081 投映の魔道具とそろばんの試作
『スクリーンに投映する魔道具を使えば、そろばんのオンライン授業ができる』という素敵な発見にわたしは興奮していたが、皆の反応はどうも違うようだ。
わたしと、会議室の皆との温度差を感じる。
なぜだろうか。
カークが頭を振って、先ほどの王都からの通達についてわたしに言及した。
「いやいや、ユリ殿。バルゴの話を聞いていたか?其方は国を挙げての大罪人扱いをされているのだぞ?」
「え、だって、バルゴがわたしを捕まえようとしているのはわかってる事じゃないですか。だったらわたしの扱いはそんなもんですよね」
何を今更、としか思わない。
王都で発令されていたわたしの捕縛命令が世界中に広がっただけだ。
そんな事よりわたしはオンライン授業の話をしたい。
「でもユリちゃん、ひどい言いがかりもつけられてるよ?怒らないの?」
「うーん、わたしがバルゴの立場ならそう言うかなーとも思いますね。自分を正当化して嘘をつくならば、この星の厄災の原因をわたしに押し付けると思います」
ふむ、と一息ついて、一応、懸念事項についても話した。
「わたしが心配するのは、この国の建国宣言の時に、この放送を聞いていたニューロックの民の反応です。もしも領民の皆さんがバルゴの話を信用するならば、わたしはカークさんを唆して国を乗っ取ろうとしている悪い奴と思われるかもしれません。カークさんはどう思いますか?」
カークはアゴに手をやり、少し考えてからわたしの質問に答えた。
「ニューロックの民は決して馬鹿ではない。俺の話を聞いて、賛同してくれる人は多いと思う。どうしても信用できないという者には、ニューロックから離れて、他領に行く許可を与えるつもりだ」
ニューロックから離れることにした民には、太守公認の移民認定証を発行して他の領地民になれることを保証するとともに、他の大陸に行くための船を出すそうだ。
とはいえ、そう簡単には馴染みの土地を離れられないだろうし、新天地で新しい生活を始めるのも大変だろう。
できれば金銭の補助もしたいところだが、そこは人数次第、とカークが補足した。
「カークさんがそうおっしゃってくれるならば、わたしから言う事は何もありません。というわけで、この投映の魔道具を使ったオンライン授業についてですが・・・」
「ちょっと待て!話は終わっていない!」
カークが慌ててわたしの話を遮った。
お話、終わったんじゃないの?
他に何の話をするのさ?
カークとしては、一応、今の放送を踏まえて、さっきわたしが言ったような懸念事項が他に無いか、洗い出しをしたいそうだ。
皆がそれぞれ意見を出すのを聞きながら、わたしはオンライン授業について考えていた。
・・・決まった時間にさっきの魔道具を使って、わたしがそろばんの弾き方の基礎から教える放送を行う。
五の玉と一の玉の意味と、指の動かし方を教える。
とにかく最初は指の動かし方を重点的に教えて、繰り上がり、繰り下がりの時の指の動きを確実に覚えてもらうように、繰り返し教える。
それが終わったら、十級の練習問題だ。
最初は繰り上がりの無い、『一足す、二足す、一』の足し算から。
それから徐々に繰り上がりのある問題に入って、何度も足し算の練習を繰り返す。
足し算の次は引き算を行い、繰り下がりを覚える。
まあ十級は、級というか、そろばんのチュートリアルみたいなものだ。
ここで指の動きを完全に叩き込む。
あ、問題集を作らなきゃだった。
最初のうちはスクリーンに問題を映して授業をすればいいけど、問題集があれば自主練習もできるし、他の人と進み具合に差が出ても『今から各自、問題集を開いて三十分演習!』みたいな感じで授業を進めることができる。
ってことで、早急に用意しないとね。
で、九級は、二桁の足し算・・・いや、ここからはちゃんと、足し算でななく、『見取り算』と言わないとね・・・見取り算と、かけ算が出てくる。
二桁掛ける一桁の簡単なかけ算からだが、掛け算のやり方も教えなければならない。
あれ、そういえば『かけ算九九』はこの世界にあるのだろうか。
無ければ九九表を作って、しっかり覚えてもらわねば。
習熟が進んできたら、時間を測って、制限時間内に問題を解く練習もしないといけない。
しかし、採点はどうしよう。
現地で誰か採点する人を用意してもらうか、自分で採点させるか・・・
あるいは生徒同士でお互いの解答を交換して、交換採点方式ってのもいいけど、もう少し修練が進んでからの方がいいだろう。
現地でそれぞれ誰か監督してくれる人がいるならば、指導要領的な物も用意した方がいいだろう。
いずれ『読み上げ算』なんかもやりたいし、そうなると、読み上げ算を読む練習も、読み上げ算問題集も欲しい・・・
「色々問題が出て来ますねえ・・・」
「そうだろう?だから問題点の洗い出しはしておくべきなのだ」
「え?ああ、はい、そうですね」
わたしの独り言がカークに聞こえたようで、某すれ違い漫才のようになってしまった。
「とりあえず早めに領民に通知を行う。ユリ殿もそれでよいか?」
「えっと、そうですね。いいんじゃないですか?」
何の話か聞いてなかったけど。
「では早速だが、今日のうちに各町の長に連絡を入れる。スポーク、手配を頼む」
「承知しました」
え?今日?
「カークさん、さすがに今日いきなりそろばんの授業をするのは無理ですよ?」
「・・・ユリ殿はちゃんと話を聞いていたのか?」
・・・いえ、聞いてませんでした、ごめんなさい。
カーク曰く、建国宣言の日に『ニューロックの将来に関わる重大連絡を行うため、今日と同じく投映の魔道具を準備しておくように』と各町への通知を今日行うことにしたそうだ。
近日中に通知するつもりだったらしいが、王都から緊急通告のあった今日がタイミングとしてはちょうど良いと判断したらしい。
今度は内容を理解した上で、ちゃんと同意した。
「では、今日はこれで解散する」
「いやいや、オンライン授業の話!」
今度はわたしがカークに待ったをかけた。
「ユリ殿、その、さっきから言っている『オンライン授業』というのはなんなのだ?重要なことなのか?」
「重要です!『計算能力向上計画』にどうしても必要なんです!」
わたしはカーク達に、投映の魔道具を使ってのそろばんの遠隔授業について説明した。
「ふむ・・・ユリ殿のやりたいことはわかった。投映の魔道具を使うのも問題ないだろう。しかし、ユリ殿が毎回時間を拘束されたり、不在の時には授業が出来なくなるが、そこはどうするのだ?」
「そうですね・・・」
「それにまだそろばんの量産も、練習用の問題集とやらも出来ていない。その目処が立ってからでも良いのではないか?」
確かに、そろばんがなければ始まらないので、ごもっともな意見である。
とりあえず、投映の魔道具を使って何かをする分には構わないという了解が得られたので、ひとまずよしとしよう。
「わかりました。授業の方式については少し光明が見えたので、先にそろばん作りに注力します。ところで、みなさんは『かけ算九九』ってご存知ですか?」
一桁同士のかけ算をすべて丸暗記する事だと伝えると、『できる人はできるが、全員がわざわざ覚えるような勉強はしていない』とのことだった。
アドルやエスカはできるらしい。
その他にもできる人や、少しは覚えているという人がちらほらといた。
・・・よし、かけ算九九表も作って皆に覚えてもらおう。
わたしの話もここで切り上げて、今度こそ会議は解散となった。
◇
翌日もわたしとアドルとエスカは、そろばんの試作を続けていた。
そろばん専用の加工の魔道具、そして設計図の両方について、改良に改良を重ねた。
ようやくそろばんの形になっても、芯竹に玉がひっかかったり、逆にゆるすぎたり、枠が歪んで平らにならなかったり、大小の問題点が出た。
やっといい仕上がりになったかと思いきや、定位点を打つのを忘れていたり、やっぱり枠と玉の色が全く同じだと見ずらいと思って玉の色だけちょっと変えてもらったりと、完成までに何度も何度もやり直した。
途中でカークにお願いしておがくずの追加発注もしてもらい、試行錯誤すること三日。
もはや試作第何号機か分からない試作回数を経て出来上がったそろばんが、今わたしの手の中にある。
そろばんの枠は黒っぽく、玉は若干明るい茶系統の色に仕上がっている。
つやもあって美しい出来栄えだ。
「どう?ユリ」
「どうなの?ユリちゃん」
・・・触り心地、問題なし。
枠の歪みなし。
平面に置いても、ガタガタすること無し。
続けて、そろばんの玉を動かしてみた。
・・・五の玉の動き、すべての桁で問題なし。
一の玉の動き、全ての桁で問題なし。
定位点、問題なし。
123456789、と、そろばんの玉をはじいて置いてみる。
・・・指の、そろばんの玉への引っかかり具合・・・問題なし。
更に八回、123456789を加えてみる。
答えが、1,111,111,101になる。
これをすべての桁で行ってみる。
・・・はじいた感触、どの桁も問題なし。
芯竹とそろばんの玉の穴の幅、摩擦具合、共に問題なし。
そろばんを手前側に起こして、置いた玉を御破算にする。
チャキッといい音がして、全ての五の玉が下側に、一の玉も下側に寄った。
人差し指を、一番左側の五の玉の下に軽く差し入れ、そのまま右に向かって指を動かす。
チチチチチ・・・という小気味よい音と共に、五の玉が上側にきれいに揃った。
・・・玉を払う動き、問題なし。
その他、思いつく限りの動作チェックを行った後、わたしはそろばんをそっと置いた。
「・・・い」
「え、何だって?」
「いい・・・すっごくいい!出来たわ。そろばんが出来たわ!」
涙がポロッと落ちた。
感動で胸がいっぱいになった。
「この世界にそろばんを誕生させることが出来たなんて・・・すごく、ものすごい嬉しい!」
「おめでとう、ユリ」
「おめでとう!ユリちゃん!」
「アドルとエスカのおかげよ。ふたりとも、本当にありがとう!」
わたしはふたりに飛びつき、抱きしめた。
アドルとエスカが頭と背中をポンポンと叩いてくれた。
『計算能力向上計画』の第一歩、そろばんの製作がついにできた。
まだまだやることはいっぱいあるし、建国宣言も間近に迫っているけど、今日はこの感動を存分に味わいたい。
「いやーそれにしても、これがユリの計算能力の秘密かー。オレも覚えないとな」
アドルがそろばんを手に持ち、掌をそろばんの玉の上で滑らせて玉を回して遊んでいる。
わたしはアドルに笑顔を向けて忠告した。
「あ、そうそう。そのそろばんだけど、アドルが今やってるそのぐらいの遊びは全然構わないけど、もしもそろばんを床に転がしてみたり、上に乗っかって『ローラースケート』みたいに遊んだりしたら、子供だろうが大人だろうが、そろばんで頭を力いっぱい殴りますので。そこんとこは注意してね」
「・・・はい。心しておきます。領民にも予めそうお伝え下さい」
わたしの笑顔の威圧に、アドルとエスカは萎縮していた。
え、そんなの当たり前のことだよね?
お昼に次話投稿します。
じわじわとですが、見てくださる方が増えてきたように思います。
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