009 思惑
ようやく、水の精霊が手に入る。
バルゴは自室で一人、異世界から召喚した娘について考えていた。
バルゴは昨夜、娘が水の精霊の結界を通り抜けられる事を確認した後、明日の準備について指示を出し、自室に戻って睡眠を取った。
しかし気分が高揚していたのか、明日の事が気になっていたのかは分からないが、数時間で目が覚めてしまい、再び睡魔が訪れるまで、酒を飲んで思慮に耽る事にしたのだった。
・・・あの異世界から召喚した娘、なかなか肝が据わっていた。
いきなり知らない世界に飛ばされてきたというのに、環境の受け入れも早かった。
頭の回転も悪く無いだろう。
「魔力があれば魔導師になれたかもしれんな」
空になったグラスに自らの手でボトルから酒を注ぐ。
「魔力が無くても、多少の不便を我慢すれば、文官や政務担当という手もある」
魔力が全くなければ、文官などが業務で使う魔道具が一切使えないため、不便をきたす。
しかし、全く仕事が出来なくなるという訳では無いので、担当する仕事を選べば、それなりに戦力になるだろう。
そういえば年齢は聞かなかったが、おそらくは成人している。
仕事を与えても構わないだろう。
なお、この世界の成人は十五歳である。
実年齢より若く(幼く)見られていた。
・・・伴侶はいるのだろうか。異世界に残したままだろうか。
未婚であれば我が妻にしてやってもいい。
魔力は持っていなくとも、異世界人を王妃にするというのは面白そうだ。
異世界との交流を政策に掲げて政治利用する手もある。
「なかなか面白い人材だ。せいぜい有効利用させてもらおう」
グラスの酒をグイッと飲むと、再び酒を注ぐ。
バルゴは異世界人の娘を元の世界に帰す気が無かった。
水の精霊の結界に干渉出来たのは計算通りだったが、他にも使い道があると考えている。
仮に水の精霊の使役に成功しても、この星の成り立ちに関する逸話が本当であれば、「このままではこの星は長く持たない」と考えている。
そしてそれは本当のことであると確信している。
「前王が魔道具を破壊したのは計算外だった」
前王は死ぬ間際に、王のみが使う、大精霊を使役するための魔道具を破壊した。
そのため、星降りの儀式を執り行う事ができなくなってしまった。
星降りの儀式を行う事が、この星の維持には必要不可欠だという。
全ての大精霊の使役、あるいは、支配が出来れば、星降りの儀式を行う事が出来るだろう。
それは王としての権威を示すためにも必要だった。
なんとしても、全ての大精霊の力を手に入れねばならない。
水の精霊のように、他の精霊が結界を張って抵抗しても問題ない。
また異世界人の娘を利用して、他の精霊の使役を手伝わせればいい。
万が一、精霊の反撃を受けて娘が死んだら、別の異世界人を召喚すればいい。
所詮、他の世界の人間だ。繰り返し召喚して、使い潰すだけだ。
問題は、他の大精霊の使役が不可能と判明した時、もしくは星の命運が尽きると悟った時。
その場合はどうするか。
「その時は、異世界の娘の世界にこちらから転移して、征服してしまえばいい」
そのためには、異世界に関する様々な情報を手に入れておかなければならない。魔道具のない世界のようだが、他の技術が発達しているならば脅威となり得る。
いっそ異世界の技術も取り込んで、こちらの戦力強化に使いたいとも思う。
娘は勇者だと持ち上げられて、まんざらでもない感じだった。
フラウスと話が合いそうだったから、フラウスの第二夫人にしてしまうのも悪くないだろう。
異世界の娘とかりそめの信頼関係を築き、利用する。
バルゴはグラスの酒を睨みつけるように見つめる。
「隷属させる事が出来れば話は早かったのだがな」
その時、風もないのに部屋の明かりが揺らぐ。
そして部屋の中に、バルゴではない声が響く
(小娘を隷属できなかったのは計算外だったな)
バルゴが皮肉な笑みを浮かべて答える。
「ふん。お前の力が及ばなかったのだろう。俺よりお前が驚いたのではないか?」
(魔力を持たぬもの、知性の無いものが隷属の魔術に掛からない事は知っていよう。まさかあの娘、実は知性が無いのではなかろうな?)
「ガハハハ!そいつは傑作だ。娘に向かって言ってやりたいわ」
バルゴは由里を召喚した時、由里に隷属の魔術をかけようとしていた。
相手の目を見て魔力を送り込み、術を行使した。
隷属の魔術は相手の魔力に対して作用し、術者に対して従順な人形となる。
しかし由里に隷属の魔術は掛からなかった。術が失敗したのだ。
流石に知性が無いはずがないので、魔力を持っていないのだろうという結論に至っている。
「知性はある。頭の回転も速そうな娘だが、お人好しの馬鹿には違いないかもな」
(せいぜい娘を上手に利用する事だ。そして我を楽しませてくれ)
「ああ、わかっている。・・・炎の精霊よ」
その時、自室の扉が激しく叩かれた。
「どうした!」
扉を開けた護衛騎士が、血相を変えてバルゴを見ている。
「陛下!お休みのところ申し訳ございません!城内に、賊が…賊が侵入しました。異世界の娘も姿を消しました!」
「なんだと!探せ!総員で捜索にあたれ!」
「はっ!」
バルゴも装備を整えて準備を始める。
賊だと?どうやって城の結界に入った?
それとも内部からの叛乱か?
あるいは、前王の・・・
狙いはなんだ?水の精霊の解放か?
あの娘、まさかお人好しの馬鹿では無かったのか・・・
その頃、由里は水の精霊の間で、盛大にくしゃみを連発していた。