070 風の精霊との話
アキムの提案を渋々受け入れ、アドル達は一足先に町に戻ることになった。
「じゃあ、ユリ。オレ達は町で待ってるから」
「うん。明日の昼頃には行くからね」
わたしはアキムの小屋の扉の前で、町に戻るアドル達を見送った。
ミライは何度も振り返っては、わたしに手を振ってくれた。
ミライがわたしをとても心配してくれている事が伝わる。
ちょっと胸が痛い。
体調がよくないので尚更だろう。
アドル達は町で宿を取り、明日、わたしとアキムが町に行くのを待ってくれる事となった。
・・・今回は部屋割りで困ったことになりませんように!
アドル達が見えなくなるまで見送り、アキムの家の中に戻ろうとした時、わたしは足がもつれて転びそうになってしまった。
「ふう、やっぱりちょっとふらつくわね」
「大人しく座ってると良いのじゃ」
ディーネに言われた通りに、部屋に戻って椅子に座り、一息ついた。
すると、アキムが薬草を煎じたというお茶を持ってきてくれた。
「少し苦いが、体にいい。飲むといい」
匂いが青臭い。
『まずい、もう一杯!』と言いたくなる。
いや、ならない。
とりあえず口をつけてみた。
・・・全然少しじゃないんですけど!
めちゃくちゃ苦いんですけど!
こんなお茶をチビチビ飲むのは無理だ。
わたしは覚悟を決めて、一気に飲み干した。
うう、舌と喉が馬鹿になりそうだ・・・
毒かと思うレベルの苦さの薬を涙目で一気飲みして、しばし呆然とした。
アキムは呆けているわたしの手から空のコップを取り上げてコップを片付けた後、テーブル越しの向かいの椅子に座った。
アキムはそのまましばらくわたしの喉が落ち着くのを待ってくれた。
そして喉が落ち着き、わたしが椅子に座り直して姿勢を正したのを見てから、最初にアキムはわたしに謝罪した。
「ユリ。先の風のとの戦い、すまなかったな」
『風の』とは、風の精霊の事だ。
ちょっとした愛称呼びだろう。
「いえ、わたしの力不足です。謝罪なんていいですよ。ちゃんとその後で助けてもらったみたいですし」
「まさか風の刃で攻撃するとは思わなくてな。風のも少しむきになったのだろう」
風の精霊は、わたしが『踏まれたカエル作戦』に出たので、イラッとしたということか。
ディーネが、天井に向かって声を掛けた。
「風の精霊よ。聞いておるのだろう。其方も出てくるがいい」
しゅるっと風が舞うと、空中に薄緑の半透明の人型が形成され始めた。
やはり風の精霊はここにいたようだ。
風の精霊は天井より少し低い位置でわたし達を見下ろし、そして怪訝そうな顔でディーネを見つめている。
「水の精霊よ。その姿形で呼ばれると、ものすごく違和感があるのよね」
「この姿の妾の事は、ディーネちゃんと呼ぶがいい」
「はいはい、ディーネちゃんね・・・いい名前ね」
ちゃん付けしてくれるのがちょっとシュールだ。
「それにその新しい依代、ちょっといいわね。それ、飛べるんでしょ?」
「その通りじゃ。陸・海・空、どこでも行けるようになったのじゃ」
なんとなく自衛隊を彷彿させる言い方だ。
まだそれほど高いところには行けないが、ディーネはもちろん空を飛べる。
風の精霊の眷属になったようにすら見える。
「其方も新しい依代にするか?ユリに頼んでみるがよい」
「私はこのままでいいわよ。十分、自由だしね。今はちょっと不自由だけどね」
あ、そういえばここに留まっている理由、ディーネちゃんが聞いてたよね。
スルーされてたけど。
「あの、風の精霊さん。自由を尊ぶ風の精霊さんが、なぜこの小屋にいるのですか?」
「ここにいるのも自由でしょ?」
なんか粋な答えを返されてしまったよ・・・
「ふふっ。本当はね。警戒しているのよ。偽の王を」
・・・バルゴの事だね。
曰く、バルゴが精霊の支配を狙っているため、迂闊に出歩く事ができなくなったらしい。
もしも空を飛んでいる時に、バルゴが思いもよらぬ手段で精霊を見つけ、支配の魔術で捕縛されるような事になれば、風の精霊は自由を失うばかりか、バルゴに好きに使われてしまう。
「自由が私の信条なのよ。誰にも支配はさせないわ」
「では、アキム様とはどういう御関係なのですか?」
「風のとは盟友だ。昔からのな。先王と水の精霊との間柄と似たようなものよ」
アキムが代わりに答えた。
なるほど、昔からの知己で、仲良しさんという事か。
「つまりアキム様は、風の精霊さんを支配している訳ではなく、協力関係といった感じなのですね」
「その通りだ」
自由に世界を飛べなくなった風の精霊は、仕方なく昔馴染みのアキムのところに居候しているという事らしい。
自由に飛べないなんて、なんだか気の毒だ。
「儂は、風のに自由を取り戻してやりたいと思っている。そこで、儂はお前を試させてもらった。協力に値するかどうかを」
・・・なんだかわたし、試されてばかりだね。
アキムは風の精霊に顔を向け、苦笑いした。
「まさか、風のがむきになって、ユリが死にかけるような事態になるとは思わなかったがな」
「・・・悪かったわよ。だってあんなの、ずるいじゃない」
風の精霊、拗ねてる?
ちょっとかわいい。
「でも体を逸らしてくれてよかったわ。私、あの時は苛ついてたせいで、首を落とす気で攻撃したのよ」
マジかよ!あぶなっ!
「謝罪がわりに、私の力をユリに貸してあげたいとは思うのだけど、私としては、やはり私に勝たない事には力を貸したくないわね。これは私の矜持よ」
なるほど、ちょっとめんどくさい子みたいだ。
「風のは儂と行動を共にする。もちろんニューロックにも同行する。儂といる分にはそれなりに安全だからな。ユリが力をつけたら、いつでも風のと再戦するがいい。そして勝って、協力を取り付けるといい」
「わかりました。再戦するためにもっと力をつけます」
私は風の精霊の攻撃を防げなかった。
水の防御を張っていたにも関わらず、貫通されて、致命傷を負った。
そんな事ではきっとバルゴにも勝てない。
もっと精進せねば・・・
「ところで、風の精霊さん。良かったら愛称をつけませんか?なんか呼びにくくて。わたしが『風の』と呼ぶのも、なんか偉そうでイヤですし。それに風の精霊がいる事をなるべく秘密にしたいので、呼ぶ時は別の名前で呼んだ方がいいと思うのです」
「妾もディーネちゃんという名前をもらっている。風の精霊も何か名をもらってはどうじゃ?」
わたしの提案に、風の精霊の顔が険しくなった。
そして腕を組み、首を捻りまくる。
めちゃくちゃ悩んでいるようだ。
そして、意を決したかのようにこちらに向き直ると、何かをささやいた。
「・・・・・・・・××(超小声)」
「え?今なんて言いました?もう一度言ってください」
風の精霊がすっごく小さな声で何かを呟いた。
息を止めて、音声を拾うために集中する。
「・・・・・・・・サラ(超小声)」
「サラ、さんですか?」
「ちゃん付けでもいいわよ!(大声)」
あ、なんか開き直った。
しかし、自分で名前を用意していたとは。
「一応聞きますけど、まさか、真の名ではないですよね?」
「当たり前でしょ!この名前は私が私につけた名前よ!いいでしょ!そう呼んでよ!」
逆ギレされた。
まあ、名前がすんなり決まって良かった。
アキムにもそれでいいかを聞こうと思って顔を向けると、今度はアキムも頭を捻っていた。
なんで?名前が気に入らないとか?
そして何か閃いたように手をポンと鳴らすと、アキムは風の精霊にトドメをさした。
「思い出したぞ。たまに風のが機嫌良く歌を歌っている時があるが、その時の歌詞が『サラちゃんはねーいつも可愛くてー』みたいな感じだったな。あれはお前自身の事を歌っていたのだな」
「いやあああああああああああああああ!」
・・・わたし達は、風の精霊の黒歴史の一端を知ってしまったようだ。
0時に次話投稿します。
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