041 対決
「魔道具が無い・・・どうしよう」
エスカは絡んできた男達に魔道具で対抗するつもりだったらしいが、食事の席に持ってきていなかった事に今頃になって気がついたらしい。
わたしはため息をつき、エスカの肩をそっと叩いた。
「いいわ、わたしがやるわ。当事者だしね」
「ほう、飼い主のお嬢ちゃんか。手間が省けて助かるわ」
完全に馬鹿にされてるね。
でも笑っていられるのは今のうちよ。
「・・・ユリよ。大丈夫か?」
「大丈夫よ。ディーネちゃんだって、分かってるでしょう?」
「妾が心配してるのは、やりすぎぬようにじゃ」
「分かってる。とりあえず、やる事はひとつ」
・・・軽く痛い目にあわせて、お帰りいただく。
「水の防御、展開」
全身からぶわっと魔力が広がる。
「さ、かかってらっしゃい!」
太極拳部時代に習った、虚式の構えをとる。
右足は後ろに。左足は軽く爪先を地面につける。体重の配分は右足と左足に九対一程度。
重心は頭から丹田に向かって、真下になるように意識する。
右手は掌を脱力してお腹の前に。
左手は掌を地面に対して垂直にして、目線の高さに合わせる。
後の先の構えだ。この世界に正当防衛という概念があるのかは知らないが、先に手を出すつもりはなかった。
受けて、倍にして返す。そして心を折る。
さあ、ばっちこーい!
三人の用心棒が前に出る。
さらにそのうちの一人が、頭と肩をコキコキさせながら近づいてきた。
わたしは心の中でこいつを『用心棒A』と名付けた。
「おーらよっ!」
用心棒Aが突進して、殴りかかってくる。
初の対人戦。
正直怖いが、この最初の一撃さえ経験できれば、後は大丈夫だと思う。
わたしの魔力、信じてるからね!
用心棒Aが踏み込んで、わたしの顔を殴りにかかる。
わたしは前に伸ばしていた手で、殴ってきた腕を軽く弾くように動かす。
わたしの細腕で、勢いのついた男の腕を防げるわけがない。
用心棒Aもそう考えていたはずだ。
しかし、用心棒Aの腕は大きく上に弾かれた。
「!?」
わたしの細腕に、その剛腕を防がれた用心棒Aは驚愕し、体制を崩す。
すかさずわたしは右手を伸ばし、用心棒Aの左脇腹に右手の掌を滑り込ませる。
ドン!という鈍い音と共に、用心棒Aは、わたしの左手方面に吹き飛んでいった。
用心棒Aは地面に崩れ落ち、うずくまっている。
肋骨ぐらいは折れているかもしれない。
・・・すっげー。
わたし、武術の達人になった気分だわ。
無論、わたしは武術の達人ではない。
高校の部活で、せいぜい拳法の型や技の理論を習っただけで、実戦なんかで使えたものではない。趣味の領域だ。
このカラクリはもちろん、水の精霊に授かった魔力による魔術だ。
一生懸命練習して身につけた、わたしだけの魔術だ。
仕組みとしては、全身の表面に水の精霊の御力のこもった魔力を張り巡らせ、外部からの攻撃を防ぐ防御膜にする。
全身に魔力を纏わせる感覚は、王都からの海中脱出の際に、全身に水の薄い膜を張った要領と同じだ。
わたしはこの魔術を『水の防御』と命名した。
ひねりも何もないけど。
そして、この水の防御には、単純に攻撃を防ぐだけの通常防御と、反射防御という二つの機能がある。
反射防御は、相手の攻撃が魔力の防御膜に触れると、魔力を反発して放出する事で、相手の攻撃を弾き飛ばす。
また、こちらからの攻撃の時にも応用する事ができ、魔力の塊を意図的に放出して、相手にダメージを喰らわせることができる。
遠距離攻撃はまだ未熟だが、近距離であれば、まるで発勁のような感じで、相手にダメージを与える事ができるぐらいには精進した。
用心棒Aの攻撃を弾き返し、さらにわたしの攻撃で用心棒Aが吹き飛んだのはそのためだ。
「よし。いける!はい次、いらっしゃい!」
一人目を倒して自信のついたわたしは、かかってこいとばかりに相手を挑発する。
わたしからは手を出さないけどね!
二人目、三人目が同時に襲ってきたが、同じ要領で吹き飛ばす。
わたしには傷ひとつついていない。
「くそが、舐めやがって!」
用心棒Dが武器を手に取った。中くらいの長さの短刀?ショートソード的な?
武器を持ったね。つまり・・・
ここは、一度は言ってみたかったあのセリフのチャンスだ!
アレンジバージョンだけど。
ニヤけそうになる顔を押さえて、できるだけ冷静に、神妙に、用心棒Dと、有力者の男に向かって言った。
「一応聞くけど、刃物を向けたという事はわたしを殺すつもりなのよね。殺していいのは、殺されてもいい覚悟がある奴だけよ。つまり、あなた自身も、殺されても文句は言わないということよね?」
「ああん?」
「で、それを指示しているそこのあなた。あなたも同じ覚悟よね?殺されても文句ないわよね?」
「え、俺も?いや、それは・・・」
偉そうな事を言っていた有力者の男が狼狽する。
形勢不利を感じているのだろうか。
今、ごめんなさいすれば、水に流してもいいんだけどね。
水の精霊の力だけにね!
しかし、そんな事もお構いなしに、用心棒Dは切り掛かってきた。
「防御強化!」
水の魔力の防御膜を一時的に分厚くする。
水の防御は体の表面から離れるほど、効果が弱くなるが、短時間であれば盛る事が可能だ。
ギイン、と、金属が硬い物を叩く音が鳴り、わたしの腕は剣を受け止めていた。
「あ・・・ありえないだろう!?」
用心棒Dが驚愕する。
その隙にわたしは剣の刃を『鷲掴み』に握り、もう片方の手で用心棒Dが剣を握る手首を掴み、内側に向けて魔力を放つ。
ボキッという嫌な音がして、用心棒Dの手首が折れる。
用心棒Dの剣が地面に落ちる。
わたしは剣を拾い、手首の痛みで悲鳴を上げてしゃがみ込んでいる用心棒Dに向けて、上段に剣を振りかぶる。
「う・・・あ・・・」
用心棒Dは涙目で頭上の剣に目を見張り、情けなく、か細い唸り声をあげていた。
そしてわたしは、用心棒Dの顎を蹴り飛ばした。
「ふぐう・・・」
わたしの魔力たっぷりの蹴りをアゴに受けて吹き飛んだ用心棒Dは、変な声を上げてピクピクしている。
一応加減はした。
生きてる。問題ない。
人間は縦方向の動きに弱く、視界も狭い。
頭上に掲げた剣に完全に気を取られている時にアゴを蹴られては、本能的な反射防御もできず、轟沈するしかない。
・・・って、たしかそんな話を聞いた事がある。
成功したから結果オーライだ。
用心棒を全員倒したわたしは、最後の一人に向き合う。
「ということで、最後はあなたの番ですが。あ、この剣使います?」
有力者の男の前に剣を放り投げる。
剣は乾いた音を立てて、男の目の前に滑り転がっていく。
男はガクガク震え、剣を掴もうともしない。
そして男は、わたしに怯える目を向けて、一言だけ呟いた。
「ま・・・魔獣の化身・・・」
・・・なんだとコラ。
「ディーネちゃん、やっぱりこいつ殺していい?」
「妾を魔獣呼ばわりしたのと同じじゃからな。苦しまぬようにしてやるがよい」
「いやよ、わたしは魔獣なんでしょ?生まれ変わっても二度とこんな事を考えないように心に刻み込んで逝ってもらうわ」
わたしは男にゆっくり近づき、左足を前側にして、横向きに立ち止まる。
そして、後側の右足に少し多めに魔力を込めて地面を強く踏み込み、そのまま馬式の姿勢を取った。
地面に軽く凹みができる。
いわゆる震脚というやつのデモンストレーションだ。
・・・魔力を使っているのでインチキだけど。
周囲に地響きが走る。
それから男の顔のほうに左手を向け、軽く構える。
「さよなら」
左手をグッと握り、魔力を左手にこめる。
拳をわざと青白く光らせる。
「ひいいいいいいいいいい!あふっ・・・」
あ、泡吹いて気絶しちゃった。
◇
「なるほど、事情は分かった」
宿に戻ってきたアドルに顛末を話すと、アドルは苦笑いしながら健闘を讃えてくれた。
地元の有力者の男と用心棒は紐でぐるぐる巻きにされて、宿の片隅に転がっている。
重傷っぽい用心棒についてはディーネに頼んで、怪我を回復させておいた。
そして先ほど、この領地の自警団の人達がやってきて、男達の護送準備を始めているので、後の処理は丸投げすることにした。
ちなみに有力者の男と用心棒達の処遇としては、わたし達に危害を加えようとした傷害未遂になるらしい。
・・・わたしに怪我をさせられなかったからね。
水の防御様様だ
目撃者も多数。
日頃からこの男をよく思っていなかった町の人たちも清々したらしい。
そんなわけでわたし達は町の人たちに絶賛され、宿の人と町の人からのご厚意で、
今日の夕食代をタダにしてもらってしまった。
しかもわたし達のグループ全員分だ。
さらに料理が追加されて、テーブルにはたくさんの美味しそうな料理が並んでいる。
せっかくなので戻ってきたアドル達や、奢ってくれた人達と一緒に話をしながら食べる事にした。
「いやー、町のみんなは仕返しが怖くて、あいつには手を出せなかったんだよ。部外者のあんたがぶっ飛ばしてくれたおかげで、本当によかった。ありがとう」
「へへーん、あたし達はただ降りかかる火の粉を払っただけなのよ!」
「エスカ、なんでお前が偉そうなんだよ」
「あはは・・・」
苦笑するわたしに、町の人が興味津々で質問攻めをする。
「お嬢ちゃん、ものすごい格闘術だったけど、どこで習ったんだい?」
「あんな技、見た事がないよ。あんたが編み出したのかい?」
「わ、わたしにも教えてください!師匠!」
「あ、あはは・・・」
やっぱり苦笑するしかなかった。
そもそも水の精霊の魔力ありきの力技なので、教えてどうにかなるとは思えない。
相手が本物の武闘家ならば、わたしのにわか武術の知識を教えて、独学でモノにするかもしれないけど。
いずれにしても、わたしは自分の力をひけらかすつもりは無かった。
井の中の蛙、大海を知らず。
わたしは小さい頃からそろばんが上手だった。県の大会でも優勝できるぐらいで、周囲に敵は無く、それはもう天狗状態だった。
初めての全国大会でも敵はいないだろうと思っていた。
全国大会当日、隣に座った子はわたしより小さい、大人しい男の子だった。
わたしは大会の心得を教えたり、このぐらいの桁数が暗算でできればわたしといい勝負ができるんじゃない、とアドバイスした。
そして、その男の子は全国大会で優勝した。
わたしはその男の子の足元にも及ばなかった。
恥ずかしかった。
穴があったら入りたいと思ったのは生まれて初めてだった。
わたしの態度がどれだけ恥知らずだったのかと思い知らされた。
だから、絶対に増長したりしない。
自信を持つ事は大事だと思う。
だけど、自分の力を自分からひけらかすような真似は絶対にしないと決めている。
周囲からは自信がない子、できるくせに隠している子と思われるかもしれない。
でも、それでいい。
だから皆の質問にも笑顔でこう答えるだけだ。
「たまたまです。運が良かっただけです」
◇
賑やかな食事を終え、わたしはディーネと一緒に宿の寝室に戻った。
「ユリよ、其方は謙虚じゃのう」
「そう?謙虚は嫌い?」
夕食の時に、わたしがエセ武術について質問攻めにあった時の事を言っているのだろう。
わたしはほとんど何も語らず、受け流し続けた。
「いや。逆より全然良い。妾の魔力をひけらかすような真似はしないほうが良いしの。ユリの謙虚さはとてもありがたいよ」
ディーネがふふんと笑う。
わたしを理解してくれている事が嬉しい。
「じゃがな、ユリよ。時には、いや、もしも必要な時には、其方に力がある事を、自ら周囲に知らしめてやる必要があるやもしれぬぞ」
「そんな事なんで起きないよ。仮にあっても、わたしは、わたしの信念を曲げないわ」
わたしはベットに転がり込みながら、なんとなしに答えた。
勝負に勝算が見えたら、わたしはわたしの心の中だけで勝鬨をあげる。
力を貸して欲しいと言われれば、自信があっても謙虚に受ける。
その信念を変える気はない。
「ユリよ。力を持つ者が、力がある事を示す事で、周りに勇気を与える事もある。覚えておくと良いぞ」
「ん、分かった」
全否定し続けるのもディーネに悪いと思って、リップサービスだけはしておいた。
お昼に次話投稿します。
3/25 誤字と体裁を修正しました。




