031 閑話 ミライの一日船長
アタシはエリザ。
反王国組織、『アーガス』のリーダーで、この『星の翼』号の船長でもある。
ナーズでユリ達を保護してから十日ほどが経つ。
商用船に偽装したこの船は、無事に王国の目を欺き、順調に航海を続けている。
ユリとドルフ一家を保護した時、ユリはひどく消耗し、意識を失っていた。
王国の警備兵とやりあい、一人で何人もの敵と戦い、全滅させたようだとドルフから聞いた時は、正直驚いた。
ユリの素性についてはアドルから聞いていた。
異世界から召喚された娘。
城で水の精霊を救い、一人でこの地まで泳いで逃げて来たようだが、この短時間で一人で泳いでこれる距離ではない。
おそらく水の精霊様の御力を借りたのだろうとアドルが言っていた。
もしも水の精霊の協力を取り付けているのであれば、アーガスにとっては強力な力となり、バルゴにとっては脅威となるだろう。
ユリは未だに目覚める様子がない。
ただ、船医の診断によれば、肉体には異常がなく、じき回復して目覚めるだろうとの見解だ。
早く目覚めて、ユリと話ができることを楽しみにしている。
アドルによると、ユリは見た目より聡明で、気さくに話せる子だという。
『ユリは必ずオレ達の味方になってくれる。その時はオレが必ずユリを守る』とアドルは豪語した。
さてはお前、ユリに一目惚れしたな?
それにしても、アドルは人を褒める時に相変わらず『見た目より』といった言い方をするが、アドルは他人を一体どのように見ているのだろうか。
そのうち聞いてみたい。
ところで、もう一人、気になる娘がいる。
ドルフの娘、ミライだ。
ミライも保護した時には意識を失っていた。
ミライの服は血まみれだったが、ドルフの話によるとミライに外傷は無いとのことで、その時は返り血だろうと推測した。
ユリ達を船に乗せた後、ユリに続いてミライを船医に診てもらおうとした時、ミライは意識を取り戻した。
まだ意識は朦朧としているようだったので、無理はさせない範囲で、アタシもミライの話を聞きながら船医に診察してもらうことにした。
ミライは記憶をたどりながら、ゆっくりと話をしてくれた。
ユリが兵士に倒されているのを見て、助けに行こうとしたところで、背中に攻撃を受け、痛みで気を失ったそうだ。
他はあまり覚えていないと言う。
船医にミライの背中や全身を診てもらったが、傷らしい傷は見当たらなかった。
しかし、服の背中には切り裂いたような穴があいており、剣や槍のようなもので刺された時にできた穴のようにも見えた。
もしかしたらミライは傷を負った後、高度な治癒魔術を受けたのかもしれない。
もしもユリが水の精霊様の御力を借りたのであれば、その可能性は考えられる。
また、ミライは貧血の症状が見られたため、怪我をした事による流血が貧血の原因であれば、一応合点がいく。
とりあえず当面は栄養をとって安静にさせるようにとドルフに説明して、客室で静養してもらう事にした。
それから三日もすると、ミライは体調を取り戻し、私たちにも顔を見せるようになったが、元気はなかった。
ユリの事が心配なのだろう。
ユリの様子を日に何度も見に行っては、まだ起きないと、残念そうに報告する。
わたしはミライの気分転換のために、船の中の案内をした。
艦橋、船員の部屋、動力部、甲板、調理室など、一通りの施設を見せた。
物珍しい船内に、ミライは子どもらしくはしゃぎ、少し元気を取り戻したように見えた。
「ねえ、ミライちゃん。ユリお姉ちゃんはもうすぐ起きるって船医が言ってた。だから大丈夫だよ。もちろん、ミライちゃんがしっかりユリお姉ちゃんを診てあげてね」
「うん、わかったの!」
そして、わたしはふと、ひとつの提案が浮かんだ。
「ミライちゃん。ユリお姉ちゃんが起きた時、ミライちゃんにはユリお姉ちゃんに船内の案内をしてもらいたいと思うの。だから、今日回ったところを毎日、ミライが見て回ってくれないかな?」
「見て回るの?」
「そう。そして、会った人とお話をして困っている事を聞いたり、船が壊れているような場所があったら、私に報告してほしいの。これはとっても大事なお仕事なのよ」
「大事なお仕事・・・うん。ミライ、やってみる!」
何かやる事があれば、ミライの気も紛れるだろうと思って、何気ない思いつきだけで提案した事だった。
アタシはクルー全員にミライの巡回の話を伝えた。
クルー達がミライを無碍に扱うことはしないと思うが、突然ミライがやってきたら仕事に差し支えが出るかもしれないと思っての根回しだ。
アタシはミライに『巡回のお仕事中は被っておくように』と、アタシのお下がりの帽子をあげた。
翌日から、ミライは嬉々として船内の巡回を始めた。
巡回前に艦橋のアタシに挨拶をしに来たミライに、巡回初日の今日は特別に『一日船長代理補佐』という謎役職を与え、それをクルーの皆にも通達した。
ミライも謎肩書きをもらって喜んでくれた。
アタシがあげた帽子をちょこんとかぶり、元気よく歩くかわいい女の子の姿に、クルー達もほっこりしたようだ。
夕方前にミライは艦橋に来て、今日の巡回を終えた事をアタシに報告してくれた。
「ミライは困っている人とお話ししました。あと父様ともお話をしました。それと、お船をちゃんと見て回って、それで、えーと・・・」
「報告はそれで大丈夫よ。ありがとうね、ミライちゃん。明日も巡回よろしくね」
「はいなの!」
◇
その日の夕食の時間だった。
「エリザ、ちょっといい?」
夕食の魚のソテーを口にしようとした直前、整備担当のクルーから声をかけられた。
「実は、貨物室の床下に水たまりを見つけたんだ。もしかしたらどこかに不具合があって、外から水が入ってきている所があるかもしれない」
「分かった。明日はちょうど補給で陸に行くから、そこで重点的に調べてみよう。しかし床下なんてよく気がついたな」
「それが・・・」
話によると、ミライが貨物室を巡回中に、床にほんのわずかな水の染みを見つけ、クルーに報告したのだという。誰かがコップの水でもこぼしただけだろうと思ったが、『せんちょうだいりほさとして、気になるの!』とミライが食い下がるので一応調べたところ、その事が判明したらしい。
「ミライちゃんのおかげで重大事故が防げたかもしれないわね。よかったわ」
報告を終えたクルーがエリザの所から立ち去り、エリザがようやく食事を取ろうとしたその直前、今度は別のクルーから声をかけられた。
「エリザ、前に相談した話の事なんですけど・・・」
エリザはこのクルーに、『今の王国のやり方は許せないけど、やはり怖くて、いざと言う時に私は役に立たないと思う。私が足を引っ張って皆に迷惑をかける前に下船したい』と相談されていた。
このクルーの父親は、今の王国の兵士に、理不尽な言いがかりをつけられ、それに反抗したことで『反逆罪だ』と言い渡され、父親を殺されていた。
その事を知ったエリザがアーガスに勧誘したクルーだった。
目がよく、索敵や砲手としても優秀な人材だ。
「ああ、その話だが、アタシ達は何があっても・・・」
責任を一人に負わせるような事はしない、と引き留める話をしようとした所で、クルーが凄い勢いで話し始めた。
「わたし、やっぱり頑張ってみようと思います!もちろん怖いことには違いないですけど、それはみんなも同じはずで、それに私たち一人一人の力で頑張る事が、この先の未来を作るのだと思うのです。それをミライちゃんが教えてくれました!」
「え?ミライちゃんが?」
・・・またしてもミライが何かしたというのか。
「ミライちゃんがわたしの部屋に巡回だと入ってきたのです。そして、何か困っていないかと聞いてきたので、思わず、ミライちゃんに愚痴っちゃったのです。どうせこんな小さい子に言ってもわからないだろうけど、誰かに話したらスッキリするかなと思って」
一度息を整え、話を続ける。
「そうしたらミライちゃんに言われたのです。『過去ではなく、未来を見る事が大事なの。みんなに未来を見せてあげるのが、お姉さんの役目なの。ミライも未来を見るために頑張るの。ミライはお姉さんと一緒に未来を見たいの』って。私はもう、涙が止まりませんでしたよ。こんな小さな子がそんな大きな志を持って頑張っているのに、私は何をクヨクヨしていたのだろうって。わたしは決心しました。みんなの未来のために頑張ろうって。だから相談させてもらった事は撤回させてください。あ、それと船長代理補佐にはお菓子をあげました」
「お、おう・・・」
憑き物がおちたように晴れ晴れとした表情で、クルーはエリザに一礼し、去っていった。
エリザはしばし呆けていたが、とりあえず良い結果になった事に安心して、今度こそ食事を口にしようとした。
しかし、またしても阻止された。
「あのさ、エリザ」
「・・・ホークス。今度はお前か」
「お前かとは随分だな」
ホークスはアタシの副官であり、恋人でもある。
皆の前では、アタシは絶対に表情にも出さないし、横柄な態度をしてみせたりしているが、アタシはこの男にベタ惚れしている。
アタシはアーガスの次に、この男が大事だ。
この戦いが無事に終わったら、この男の事を一番大事にしようと思っている。
「で、ホークス、何の用だ?」
「その魚、食ってみてどう思った?」
「・・・食べようとしたところでお前に呼び止められたので、まだ食べていないが?」
「そりゃ悪かった。ちょっと食べてみてくれ」
やっと食べられるという思いと、一体何なのだという思いで、魚のソテーを口にする。
「・・・何だこれは!ものすごく旨い!一体どう言う事だ?」
「それ、ミライちゃんのおかげなんだよ」
またミライだと!?
何なのだあの子は!?
ホークスは、船に乗ってからというものの、食事は魚料理が多く、少し飽きていた。
そして魚料理の味もいわゆる『普通』だったので、料理担当には申し訳ないが、腹が膨れればまあいいか、という思いで夕食を食べにきたところに、出てきたのがこの魚のソテーだ。
ホークスはあまりの魚の旨さに、料理担当を労うために話をしに行ったらしい。
すると、料理担当は興奮して話をしてくれたという。
料理担当の話はこのような感じだった。
「ミライちゃんは、私が料理している様をまじまじと見ていたのですが、一度首を傾げると、食糧庫と調理棚を開けて、何やら物色し始めました。そして、素材と調味料をテーブルに並べると、『ちょっと待ってて!』と言って飛び出していきました」
しばらくすると、ミライはドルフを連れて戻ってきたらしい。
「ミライちゃんは、私の味付けに文句があるのかと思ったのですが、別にそうではありませんでした。ただ、『お魚は、お魚に詳しい父様が、もっとおいしくするコツを知っているので、試してみてほしい』と、そう言ったのです」
そして、ドルフの指導により、魚を調理してみたところ、絶品の料理が完成したという。
「私は食堂を経営していたので、料理全般はできます。ただ、肉料理には自信がありますが、魚料理は割と普通でした。しかし、ドルフさんとミライちゃんのおかげで、魚料理でも新たな調理方法を知り、味の探究が出来そうな気がしました。ドルフさんの魚の知識は素晴らしいです!ぜひドルフさんには魚料理の事について、もっといろいろ教わりたいと思っています!」
料理担当は、ドルフに会わせてくれたミライにも大変感謝しているそうだ。
それを踏まえて、ホークスはアタシに提案した。
「今、ドルフさんには、人手が足りない時に、雑用や力仕事を手伝ってもらっているのだが、ドルフさんには食材の管理と、調理を担当してもらった方がいいんじゃないか?」
「そうだな。いずれ料理担当も増やしたいと思っていたし、食事の味は士気にも影響が出るからな。むしろこちらからドルフさんにお願いすることにしよう」
後でドルフと話をしてみる、と言ってホークスは立ち去った。
その後、新たにエリザの食事の手を止める人は現れなかったが、アタシの手は止まっていた。
ミライが初日から叩き出した戦果に、アタシは呆然とするばかりだった。
「この船の船長、本当にミライに代わってもらおうかな・・・」
翌日以降も、ミライは船の巡回で様々な成果を挙げ、ミライは船のマスコット兼、影の船長と言われるようになっていた。
お昼に次話投稿します。
閑話ついでに、24話目の「呼、散、願、焉」のタイトルですが
「呼び叫んでも、希望は儚く散り、しかし願いは届き、全てを終焉に」という、内容に沿った意味合いですが、逆から読むと「エンガチョ」になります。




