。
頭とおぼしき箇所も出現した。
頭はちょっとずんぐり目で、控えめだが小さい耳らしき突起も形成された。
・・・わたし、この子知ってるわ。
大好きだし。
ハシビロコウと同じく、環境さえあれば飼いたい候補のトップクラスに位置する、この動物・・・
ふわふわと思いきや結構ゴワゴワで、むしろチクチクする茶色の短い体毛。
優しいつぶらな瞳。
指の間にみえる水かき。
「カピバラ、よね・・・」
体長一メートルを超える立派なカピバラが目の前に立っていた。
わたしは崩れ落ちた。
この脱力感、デジャブを感じる。
「どう?私のこの姿。かわいいでしょ?」
「うん、かわいい、かわいいよ・・・。だけど、質問いいかしら?」
何でも聞いてと上機嫌のサラに、至極当たり前な質問から入った。
「なぜカピバラを選んだの?人型じゃなくていいの?せめて風の精霊だし、鳥型じゃないの?」
カピバラなんて、どちらかといえば土の精霊寄りじゃないだろうか。
「何を今更。ディーネだって水の精霊なのに鳥でしょう?見てよこのかわいらしさ。最高じゃない?」
「いや、それは同意するけど・・・」
サラはくるくる回ったり、頭をプルプル振ったりして、新しい体にご満悦だ。
うん、超かわいい。
ずっと見ていられる。
いやいや、そうじゃない。
サラは理由の説明を続けた。
「私もね、ディーネみたいに、陸海空を堪能してみたくなったの。そうしたらこのカピバラをあなたの記憶から見つけたわけよ。ユリも好きみたいだし、ちょうど良かったわね」
「いやいやいやいや、陸は分かるわ。海も・・・カピバラは泳げるし潜水も得意だけど、空だけは絶対に違うわ。カピバラは飛べないわよ!」
「何言ってるの。私は風の精霊なのよ。飛べるに決まってるじゃない」
サラはそういうと、魔力をふわっと纏い、中に浮いて空中を飛び始めた。
四肢を動かして飛ぶ様は、まるで空中を歩いているようだった。
「え?ええええ!?」
「見てくれがどうであれ、飛べるわよ」
そう言ってスススッと着地すると、サラは頭を上げて目をつぶり、鼻息をふんすと吹いた。
・・・ドヤ顔してるのかな?
「でも、でも・・・四本脚だと不便じゃないの?例えば、その・・・物をつかんだりとか。そりゃカピバラは手が器用だけれど・・・」
「その時は立って歩けばいいじゃないの。立って歩けるわよ。ほら」
サラはスクッと立ち上がり、二足歩行で普通にスタスタ歩いた。
「いや、立ち上がるぐらいならできるけど、その歩き方は骨格的におかしいから!もはや『カピバラのようなもの』だから!」
「別にいいじゃないの。私は本物のカピバラじゃなくて、中身はサラなのよ。風の精霊なのよ」
「ユリよ。もっと柔軟な発想を持つのじゃ。サラちゃんは風の精霊。自由が本分なのじゃ」
「ディーネちゃん?え、これってわたしの頭が固いの?わたしの理解が追いついてないだけなの?」
頭を抱えるわたしにサラがスタスタに近づき、前足でわたしの肩をポンと叩いた。
「そういうこと。まあ四足歩行のほうが普段はしっくり来るからそうしようと思うけど、わたしは自由な風の精霊。かわいいサラちゃんなのよ」
自分で自分を普通にかわいいサラちゃんと言い、いつぞやの『かわいいサラちゃんの歌』をハミングしながらくるくるスタスタするサラを見ながら、わたしは降参した。
「分かったわ。サラちゃんがその依代を気に入ったのなら全然かまわないです。不便もなさそうだし、かわいいし」
「妾もかわいいと思うのじゃ。ユリも良かったのではないか?また好きなものが増えたのじゃ」
・・・もしかして、サラちゃんもわたしの事を気にかけて?
わたしがハシビロコウと同じくらいカピバラも大好きだってこと、記憶から知っててその依代にしたの?
・・・なにが『ちょうど良かった』よ。
分かってたくせに。
ふたりとも、わたしに気を使い過ぎなのよ。
「サラちゃん」
「なに?」
「とっても素敵よ。わたし、サラちゃんのカピバラ姿も好きだけど、サラちゃん自身が大好きなんだよ。それを言いたかったの。大好きよ、サラちゃん」
「なななな、なによ!べっ別にあなたのためにこの姿に・・・」
顔が赤茶色になったサラの、しどろもどろの反論を聞きながら、わたしはとても幸せな気持ちでいっぱいになった。
◇
「・・・ユリ殿は、動物使いを目指すのかい?」
「えへへー。かわいいでしょう」
右側にハシビロコウ、左側にカピバラを連れてカークの執務室に赴いたわたしは、カークにそう問われた。
できるなら私有の動物園が欲しいとは思うので、まんざらでもない。
執務室にはカークの側近だけではなく、アドルとエリザ、そして土の精霊もいた。
またアドルにくっついて回ってるのか・・・
「こっちが風の精霊のサラちゃんかい?勇ましい姿だね」
「そうね、かわいらしい中に、とても気品があるわね。アタシがお近づきになってもいいのかな?恐縮するわね」
アドルとエリザのサラに対する第一印象はなかなかの高評価だった。
にしても・・・
勇ましい?
気品?
どうもこの星の人達の美的基準は少しずれているような気がしてならない。
かわいいのは同意だけど。
それとも魔力のオーラ的な何かだろうか。
アドルとエリザが感嘆を述べる中、土の精霊はジーッとサラを見ていた。
そしてサラにススっと近づくと、しゃがみ込んで視線を合わせた。
めちゃくちゃ怪訝そうな顔で、カピバラの顔を見ている。
「風の精霊よ・・・」
「土の精霊。あなたもわたしを呼ぶ時はサラでいいわよ。もしくはサラちゃん、ね」
「サラ・・・ちゃん。あなた・・・」
そして土の精霊は立ち上がると、キッとわたしを睨みつけ、大きな声をあげた。
「ユリ。これ、ちょうだい!」
「あげません!!!」
どうやら土の精霊もカピバラをお気に召したようだった。
5/19に次話投稿予定です。
じわじわとですが、見てくださる方が増えてきたように思います。
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