058 試験その二
カークがノーラから逃げ出したため、わたし達は騎士の訓練場に放置されてしまった。
ひとまずスポークの配慮で、再び応接室に戻って、カークを待つ事になった。
「よくわからないけど、わたしはとりあえず試験に合格したみたいので一安心よね」
「だけどカークさんは『幾つかの試験』って言ってたし、まだあるんじゃないか?」
「・・・続行できるのかしら?」
しかしその心配は杞憂に終わり、カークが息を切らせながら応接室にやってきた。
「すまない・・・急なアレで・・・次の、はあ、はあ」
「あの、落ち着いてからでいいですよ」
カークは使用人が用意した水を飲んで少し落ち着くと、次の試験についての話を始めた。
「待たせてすまなかった。さきほど言った通り、一つ目の試験は合格だ。むしろ失礼な事をした。許せ」
許すので、次の試験も無条件で合格にしていただきたい。
「次は財務に関する能力が見たい。財務担当の指示に従って、帳簿の処理をしてみてほしい」
「はあ。あまり難しくなければ構いませんが」
カークが使用人に財務担当を呼ぶように告げる。
使用人は担当者を連れてくるために、応接室を出ていった。
それほど待つ事もなく、応接室の扉がノックされた。
ただし、来たのは財務担当ではなく、ノーラだった。
「は?ノーラ?なんでまたお前が来るんだ?」
「お父様。いい加減になさいませ。これ以上、師匠に無理難題を押し付けるというのであれば、わたしも師匠に協力させていただきます。弟子は師匠の為に動くもの。よろしいですね?」
娘に押し切られ、カークはしぶしぶ了承した。
頼もしい味方が得られたのは嬉しい限りだ。
再び扉がノックされ、今度こそ使用人が財務担当を連れてきた。
「ではそちらの机を使って、財務担当の指示に従って対応してくれ。計算機は用意する。ノーラの分も用意するので、少し待ってくれ」
「お父様」
「なんだ?」
ノーラの目が泳いでいる。
「今度の試験とやらは、その、帳簿の計算ですか?」
「そうだが?」
ノーラがわたしに向き直り、一礼する。
「すみません師匠。大事な用事がある事を思い出しました。また後ほど伺いますので、今は失礼いたします」
そういうとノーラはポニーテールをたなびかせ、素早く応接室から出ていった。
ノーラ、逃げたな・・・
これは間違いなく算数が苦手な反応だ。
くそー、全然頼もしくなかった。
カークはノーラがいなくなった事で安堵しているが、勉強が苦手な娘で良いのだろうか。
まあ、格闘術は領地内最強クラスだというし、一芸には秀でているから苦手なものがあっても構わないか。
アドルが私のそばに来て、心配そうに声を掛けた。
「ユリ、ナーズでの計算大会の話は聞いてるけど、本当に大丈夫か?さすがに難しいだろ」
「ほう、わたしでは心配に見えるのね」
「いや、そういうつもりではないけど・・・」
「ううん。いいのよ、それで」
慢心しているように見られていなければそれでいい。
色々と手遅れ感はあるけど。
「では、始めてくれ。その間に夕食を準備させるので、期限は夕食ができる時間までにしよう。一刻ほどだと思ってくれ」
「はい、ではよろしくお願いします」
時間としては一時間ほどらしい。
その間にどこまで出来るかを見るそうだ。
カークは夕食の時間に呼びに来ると言って、応接室から退出して行った。
わたしは帳簿を見ながら、計算に必要な情報がある箇所と、どんな計算をすればよいかを財務担当の人に聞いて作業手順を確認した。
そして、お手本となる計算済みの帳簿も参考にしながら、処理を進めた。
◇
「皆、夕食の準備が整った。ユリ殿、そこまで・・・だ?」
カークが呼びに来た時、わたし達は応接室の椅子に座り、エリザとこれまでのお互いの情報を交換したり、エスカやアドルの昔話などを聞いて盛り上がっていた。
財務担当は作業机のところで真っ白な灰になっていた。
「・・・すまん、何があったか説明してくれ」
財務担当者がカークに促され、ゆっくり話し始める。
「その・・・ユリ様ですが、彼女は化け物です」
「意味がわからん。詳しく話せ」
「はい、ユリ様は、計算の方法を理解した途端、凄い勢いで計算結果を書いていきました。最初は意味をよく理解せずに適当な数字を書いているだけだと思ったのですが・・・全て合っていました」
「ほう、優秀ではないか」
財務担当が首を横に振る。
「優秀という言葉だけでは足りません。ユリ様は、計算機を使っていないのです」
「なんだと!?あり得ないだろう!」
「嘘ではありません。実際に私はそれを見ているのです」
まあ、そもそもこの世界の計算機の使い方を知らないってのもあるけど、十三桁未満の足し算引き算なら暗算で問題ない。
紙に書いてあれば、例えば三桁ずつに分解すれば何桁であろうと計算できる。
かけ算割り算も同様だ。
珠算十段、ついでに、伝票算や応用問題という科目についても得意だったわたしには、やり方さえ分かれば特に問題なかった。
もっとも、わたしが入っていた珠算連盟の団体では、今はもう伝票算や応用問題はなくなってしまったと聞いている。
伝票算は、紙の束の一枚一枚に書いてある数字を、紙をめくって加算していくという計算問題だ。
領収書の計算などでも多少は役に立つ。多少は。
ちなみに伝票算で良い点を取る為には、計算技能だけでなく、いかに無駄なく素早く正確に一枚ずつ伝票用紙を捲るかも大事な要素であり、早く上手に捲るための練習もたくさん行なってきた。
わたしは伝票算が得意な科目でもあったので、検定の種目から無くなってしまったと聞いた時は寂しく感じたものだ。
そして応用問題というのは、簿記のような問題が文章題で出題され、割引計算や複利計算、減価償却といった計算問題を制限時間内に解くものだ。
このへんの計算知識もあるので、今回の財務問題程度ならば、苦労するところは特に無かった。
わたしが回想している間も、財務担当の話は続いていた。
「ユリ様はあっという間に全ての計算を終わらせました。さらにユリ様は、余った時間で、参考にした計算済みの帳簿の間違いを見つける作業を始めました。幾つか、間違い箇所の指摘をいただきました」
「・・・」
「さらにユリ様は、帳簿を見比べ、ある時期から奇妙な支出が増えているところを発見しました。もしかしたらその時の財務担当者が・・・」
「もうよい!分かった!」
部下の不平疑惑が公表されそうになり、慌ててカークが財務担当の発言を遮った。
「太守、わたしは自信を無くしました。お暇をいただいてもよろしいでしょうか・・・」
「なっ!」
「なっ!」
カークだけでなく、わたしも慌てた。
「ちょっと待ってください!わたしはその、要するに異常なまでに計算が得意なのであって、普通ではありません。ご自分と比べてはなりません!」
「ユリ様・・・」
「例えばえーと、わたしは方向音痴です。すごく道に迷います。なんなら建屋内から出口に着けなかったこともあります」
新宿駅から目的の出口に辿り着けなかった事は一度ではない。
嘘は吐いていない。
「得意不得意も、その度合いも人それぞれです。最初にわたしが計算がめちゃくちゃ得意な事を伝えていれば、こんな騙し討ちみたいな事にはならなかったかもしれません。ごめんなさい」
わたしは頭を下げる。
「ふむ、ユリ殿が謙虚であることは分かったが、多少は事前情報をくれていても良かったかもしれぬな」
「はい。申し訳ございません・・・」
「いや、責めてはいない。美点だとさえ思う。ただ、ユリ殿が自分に力がある事を予め示す事で、自信を失わせるのではなく、自信や勇気を与える事もあるのだという事も知っておいてほしい。要は使い方と使い所だ」
カークに諭された事で、わたしは思い出した。
確か、前にディーネちゃんにも同じような事を言われた。
軽く流してしまったけど。
わたしはディーネちゃんを見る。
ディーネちゃんは満足そうに頷いている。
・・・わたしの持っている力を示す事で、勇気をもらえる人がいる・・・かも知れない。
わたしはその事について、もっと真剣に考えなければいけない時期に来ているのかもしれない、と感じていた。
0時に次話投稿します。
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