089 旗艦襲来その二
詰所に慌ててやってきた騎士がもたらした情報は詰所にいる全員を驚愕させた。
「敵の旗艦が、港に現れたのです!」
「そんな・・・旗艦は海に沈めたはずよ!」
敵の旗艦は、文字通り『海に沈めた』はずだった。
ディーネの大魔術によって海を割り、海底に落としたのだ。
「おそらく敵の旗艦は、水中を進んできたと思われます。船体は損傷だらけで、砲撃こそしてきません。とにかくコーラルに着くことだけを目的として向かってきたとしか思えませんが・・・」
「でも水中船では無いのでしょう?」
「おっしゃる通り、あの船は水中船の装備ではありません。しかし現実は水中から現れました。魔道具によるものかもしれませんが、船が破損することも構わずに特攻してきたようで、ものすごく不気味です。もしかすると・・・」
「自爆攻撃の可能性だな?」
騎士の言葉を遮るように言葉を割り込ませたのは、アキムだった。
救護所で休んでいたはずだが、異常に気がついて詰所に来たようだ。
わたしはアキムに駆け寄り、アキムの言葉の意図について聞いた。
「自爆ですか?」
「ああ。もしもあの船に爆弾が積んであれば、港ごと吹き飛ばす気なのかもしれん」
「そんな!自爆攻撃なんて非道じゃないですか!」
「なりふり構わないのだろう。バルゴの考えそうなことだ」
まずいまずい・・・そんな事をされてはたまらない。
恐ろしさと同時に、味方の命を粗末にするやり方に怒りが沸き上がってきた。
「ユリよ、落ち着け。まだ爆弾だと決まったわけではない。だが、港から人は避難させたほうがいいだろう。もしも爆弾ならば、こちらから敵船に迂闊な攻撃をすることはできない。なんとか船を退けられればいいのだが」
町の人については、戦闘が始まる前に町から退避してもらっている。
陸上の防衛部隊をどれだけ残すか、どのようにして船を寄せ付けないようにするかが問題だ。
アキムは騎士達に指示して、最低限の要員を残してできるだけ遠くに退避させるように指示した。
残る人員はラプターに搭乗した状態で、すぐに空に逃げられるように指示を出した。
それからアキムはわたしに向き直ると、対処方法について提案を出した。
「まず、儂が敵船を囲うように結界を張る。ユリとディーネはその外側で防御魔術を展開して欲しい。二重の防壁で町を守る」
結界・・・もしかして精霊の結界?
かつてディーネが王城で引きこもる時に張った、あの結界の事だろうか。
とすると、風の精霊による結界を張るつもりなのだろう。
「ディーネは今、魔力量の回復中だな?」
「うむ。もう少しだけ回復に時間が欲しいのじゃ。それほど長くはないがな」
「では、陸地に対する防御魔術はユリが中心に展開せよ。そしてディーネの魔力が回復次第、結界ごと再度船を沈める。海の中で完全に沈黙するまで沈めておこう。それに海中で爆発するならば、多少は威力を抑えられるかもしれん」
アキムの提案で必ず爆弾を防げるとは限らないが、やらないよりはマシだろうし、わたしにはすぐに他の良い手が思い浮かばなかった。
ただ、一点だけ確認することがあった。
「その方法ですけど、アキム様もご無事に、生きて帰れるのですね?」
爆心地に一番近い場所でアキムが結界を張るのだ。
アキムが自分を犠牲にして対処するつもりならばおいそれと頷けない。
「ユリよ、儂は自身を守る結界もある。伊達に長生きはしておらぬよ。それに、強力な守護精霊がついているからな」
・・・サラちゃんの事ですよね。
まあ、サラちゃんもみすみすアキムの命を危険に晒すとは思えないが、それでも心配だ。
「絶対に、死なないでくださいね」
「分かっている。約束だ。まだ麻雀をやり足りぬしな」
わたし達は早速行動を開始した。
わたしとディーネとアキムは港に向かった。
既に敵艦は陸から肉眼で普通に見える所ほど近くまで来ていた。
「ひどい・・・よくこれでここまで・・・」
船の損傷はひどいものだった。
船の半分はえぐれ、浸水した水が船から垂れ流されていた。
主砲どころか、甲板と思える場所も無くなっており、かろうじて艦橋が残って、ギリギリ浮いているだけの船、といった様相だった。
健在な乗員はどれだけいるのだろうか。
既に全員死んでいてもおかしくないほどだった。
「ではユリよ、早速だが儂は結界を・・・」
「あれはなんだ!?」
アキムの声をかき消すように、突然、近くにいた騎士が大声を上げた。
◇
フェイムは満身創痍で、旗艦の椅子にしがみつくように座っていた。
艦橋で生きている者は自分を含めて三名程度。
生きている者も怪我や身体の損壊で全員が重傷だった。
おそらくもう長くはないだろう。
フェイムも頭から血を流し、全身の痛みに耐えていた。
内臓を損傷し、骨折もしていると思われた。
しかし、艦橋はこれでも『まだまし』なほうだった。
船の他の場所では、損壊した箇所から海中に投げ出された者や、いきなりの浸水で溺死した者、船体の落下の衝撃で死亡した者など理由は様々だが、生存者はいなかった。
突然、『海の中で船が海底に落下』した時、フェイムは作戦が失敗したと共に、完全に死んだと思った。
海底に落ちた衝撃で、船はひどい損壊を受けた。
そしてその後、海水が船を侵食した。
航行不能どころの話ではなく、このまま沈没するものと思った。
しかしその直後、バルゴから賜った魔道具が活性化して船に薄い防御膜を構築すると、船への浸水を防ぎ、魔道具の推進機構でなんとか航行できる状態だけは保つことが出来た。
そしてそのまま海中を進んでいった。
船がコーラルに近づくにつれ、徐々に船体は海面に近づき、完全に浮上した時には、船はコーラルの間近まで迫っていた。
だが、それだけだった。
これ以上、この船でどうしろというのか。
フェイムは椅子から立ち上がり、這うようにして魔道具までたどり着くと、王都と通信がつながったままの魔道具を通して、バルゴに問いかけた。
「バルゴ様・・・船は半壊、いや、ほぼ全壊しました。生きている兵も少なく、戦える状態ではありません・・・」
「フェイム、船はコーラルに向かっているのか?」
フェイムは初めてバルゴに怒りを覚えていた。
こんな状況になってもなお、コーラルに近づいているかどうかが重要なのか、労いの言葉の一つでも先にいただけないのかと。
そう思うと、フェイムは自然と声を荒らげていた。
「バルゴ様・・・ええ、船はコーラルに近づいていますとも。こんな状態でも、全員死にかけていても、船はコーラルの港の目前までたどり着きましたとも!・・・この後、我々はどうなるのですか。この魔道具、実は爆弾ではないのですか?我々にコーラルごと自爆しろと、そうお考えなのでしょう!」
フェイムは激昂し、拳で床を殴りつけた。
骨が軋み、痛みが全身を駆けた。
「フェイムよ」
バルゴの静かな声が、魔道具から聞こえた。
「なにか勘違いしているようだが、その魔道具は爆弾などではない」
「・・・爆弾ではないのですか?」
「いかにも。違う」
魔道具が爆弾ではないということは、自爆攻撃ではないということだ。
フェイムは安堵したが、それならば今度は別の疑問が湧き上がった。
「では、この先、我々はどうすればよいのですか?」
「何もする必要はない」
「・・・は?」
「何もする必要はない、と言ったのだ。ご苦労だった」
そして王都との通信が切られた。
「一体どういう事だ・・・」
何の疑問も解決することができないまま、フェイムは全身の痛みで気を失い、そのまま床に崩れ落ちた。
◇
王都管理区の王城、その中にある儀式の間に、バルゴとフラウス、そして護衛騎士と魔道師団がいた。
儀式の間には大きめの魔道具が起動可能な状態で置かれていた。
「フェイムが自力でニューロックを陥落させていればよかったのだがな」
「御意。では、例の手を?」
「ニューロックは目前だと言っていた。ならば十分な威力を発揮できるだろう。魔道師長。発動せよ」
「はっ!」
魔道師団の長が、魔道具に触れ、魔道具を起動した。
膨大な魔力が魔道具から流出し、魔道具内の魔力は消失した。
それと同時に、魔道具は粉々に崩れ落ちた。
魔道師団の長がバルゴに報告した。
「バルゴ王、正常に起動しました。ただ、負荷に耐えきれずこちらの魔道具は崩壊してしまいましたが、間違いなく『フェイム太守の魔道具に向けて発射された』と思われます」
「うむ。魔道具が使い捨てになることは承知の上だ。骨董品のような魔道具だからな」
「バルゴ王、このような魔道具を一体どこで・・・」
「死にたくなかったら知らぬ方がいいだろうな」
「・・・失礼しました」
魔道師団の長は非礼を侘びて、バルゴの前から下がった。
代わりにフラウスがバルゴに進み出た。
「ニューロックへはいつ連絡しますか?」
「明日で良かろう。まだ太守と異世界の娘が生きていればな」
どうせならニューロックが阿鼻叫喚する様子を酒でも飲みながら見たかったがな、とバルゴはフラウスに軽口を叩きながら、儀式の間を後にした。
◇
アキム(とサラ)が敵船に向けて結界を張ろうとした時、突然、近くにいた騎士が大声を上げた。
わたしは声を上げた騎士の方を見た。
騎士は北のほうの空を見ていた。
空?
もしかしてラプター?
あるいはまさか敵も航空兵器を?
わたしとアキムは騎士の見ているほうの空を見て、絶句した。
何かが飛来してきていた。
目を凝らして見る。
「何?・・・火の玉・・・?」
それは大きな火の玉だった。
空を駆ける大きな塊が、真っ赤な炎を纏ってコーラルに向けて突っ込んできていた。
0時に次話投稿します。
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