030 依代
穴を開けてしまった甲板の修理が終わったことをエリザに報告するため、わたしは艦橋に来ていた。
「ハハハッまあ次から気をつければいいさ」
「笑い事じゃ無いだろう?」
「そうだな。アドルの監督不行き届きだな」
「なっ!オレのせい?」
あいかわらずエリザにからかわれるアドルだが、わたしもちゃんと謝らなければ。
「ごめんなさい、次からもっと気をつけますので、甲板での練習を続けさせてください」
「部屋の中でこっそり練習されたりするほうが怖いからな。嬢ちゃんの練習場所は甲板にしておいたほうがいいと思うぞ」
横で聞いていたホークスが口を挟み、エリザも同意する。
「アタシもそう思う。それに甲板なんぞ、王国の奴らに攻撃されれば真っ先に壊れるんだ。少しくらい壊れたって構うもんか」
「相変わらずエリザは大雑把だから困るよ。まあエリザがそう言うのだから、ユリはもう気にしなくていいよ」
「うん、ありがとう、アドル。それからエリザさん、ホークスさんもありがとう」
それから三日間、甲板で練習を続けたわたしは、いよいよ依代作りに挑むこととなった。
依代を作る間は、気が散らないように、甲板を貸切にしてもらった。
(依代作りじゃがの、細かいところまで思い浮かべれば一番良いのじゃが、多少大雑把でも構わん)
「そう言えば依代って表面だけ気にすればいいの?内臓的なものはいいの?」
(仮にも必要だとして、ユリは臓物の構成を全て思い浮かべられるのかね?)
「いえ、愚問でした。忘れてください」
全く知識がないわけでは無いが、医師でも無いわたしには各臓器のイメージも、繋がりも分からない。
(表面だけでいいのじゃ。そこを境界として、妾は具現化できるのじゃ)
「うん、分かった。で、その表面だけど、例えば、わたしが魔力で素材だけ用意して、精霊さんが好きに形作る、みたいな事も出来るって前に言ってたよね」
(いかにも。出来る)
せっかくだから、好きな依代にしてもらいたい。
その方針で行くことにする。
「では、それで行きましょう。精霊さんの中で、依代の候補は決まってる?」
「うむ。海だけでなく、地上、そして空で活動でき、貫禄と可愛さ溢れる依代を、ユリの記憶から見つけたのじゃ」
あれ、空が追加されてる?
地上で行動できる依代とは聞いていたけれども、空は初耳だよ。
するってーと、鳥で、水鳥系かな。
いや待てよ、実在する鳥とは限らない。
アニメや漫画の可能性も。
モンスターを捕まえて戦わせたり進化させたりするアニメとかあるし。
アレに出てくる飛行タイプにも強くてカワイイのがいるし。
(さ、ユリよ。始めるのじゃ)
「うん。わたしも楽しみにしてるね」
「中でもユリが好きなものを選んだのじゃ。きっと気にいるはずじゃ」
手を前に出し、掌を開く。
魔力を掌から放出して、放出した魔力を目の前の空間に集めるイメージをする。
柔軟に形を変えられる立方体を意識して、魔力を形作ることも忘れない。
大きさは目の前に二メートルほどの立方体。
これは精霊からの指示だ。
大き過ぎるのではと思ったが、依代のサイズは調節できるらしい。
大きいほうが加工しやすいのかも知れない。
魔力は順調に放出されている。
わたしが想定した目の前の立方体の空間に魔力が集まっていく。
魔力が満ち、準備は整った。
(ユリよ。我に命令せよ)
「うん。水の精霊に命じる。我が魔力を依代として、世界に具現化しなさい!」
(承知)
ずわっと魔力の塊がわたしの体の中から正面に引き出される。
わたしが分裂した!?
そんな感覚に襲われる。
いや、目の前にいるの、わたし?
確かにオールヌードのわたしが目の前にいる。
一糸纏わぬ私は、青白く光りながら、魔力の立方体に吸い込まれていく。
・・・私の中の魔力が半分、持っていかれたんだ
感覚でそう思った。
元々は全部、水の精霊の魔力だけど。
魔力の立方体がうねり出す。
ゆっくり形を成していく。
依代の形成が始まった。
・・・やっぱり鳥っぽい?
すらっとした水鳥の足のようなものが見える。
全身は大きい。羽根も見える。
翼を広げる動作をしている。
広げるとかなり大きく見える。
確かに貫禄が・・・ん、この形、ものすごく見覚えが・・・
頭の高さは私と同じくらいで・・・大きな嘴。
つぶらな瞳、もとい、人を何人か殺めていそうだと言われても仕方がない、鋭い眼光。
これ・・・ハシビロコウさんだ・・・!
依代の形成が完了した。
目の前には、立派なハシビロコウさんが立っていた。
私は崩れ落ちた。
「・・・」
「・・・」
「どうじゃ?」
「ハシビロコウさんですじゃ」
ショックのあまり、言葉がうつった。
依代は普通に会話ができるようだ。
うん、嬉しい。
ハシビロコウさんとお話しできてわたしはとても嬉しいはずだ。
しかし、違う、そうではない。
「ユリよ、其方、この鳥が好きだったであろう?」
「ええ、大好きよ。超大好き。環境さえあれば飼いたいと思うぐらい好きよ。だけど、その発想は無かったわ」
私はパソコンの壁紙やスマホの待ち受けをハシビロコウさんにするくらい、超好きだ。
カッコいい、デカい、強そう。
非の打ち所がない完璧なフォルムに心を惹かれない者がいるだろうか(いや、いまい)。
だけど、水の精霊のイメージとはかけ離れすぎていて、全くその発想は思い浮かばなかった。
「うむ。妾のイメージ通りじゃ」
「それだ!」
「何じゃ?」
「イメージと違うの!水の精霊さんは、もっと女性らしさを全面に押し出したフォルムで、こう、包み込むような・・・」
「包み込めるが?」
大きな翼をバサッと広げて、胸の前で交差する。
あああ、確かに包み込めるよ!私もそこに包み込まれてみたいよ!
「その、なんじゃ。ユリはこの姿が気に入らないのじゃな・・・」
「あっ・・・」
悲しそうな表情をされた・・・気がする。
ハシビロコウの表情など読めないけど。
違う、そういうつもりでは無かった。
ただ、私が『勝手に』思っていた水の精霊とイメージと違う、それだけだった。
うつむき固まるハシビロコウ。
まさに動かないハシビロコウさんそのものだ。
「気に入ると思ったのじゃが・・・」
「ううん、ごめんね精霊さん。違うの!ハシビロコウ、大好きよ!それ以外なんて考えられないわ!」
「じゃが、さっきは・・・」
「想定外すぎて驚いただけ。私の記憶を見てるなら、わたしがどれだけハシビロコウを大好きか、知ってるはずよ!」
「うむ、それは知っておるし、だからこそ選んだ身体でもあるのじゃ・・・」
・・・ああ、そうか。
わかってしまった。
きっと水の精霊さんは、わたしがこの世界に連れてこられて寂しい思いをしているのを、少しでも和らげようと考えてくれていたんだ。
わたしが寂しくならないように、わたしの大好きな物をこの世界に連れてきてくれたんだ・・・
そう思ったら、もうこのハシビロコウは、わたしのイメージ通りの水の精霊にしか見えなくなった。
ハシビロコウに近づき、抱きしめる。
涙が溢れる。
初めて本物(?)のハシビロコウを抱きしめたのに、そんな感動より、水の精霊のいたわりが、わたしの中を駆け抜けていた。
「大好きよ、水の精霊さん。これからもずっと。大好き」
「・・・そうか」
翼でユリも抱きしめられた。
◇
「ねえ、はっしー」
「却下じゃ」
「うええ?ダメなの?この呼び方、ダメなの?」
わたしが家で寝る時、いつもベッドに一緒にいるハシビロコウのぬいぐるみの『はっしー君』。
さりげなくその名で呼んでみたら、即却下されたでござる。
「ここの連中は知っていても、事情を知らぬ者の前で水の精霊と呼ばれるのは色々まずいと思うので、呼び名は考えてもらうが、その名は安直過ぎるので却下じゃ」
「まあ、わたしのぬいぐるみとも違うしね」
「ユリ!」
その時、甲板にアドル達がやってきた。
ミライも、ドルフも、エリザも、ホークスも、他のクルーもいる。
「どうやら依代作りは成功したようだな」
「すごい!ヨリシロさん、かっこいいの!」
「いや、これはまた猛々しいというか、精霊様の依代にはふさわしいな。やるじゃないか、ユリ」
「強い眼力に気品すら感じるね。精霊の御使いと言ってもみんな信じるんじゃ無いか?」
凄いよハシビロコウさん、この世界で大人気だよ。
割とマジで精霊さんも気に入ったのかも知れないね。
・・・だったら嬉しいな!
「それに、ユリお姉ちゃんも凄かったの。ピカーって光って」
「こら、ミライちゃん、しっ!」
「え?」
依代作り、見られてた?
あ、艦橋から丸見えじゃん!
それで、依代が無事に完成したのを見て、ここに来たわけね。
つまり、わたしが光って・・・オールヌードのわたしを・・・
アドルをキッと睨む。
「アドル、『見た?』」
「何を?何も?見てない。うん」
「えー、みんなで見てたよ?やっぱり母様より、お胸は小さかったの!」
「いやああああああああああああああ」
わたしは泣きながら甲板を走り、隅っこで壁側を向いて体育座りをした。
0時に次話投稿します。




