084 開戦の兆しと町の声
カークからの緊急連絡を受けたわたし達は、会議室に集まっていた。
会議室にはアーガスの首脳部とアキム、カークの側近達が揃っていた。
「皆、急な招集をかけてすまない。集まってもらったのは重要な連絡のためだ。まあ、皆も予想してた事とは思うがな」
全員の顔に緊張が走った。
建国から数日経った今、カークからもたらされる重要な連絡と言われれば、思い当たる事は決まっている。
「始まるということだな。王都の軍との戦いが」
アキムは確認するようにカークに聞いた。
カークは静かに頷くと、現在の状況を話し始めた。
「情報によると、王都からの軍勢が既にニューロックに向かって進んでいるとの事だ。王都から海を縦断して、まっすぐこちらに向かっているらしい」
王都から攻撃を仕掛けられる事は頭では分かっていた事だ。
しかし頭で考えていたことと、実際にその事実を目の当たりにすることには、大きな隔たりがある事を実感していた。
わたしは『これから起こるであろう様々な惨劇』に対する恐怖で手が少し震え出していた。
平和な国で育ったわたしは戦争を経験したことがない。
地球ではいまだに戦争や内紛が起きている国や地域があるが、それはとても悲しく、残念な事だと思っている。
しかし、やはり心の中ではどこか対岸の火事という印象を持っていた。
それが今、この国で起きるのだ。
勝っても負けても、敵にも味方にも、亡くなる人が出るだろう。
それにわたしは耐えられるだろうか。
かつて、ナーズでミライが害された時、逆上したわたしはディーネの力を借りて王都の兵士を殺した。
ディーネが言うには、私の意志で躊躇なく兵士を殺したという。
その時の心の内をはっきりとは覚えていないが、兵士を殺したことだけは覚えている。
相手のやったことが何にせよ、人の命を奪った事を忘れてはいけないと思っている。
できれば人の命なんて奪いたくない。
でも『これから起こるであろう様々な惨劇』には『わたしが人を殺す』という未来も当然含んでいた。
・・・私は非情になれるだろうか。
大切なものを守るためなら、大切ではないものを壊すことに躊躇わないでいられるのだろうか。
そんな自分を想像できない反面、大切なものを奪われるぐらいならトレードオフで開き直れるような気もしている。
そんな自分が怖かった。
手の震えはまだ止まらなかった。
しかし、ふと、手の震えが止まった。
もとい、止められた。
「アドル?」
アドルが私の震える手に自分の手を乗せ、強く握った。
「ユリ。たぶん今、君は力を行使してこの国を守る事で、それと同時に、たくさんの人の命を奪うかもしれない事を恐れているんじゃないか?」
「・・・うん。怖い。でも、やらなきゃいけないって分かってはいるの。それでも怖いの・・・」
わたしの手を握るアドルが手はとても強く、そして暖かかった。
それが余計に心に沁みて、不意にポロッと涙がこぼれ落ちた。
アドルはそんなわたしの顔を見ないように目を逸らして、一つの提案をした。
「ユリ、この会議の後、オレの仕事を少し手伝ってくれないか?君に見せたいものがある。少しはその恐れを軽くしてくれるかもしれない」
「本当?」
「・・・逆効果になる可能性もないとは言えないけど、たぶん」
・・・なによ、後半は歯切れが悪いわね。
でも、アドルに何か考えがあっての提案なのだろう。
少しでもすがれるものがあるなら、わたしに断る理由はない。
なによりアドルを信じている。
「うん、分かった。アドル、お願いね」
まだ不安と恐怖は残ってるけど、わたしはヘラッと笑ってみせた。
そんな様子をカークに茶化された。
「・・・アドル殿、ユリ殿。そろそろいいか?後で時間をやるから部屋でゆっくりいちゃついてくれ」
「いやいやいやいや!いいですから!大丈夫ですから!すみません、話を続けてください」
まだ不安と恐怖は残ってるけど、恥ずかしさで上書きされた。
みんなもニヤニヤしてわたし達を見ている。
くそう、こっ恥ずかしい・・・
わたしは顔を拭いて背筋を伸ばし、カークの話を聞く体制をとった。
「では話を続けよう。王都を出発した軍勢だが、おそらく十日ほどでニューロックの近郊に到着するとの事だ。海上には偵察を配備して警戒をしておく。皆は来るべき戦いに向けて、予定通り準備を進めてほしい」
十日か・・・本当にすぐだね。
そして、王都軍の軍船の数や種類、想定される王都軍からの攻撃方法や戦術について説明された。
敵の艦隊はおよそ八十隻。
思っていたよりも敵の数は多かった。
大丈夫だろうか。
「心配する事はない。これまでの準備で武器も潤沢に用意できたし、戦うための算段も揃っている。エスカ嬢、武器の配置状況はどうか?」
「はい、既にニューロックの軍船への配備を済ませています。陸上からの攻撃兵器も沿岸地域に配備済みです。全ては『カーク様のため』に」
エスカが熱視線と共にカークに報告した。
カークば若干引いているように見える。
「あーエスカ嬢・・・、その、なんだ、『ニューロックのため』に尽力してくれて感謝する。次にスポーク、こちらの軍船の準備は?」
「エスカ殿の言う通り、武器の配備も済んでおり、いつでも出撃できる状況です。コーラルから出撃できる船の数は三十隻ほどですが、敵の出現位置によっては、他の防衛艦隊を呼ぶ事もできます」
「敵の艦隊八十隻に対してこちらは三十隻と少々か。だがこちらは一隻あたりの火力と兵力が違う。エスカ嬢とアキム様のおかげだな」
こちらには色々な新兵器もある。
多少の数の不利は払拭できると思う。
ただ、数の暴力だけには気をつけなければならない。
戦争の基本は数と補給だ。
こちらは拠点防衛に徹するつもりなので、補給についての心配は少ない。
一番怖い事は、数で圧倒され、包囲殲滅されることだ。
「アドル殿、陸上部隊の編成状況はどうか」
「まず、コーラルの騎士隊については問題ないです。義勇兵についても順調に集まっています。もっとも、敵をニューロックに上陸させるつもりはありませんけどね」
義勇兵?
民間からも登用するの?
「よし。あとはアキム様とユリ殿。戦いが始まったら、お力をお貸し願います」
「心得ている」
「はい。がんばります」
わたしはあまり力強く返事を返せなかったが、やるべき事はわかっている。
ただ、まだ心が追いついていないだけだ。
だけど下は向かない。
向いてはいけない。
・・・わたしが下を向いては、みんなの士気も下がっちゃうからね。
「がんばります!」
自分を奮い立たせるように、さっきよりも少しだけ力をこめて、もう一度言った。
カークは頷くと、笑顔を見せて言った。
「ユリ殿、いや、皆も気負う事はない。我々は必ず勝つ。戦いの日までまだやる事はあるが、気持ちに余裕は持て。休憩も娯楽も忘れるな。気を張り詰めすぎるのはかえって良くないからな」
カークはそう言って、会議を締めた。
◇
緊急会議を終え、わたしとディーネはアドルの仕事を手伝うため、中庭に出た。
そこにはアドルとノーラ、それに数名の騎士と馬車が待っていた。
「馬車?外に行くの?」
「うん、さっき義勇兵の話をしただろう?義勇兵募集の仕事を手伝って欲しいんだ。手伝うと言っても、一緒に来てもらうだけなんだけどな」
「構わないけど、場所はどこなの?」
「コーラルの町の広場だよ」
「町の広場・・・」
・・・わたし、町の中に出て大丈夫?
町の人達、あの放送を見てるんだよね?
わたしの事を皆が知っているはずだ。
わたしの事を面白く思っていない人、それどころか太守を唆した大罪人ぐらいに思っている人がいてもおかしくないだろうに、それなのに町に行けと?
「ねえ、ちょっとアドル・・・わたしが町に行って、その・・・大丈夫なの?」
「ユリの心配はもちろん分かってるつもりだ。馬車で行くのもそのためだし、警備のためにオレとノーラ、それに太守から許可をもらって騎士にも数人来てもらう。ユリとディーネは念のために水の防御を展開しておいてくれ」
・・・本当に分かってるのだろうか?
物々しい護衛と防御体制で行くほどの事なの?
カークから騎士を借りれたという事は、カークからも許可が出ているという事なんだろうけど。
とりあえずアドルを信じて馬車に乗り込み、町の広場に向かった。
◇
町の広場に着くと、その一角に運動会のテントのようなものが立てられており、たくさんの人達が集まっていた。
テントでは文官や騎士が受付を行なっていた。
テントの近くではチラシを配っている人もいる。
馬車を降りて、そそくさとテントに行くと、チラシの束が目に入った。
要約すれば『義勇兵募集、ただし成人に限る。武技、魔力に自信のある人歓迎』といった内容で、全く同じチラシがたくさんあった。
「アドル、これって・・・」
「そうだよ、ユリ」
「印刷技術があるならそろばんの問題集が量産できるわ!」
「そうじゃない!チラシの中身!」
え、違うの?
印刷技術を見せてわたしを元気づけてくれるって話ではないのか。
「チラシの量産なら、印刷の魔道具で簡単にできる。その問題集とやらにも使えるだろうし、カークさんの館にもあるから後で使い方を教えてあげるよ。だけど、今話がしたいのはそこじゃない」
アドルが苦笑しながら、テントに並ぶ人達を見るように促した。
「みんな、カークさんと君の演説を聞いて、協力するために来てくれた人達だ。この人達をユリに見せたくてね」
確かにたくさんの人達が集まってくれていた。
中にはいかにも未成年っぽい人や、さすがにご高齢すぎるだろうという人もいて、受付は苦労しているようだ。
「・・・すごいね。嬉しいね。こんなにも協力してくれようとする人がいるなんて」
集まっている人達を呆然と見ていたら、なにやら周囲がざわざわし始めたことに気がついた。
「・・・あの子、放送の時の・・・」
「異世界の勇者じゃないか?」
「この娘が?意外と小さいな?」
しまった!バレた!
・・・それと小さいのは身長の話よね?
テントに集まっていた人達も、受付そっちのけでこちらを見たり、列を離れてわたしの方に集まってきてしまった。
もうわたしは包囲される寸前だ。
「アドル!どうしよう!わたしがここにいるのがバレちゃったよ!」
「大丈夫だよ、ユリ。きっと大丈夫だから」
アドルがわたしの隣で、そっとわたしの肩に手を置いた。
しかし、アドルも少し不安なのだろうか。
肩に置いた手には徐々に力が入っていった。
「あの・・・勇者さん?」
右下の方から声が聞こえた。
声がした方に目を向けると、小さな男の子がわたしを見上げていた。
「お姉ちゃんは勇者さんなの?僕達のために戦ってくれるの?」
・・・何で答えればいいだろう。
男の子がわたしを見ている。
町の人達もわたしを見ている。
わたしの言動次第で、全てを台無しにするかもしれない・・・
その時アドルが、わたしの肩に置いていた手を離し、背中をポンと叩いた。
「ユリ、怖がる事はないよ。君の言葉で、答えてあげてくれ」
・・・わたしの言葉。
『そうです、わたしが勇者です』
『いやいや、滅相もございません』
『ある時は片目の運転手、またある時は怪鳥使い、しかしその実態は、異世界の勇者よ!』
・・・どれも違うな。
そもそもネタに走ってどうする。
気負わず、今の気持ちを正直に答えよう。
失敗したら・・・その時はその時だ。
わたしは男の子の目線に合わせるためにしゃがみ、質問に答えた。
「うん。わたしはみんなのために戦うわ。でもわたしだけでは戦えないの。みんなはわたしを異世界からの勇者って言ってくれるけど、わたしはまだ勇者と呼ばれるような事はしていない。これからなの。これからこの星を救うために頑張るから、それを見て、わたしを勇者と呼ぶに値するかどうかを見てほしいと思っているわ」
それからわたしは立ち上がって、集まっている町の人達に向き合った。
「わたしも精一杯頑張ります。だからみなさんの力もわたしに貸してください。お願いします!」
そう言ってわたしは頭を下げた。
結局、わたしは皆の前で自分を勇者だと言い切れなかった。
おまけにわたしに力を貸して欲しいだなんて言っちゃったし、ガッカリされたかな?
でも、本心のまま言えたと思う。
頭を下げたまま反応を待つと、男の人の声が聞こえてきた。
「娘さんよ。自称勇者なんて、そのへんの酒場にいくらでもいる。お前さんの正直な言葉は信用できるとワシは思ったよ」
頭を上げると、一人のご老人が近くに来ていた。
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのはワシらだ。お前さんのおかげで、今の王に歯向かうきっかけをくれたんだからな」
「そうだよお嬢さん。俺達は今の王なんかよりもカーク太守を信用している。そのカーク太守が信用しているあんたを俺達も信じてるぜ。力なんぞいくらでも貸してやる!」
「あたしたちも応援してるからね。この国を守っておくれよ!」
「計算が得意になりたいです。教えてもらうのを楽しみにしています!」
ご老人の言葉に続いて、集まっている皆がわたしに声援を送ってくれた。
その声援はしばらく途切れる事はなかった。
・・・こんなにも皆が応援してくれるなんて。
ニューロックの人達、すごい!
計算が得意になりたいですって?喜んで教えるわよ!
「ありがとうございます!頑張ります!ありがとうございます!・・・」
感激の涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭うことも忘れて、わたしはお礼を言い続けた。
・・・ここに来て良かった!
アドル、ありがとう!
◇
由里の登場で盛り上がってしまった広場では、その後も義勇兵募集が続いていた。
由里が来ているという話を聞き、由里を一目見ようと集まった人達は口々に激励の言葉をかけたり、そのまま義勇兵に名乗りを挙げたりしていた。
そんな中、受付に座るアドルと由里の前に、屈強そうな男達の集団がやって来た。
「あのー、俺達も義勇兵に参加したいのですけど・・・」
「はい、では名前をお願いします」
「はい。俺達は・・・あっ!?」
男達がアドルの顔を見て驚きの声を上げた。
アドルも男達に気がついた。
「・・・お前ら、あの時の、確か『月夜の盗賊団』だよな?警吏を呼んだ方がよさそうだな。おーい・・・」
「いやいや、ちょっと待ってくれ!今の俺達は『月夜の義勇団』を名乗っているんだ!・・・悪事からは足を洗ったんだよ、本当だよ、だから逮捕は勘弁してくれ(超小声)」
月夜の盗賊団は、ドルッケンで魔石発掘を終えた由里達がコーラルに戻る道中で、馬車を襲いにきた野盗だ。
盗賊団はアドル達にあっけなく返り討ちにされたが、道中を急ぐアドル達は盗賊団を捕らえる事なく、見逃してやっていた。
「・・・で、ここで何をする気だ?」
「何って、義勇兵に決まってんだろ。あの放送を見て、俺達は生まれ変わったんだ。この国を守るために、ユリの姐さんに力を貸したいと本気で思ったんだ!・・・それと、あの時はすみませんでした!薬もありがとうございました!ユリの姐さん、今後ともよろしくお願いします!」
「・・・分かった。信用するよ。よろしく頼む」
「でも姐さん呼びは勘弁して!」
その後、その会話を聞いていた町民から『ユリの姐さん』呼びが流行し、徐々に定着していったという。
0時に次話投稿します。
じわじわとですが、見てくださる方が増えてきたように思います。
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