046 魔石回路の研究と昔話
魔石の精製が終わっている事が事実だと理解したアドルは、明日の朝一番に、今日採掘した魔石の全部を作業小屋に持ってくる約束をしてくれた。
夕食を終えて、皆で食後のお茶をいただきながら、わたしたちは魔道具作りの話をしていた。
「じゃあユリはもう魔道具作りを手伝っているんだね」
「そうよ。エスカさんに魔石回路についても教えてもらってるの」
「ユリは筋がいいよ。きっといい魔道具屋になれる。アドル、とっとと嫁にもらった方がいいんじゃないか?」
「ほっとけ!」
アドルがエスカにからかわれている。
いや、わたしもか・・・
「そうだ、エスカさん。さっきの魔石回路なんだけどね。なんか冗長だなって」
「ジョウチョウ?どういう意味?」
「つまりね、同じ並べ方を何度も繰り返しているところがあるの。威力を上げるために同じ回路を直列にするなら分かるんだけど、そこは違う感じなの。だからもしかしたら無駄な事をしてるんじゃないかと思って。だったらその機能を『モジュール化』して、必要な時に呼び出すような構造にできたりすれば、無駄もなくスッキリした作りになるんじゃないかなって」
「ほほう。所々言葉の意味はわからないけど、それはユリの星の知識だな。詳しく聞きたい」
「いいよ。頑張って説明するね」
夕食の席でモジュール化の説明やクラスの概念、ひいてはオブジェクト指向というものについての考え方講座を始めてしまったわたしに、アドルが呆れて声をかける。
「エスカ、ユリ。ここは食堂だぞ。他にまだ食べてる人たちもいる。話に熱中しだして声が大きくなってるぞ。なんというか、その、ユリのアレに関する事とかがうっかり漏れそうだ」
「あー、それもそうね」
うっかりわたしが他の星から召喚された人だという事や、現王打倒のために集まった集団だと漏れるような会話をするわけにはいかない。
この宿は貸切状態でも、食堂は解放されており、他の人がいるかもしれない。
宿の人にもあまり聞かれるわけにはいかない。
であれば、安全な場所で話せばいい。
「エスカさん、小屋に行きましょう」
「そだね。実際に魔石回路を見ながら話そうか」
「今から行くのか!?」
「だって食堂で話せないなら、小屋で話すしか無いじゃない。現物を見ながら説明できるからちょうど良いし」
話だけだと伝わりにくい事もあるから、実際に魔石回路を見ながら説明がしたい。
「すぐに帰ってくるわ。ちょっと説明するだけだから」
「明日も作業があるんだから、遅くなるんじゃ無いよ」
お母さんみたいな事を言われてしまった。
とりあえず早く小屋に行って、ちゃちゃっと説明を済ませてしまおう。
◇
「やっぱりそうなると思ったよ」
「アドル!?あれ?ここは、作業小屋?」
アドルが精製前の魔石を抱えて、小屋の入り口に立っていた。
既に朝になっていた。
わたしとエスカは夜遅くまで魔石回路の改良案について話し込み、実験を繰り返し、気が付いたらここで寝てしまっていたようだ。
「・・・やっぱり、エスカが二人になったよ」
「えーと。なんかごめんなさい」
まだ寝ていたエスカを起こし、食堂に向かう。
昨日と同じ服装のままのわたしとエスカは、周囲に生暖かい目を向けられつつ、無言で朝食をとった。
◇
「いやー、それにしても朝から風呂に入れて良かったよー」
「ホントですねー」
このドルッケンは、魔石発掘を町の産業にしているため、年中、発掘で泥だらけの人が多い。
そのため、有料ではあるが、いつでも入浴できる公共の入浴施設が備わっている、
昨夜は宿の風呂に入り損ねたので、エスカと一緒に入浴施設に来ていた。
「いやー、ユリの理論は面白いね。魔法陣と魔石の配列を工夫すれば実現できそうだよ。そうすれば魔石の使用数を減らせるし、小型化もできる。小型になった分、別の機能を搭載してもいいね」
「あ、だったら、自動追尾とか、熱感知とかはどうです?」
「何それ面白そう!」
「自動追尾は、たとえば動いているものを・・・」
そしてそのまま話し込んだわたし達は、お風呂でのぼせて、午前中はほとんど仕事にならなかった。
何をやってるんだ、わたし達は・・・
◇
わたし達は少し宿で休んでから作業小屋に来て、おのおのの作業を始めていた。
「ねえ、ユリの世界では、みんなこんな理論を理解してるの?天才ばかりの世界なの?ユリも天才なの?」
不意にエスカが、わたしにそんな質問を投げかけてきた。
わたしは首を横に振り、そうではない事を説明する。
「たぶんエスカさんみたいに頭のいい人ならすぐに聞いて理解すると思うけどね。わたしは違うよ。先輩にたくさん教えてもらったから」
「あたしはまあ、頭のいい方だとは思うけど、ユリの説明はすっごくわかりやすいよ。専門的な言葉もちゃんと言い換えて分かりやすく説明してくれたし」
「それも、わたしの先輩の教えが良かったせいね」
なんか思い出すなあ。
昔の仕事の事。
「すごい先輩なんだね。一体何をしてる人なの?」
「わたしね。プログラマーという仕事をしていたの」
「ぷろ、ぐらまあ?」
わたしがいた会社は、ゲーム制作の会社だった。正社員五十人程度の中小企業だけど、パソコンゲームでヒットを作り、スマホのアプリでもそれなりに人気のあるコンテンツを世に送り出していた。
わたしはシナリオ進行のフラグ管理や、キャラの動作を制御するといったプログラミングの担当で、社内で『スーパープログラマー』と言われていた女の先輩に鍛えられながら、プログラミングの腕を磨いていた。
その先輩の教えにより、わたしは『いかに無駄が少なく、見栄えが綺麗で、コメントも適宜書いて、独りよがりにならないコードの書き方』というのを叩き込まれていた。
そのため、冗長なコードのような無駄な箇所には敏感に反応してしまうのだ。
そしてもう一つの教え。
人への教え方だ。
「いいか由里。人に物を教える時に、専門用語を並べ立てて『私は頭がいいのであなたには説明しても分からないかもしれませんが』という態度をとる奴は、結局のところ、説明の一つもロクにできないただの無能だ。相手が理解できなければ、それは説明した側の失態だ。説明を必要としている相手は、知らないから教えてもらいたいんだ。そんな相手を馬鹿にするような態度は決して取るな。相手が知らない事を説明する時は、相手が理解できる高さまで自分で降りて説明しろ。相手に理解してもらえるまで努力しろ。そうして、相手に理解してもらえた時に、初めて、お前自身も相手から信頼を得ることができるんだ」
この言葉は、座右の銘にしたいぐらい心に響いている。
実際、先輩の指導はとてもわかりやすかった。
私の知識の高さまで降りてきて、その中で一生懸命に説明してくれたのだと思う。
わたしに後輩ができてからは特にその教えを痛感して、私もそうありたいと思って努力した。
そして、私にたくさんの事を教えてくれたこの先輩とずっと一緒に仕事をしたいと思っていた。
・・・でも先輩は独立して、先に辞めちゃったんだけどね。
わたしはといえば、上司をぶん殴って会社を辞めちゃったので、お世話になった先輩にはとてもじゃないが顔向けできない。
「そんな感じで、私にたくさんの事を教えてくれた、いい先輩だったんだよ」
「ユリは、その先輩のようになりたいの?」
「なりたい。すっごくなりたい!」
ふふっとエスカが笑う。
なによ、失礼な。
「ユリ。もうなってると思うよ」
「なってないよ。先輩の実力には全然及ばないし」
「違う違う。その心意気。先輩の教えはユリの心の中で生きて、育ってる。現にあたしに『モジュール化』とか『オブジェクト指向』ってやつを、すっごくわかりやすく説明してくれた。それはユリが頑張って、あたしの理解できる高さまで降りてきて、教えてくれたからでしょう?」
「なんか、人に言われると偉そうに聞こえて、ちょっと恥ずかしいわね」
思わず顔を背ける。
「ユリの先輩の話と言葉、あたしの心にも響いたよ。あたしも結構、上から目線で説明する事があってさ。こんなやつに説明したってわからない。だったら適当にあしらっちゃおうってね」
エスカが回り込んで来て、わたしの顔の正面に立つ。
「あのライラ島のゴロツキ共の事、覚えてるよね。あたしはあんなやつらに、武器を作ってやりたくなかった。説明してもどうせわかりっこないから、金だけ貰ってさよならしようと思ってた。でも違うんだね」
エスカの左手がわたしの右手を握る。
「あたしがやるべきだったのは、『この魔道具の武器を人に向けて使うという事は、こんな攻撃力で、相手にはこんな被害を与える事になる。そこまでして危害を加えなければならない相手なのか。それを覚悟の上であなたは魔道具を求めるのか?』と相手に向き合う事だったんだ」
エスカの右手がわたしの左手を握る。
「すごくためになったよ。ユリの中の先輩が、あたしにそれを教えてくれた。いや、ユリが教えてくれたんだ。ありがとう」
エスカが満面の笑みでわたしに笑いかける。
そうか、わたしも先輩の教えを活かせているんだ。
エスカの役にも立ったんだ。
わたし、少しでも先輩に近づけてるかな?
だったら嬉しいな。
「うん!」
わたしも満面の笑みをエスカに返した。
「でも、まあ、バルゴはそこまでして危害を加えないといけない相手だからね。ユリも覚悟して魔道具を作って、バルゴにぶち込もうね」
「そうだけど、そうなんだけど・・・なんか台無しだわ」
0時に次話投稿します。
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