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ポニーテールの勇者様  作者: 相葉和
24/206

024 呼、散、願、焉

ミライちゃん・・・ミライちゃん・・・


わたしは絶叫していた。

頭の中ではミライの名を呼びながら。


目の前には、槍で貫かれて、うつ伏せに倒れているミライがいる。

鮮血が溢れ、血はそのまま砂に広がり、吸い込まれていく。


血を止めなきゃ・・・

血がなくなっちゃう・・・

ミライちゃんが死んじゃう・・・


わたしの絶叫は未だ止まっていない。

頭の中ではミライの事を考えていても、口からは絶叫しか出てこなかった。


「お前のせいでその小さいのは死んだのだ」


わたしは絶叫をやめ、不愉快極まりない声がした方を睨んだ。

薄ら笑いでわたしを見下ろしている男がいる。


・・・こいつだけは、こいつだけは絶対に許さない・・・

こいつのせいで、ミライちゃんが!!


わたしは涙を流していた。

悲しみの涙ではなかった。

悔し涙と怒りの涙。

何もできなかった情けなさと、ミライに手をかけたこいつらへの憎しみの涙。


奥歯が割れるかと思うほどに歯を食いしばり、視線で殺せるなら殺したいぐらいに、目の前にいる男を睨みつけた。

手は砂を強く握りしめ、過剰な力みで腕は痙攣して震えた。


今、わたしは、きっと鬼の形相をしているだろう。

本当の鬼になれるならなりたい。鬼になってこいつらを殺したい。


「お前ら・・・殺す。殺す!!」


わたしの叫びを聞いても、この男は笑ったままだ。


・・・分かってる。わたしは無力だ。


悔しさで涙と嗚咽が止まらなかった。


・・・わたしのせいでミライが死ぬならば、わたしも死んで詫びるわ。

謝っても許してもらえないと思うけど。

ごめんねミライちゃん・・・


でも、その前にね、この場にいる全員を殺してしまいたいの。

ミライを殺したこいつらを全員、殺して、目の前から消えて無くしてしまいたいの。


「わたしはこいつらを殺したいのよ!!」


わたしは再び叫んだ。


その直後だった。

か細い声が聞こえてきた。


「お・・・ねえ・・・」


ミライちゃんの声?

生きてる?


わたしの叫びに反応したのだろうか。

慌ててミライを見ると、ミライは頭を少しだけ持ち上げ、震える体で、何かを呟き続けている。

しかし、槍はまだ体に刺さったままで、血は流れ続けている。

間違いなく致命傷だ。


「おね・・を・たす・・・けるって・・・ごほっ!・・・かあさまと・・・やくそく・・・た、からっ!・・・ごふっ!」


ミライが何を言いたいのか、わたしは単語の端々から分かった。


『お姉ちゃんを助けるって母様と約束したから』


きっとミライはこう言いたいのだ。

ミライは最後まで、最愛の母との約束を守り通すつもりだ。


「ミライちゃん!ごめんね!私のせいでミライちゃんが!ごめんね!!」


わたしにはただただ、謝ることしか出来なかった。


「おねえ・・・」


言葉の途中でミライは力尽き、持ち上げた頭は砂浜の上にぽてっと落ちた。


「あ・・・いや・・・ミライちゃん・・・」


わたしの全身から血の気が引き、そして、すぐさま血が頭に上った。

目の前の男を殺すこと以外、何も考えられなくなった。

感情が振り切れた。


「・・・許さない!許さない!!絶対に!殺して、や、る・・・」


そして、強すぎる衝撃と感情に対して、由里の脳と肉体は危険を感じ、全ての人間に基本的に備わっている安全装置を働かせた。



(ふーむ。気絶してしまったか。ここまでかの)


水の精霊は、精神が崩壊しかけているユリの様子を内側から見ながら、無念に思っていた。


わずか二日程度の付き合いだが、水の精霊はこの異世界人を結構気に入っていた。


多少、間の抜けたところもあるが、気持ちを真っ直ぐにぶつけてくる気概には好感が持てた。

ついでに異世界の知識を(勝手に)見ることが出来たのも新鮮で楽しかった。


だが、それもこれで終わりだ。

ミライを助けてやりたいとは思うが、まだまともに魔力を扱えないユリに同化している状態では、十分な治癒も出来ない。

そして、ユリはこのまま捕えられて、バルゴの元に連れていかれるだろう。

そして今度こそ精霊を支配する魔道具とやらで、バルゴによって支配されるのだろう。


ならばいっそここでユリが死ねば、支配から解き放たれて自由になれる。

再び逃げる機会が生まれる。


(だが、もうどうでも良いかな。妾はユリに賭けたのじゃ。ユリの負けは妾の負けじゃ)


また負けてしまったか、と思った時だった。


(・・・ひょっ?)


水の精霊は唐突に奇妙な感触に襲われた。

何者かに、精霊の根幹である魔力の核の表面を触られているような感覚だ。


何者か?考えるまでもない。ユリだ。

ユリの精神が、魔力の核に触れようとしている。

偶然なのか、本能なのか、それは分からない。

精霊を取り込んだ時に、ユリの肉体の本質は『ここに使える力がある』と理解していたのかもしれない。


(しかし、この精神力・・・無惨なほどに傷ついて、憎しみに染まっておるのじゃ・・・)


意識を失ってもなお、この絶望的な状況を打開する手を必死に探していると言うのか。

どんな手を使ってでも、心だけは最後まで諦めずに。


(おそらく、ユリの本意では無いのであろうな)


ユリの精神が魔力の核に深く入り込めば、魔力操作の経路ができる。

水の精霊本来の魔力を発現できる。

魔力を発現できれば、目の前の敵を殺すことも出来るだろう。

それはユリが渇望することであると同時に、決してユリの本望ではない。

そんな情念が伝わってくる。


(だが、それでも構わないと。そういう事ならば、今回は力を貸そう)


水の精霊は、自らを守っている全ての防御機構を解除し、魔力の核を丸裸にする。

ユリの精神が魔力の核に深く入り込みやすくするために。


そして、ユリの精神は水の精霊の核と同化した。



動かなくなった由里に近づき、生死の確認をしていた兵士が隊長に呼びかける。


「隊長。どうやら気絶しているようです。このまま縛り上げて護送しますか?」

「一応、魔力を封じる枷も忘れるなよ。それから王都にも連絡しろ」

「はっ!」


兵士が縄と枷を取りに向かう。

警備隊長は念のため、鞭を由里の足に絡めたままにして、縄を取りに行った兵士が戻るのを待っている。


(ユリよ・・・聞こえるか)


水の精霊が由里に囁く。

気絶から起こすための大声ではない。

由里の心の深い部分に向かって語りかけていた。


(ユリよ。おそらく無意識であろうが、今、其方は、妾の魔力と同調している状態じゃ。其方の、極限状態から生まれた極めて強い情念が、妾の魔力の核に干渉して、一時的に妾の魔力の扱いを可能にしている)


由里はまだ気絶している。

しかし、水の精霊の声は由里の精神に届いていた。


(・・・ユリよ。魔力本来の扱い方と違うゆえ、体や精神への負担は想像もつかない。だからこんなのは今回限りじゃ。それでも、構わなければ、妾に願え)


由里の身体がピクっと反応する。

水の精霊はその僅かなユリの反応を見て、ユリが願うと判断した。

そして、願いはこうであろう。


(『敵を、殺せ』と、妾に願うが良い)


「・・・敵を・・・殺せ」


由里は願った。

すると、由里の体が青白く光り始めた。

光の強さは徐々に増していく。


由里は気絶から目覚めた。

そして由里は上半身を起こし、目の前で足を絡め取っている男を見上げ、精霊に願う。


「殺せ」


由里の足から冷気が迸る。

足に巻き付いた鞭が凍っていく。

鞭を伝い、警備兵長の腕が凍る。


「なんだ!何が起きてい」


警備兵長は最後まで言葉を発することなく、全身を凍らせ、絶命していた。


由里は起き上がり、周囲を見回した。

事態が掴めず、慌てる兵士に手をかざし、精霊に願う。


「殺せ」


兵士達に向かって、手から複数の青白い光線が飛ぶ。

前に由里が腹に食らった光線だ。

射線上の兵士をまとめて蜂の巣にする。

警備兵長も光線を食らって砕け散った。


由里が体の向きを変える。薙ぎ払うように手を水平に振る。

青白い光線が横薙ぎに飛び、兵士の上半身と下半身を泣き別れにする。


一方的な虐殺だった。

生きている兵士は一分も経たずにいなくなった。


「消えて、無くなれ」


右手を上に伸ばし、大量の水を呼ぶ。水は警備兵長と兵士達の亡骸を巻き込み、海へと流し去った。

いずれ魚や魔獣の餌となり、大地に還る事になるだろう。


浜辺に静寂が戻った。

至る所にある戦いの傷跡さえ見なければ、まるで何事もなかったかのように静かになった。


全ての敵を排除した由里は、ゆっくりとミライに近づいた。


・・・まだ、息があるのね。


ミライの命の火はほぼ消えかけているが、まだ完全に消えてはいなかった。

だが、時間の問題だ。


今の由里には、殺し方しか分からなかった。

目の前には、今すぐにでも消えそうな小さい命がある。

わたしにはこれを消し去る事しか思いつかない。

だったら、消せばいい。


「・・・ころ」


(ユリよ!)


頭の中に大きな声が響いた。

あまりの声の大きさに、頭に激痛が走る。


「なに?邪魔しないで。わたしは殺したいの。願えばよいのでしょう?」


(ユリよ。違うぞ!そうではない!)


「違う?分からない。これはもう死にかけているわ。殺せば良いのでしょう?殺して、消してしまえは良いのでしょう?」


(ユリよ・・・殺すのではない。救うのじゃ!)


「救う?分からない。 救うって何?」


(うむ。救うというのは、その命を守ってやることじゃ。その幼子の笑顔を取り戻して、『未来』を見せてやることじゃ。其方がミライにそう言ったのであろう?)


「・・・あ」


・・・覚えてる。わたしが言った言葉だ。


由里の目から不意に涙がこぼれ落ちる。


・・・そうだ。ミライに『未来』を見てもらうんだ。わたしがそう言ったんだ。


ミライの笑顔が見たい。

未来を見せたい。

そのために、ミライの命を救いたい。


だから、お願い、水の精霊よ。


「ミライを・・・救って!」

(承知!)


由里とミライの体は眩しい光に包まれた。



「ここは・・・?」

(起きたか、ユリよ)


頭が回らない。体もほとんど動かない。

長い夢から覚めたばかりで、体はまだ揺らめいているような感覚だ。


いったいここは何処?何があったんだっけ?

建屋内にいる事は分かる。ベッドで寝かされている。

だが、ドルフの家ではない。


あ、でも、こういう時にはこう言えばいい事を知っている。


「・・・知らない、天井だ」

(何を言ってるのだ其方は)


「いや、一応お約束なので」

(そんな約束、聞いたことが無いのじゃ)


でも、そんなくだらない事を考えて、少しリラックスしたら、だんだん思い出してきた。

・・・思い出したくない事も。


(そうか、思い出したか)

「うん、イヤな事ばかり、いっぱい・・・」


敵兵に追い詰められて、脅迫されて、無条件降伏を決めたのにミライが刺されて、頭にきたわたしは・・・


「敵の兵士さんを全員、殺しちゃったんだね・・・うっ!うええええええ!」


あの時はなんとも思わなかったのに、今思い出したら吐き気が襲ってきた。

ろくに動かない体を反射的に起こして、ベッドではなく床の上に吐いたわたしは、少しだけグッジョブだ。


・・・そりゃ、人を殺した事なんてないのに、いきなり猟奇大量殺人犯だよ?

未だに非現実感のあるファンタジックな世界でなければ、精神が崩壊するんじゃないかな。


顔面蒼白になり、涙目で昨夜の自分を思い返す。


・・・いや、あの時は精神崩壊してたのかも。よく元のわたしに戻れたものだわ。


(落ち着いたかの?)

「うん、一応ね。気分はまだ最悪だし、体もろくに動かないけど。そうだ、ミライちゃんは?助かったの?」

(落ち着いたならば、聞け)

「いや、先にミライちゃんの事を教えてよ」

(聞け!!!)

「・・・はい」


なんかお説教タイム?

とりあえず神妙にする。


(あの時、ユリの精神が強烈に妾の魔力の核に干渉した結果、妾はユリの願いを汲み、力を発現できた。それは分かるな)

「はい、原理は全くわかりませんが、なんとなく分かります」


いわゆる『なるほどわからん』ってやつだ。


(あの時はユリだけでなく、ユリが好意を示していたミライを助けられる機会も生まれると考え、妾は其方に力を貸したのだ。妾は敵兵を排除できる手段がある事をユリに教え、そして、ユリはそれを願った。その結果、妾は敵を殺す為に力を『振るわされた』のだ)

「・・・はい」


やっぱりちょっと怒ってるよね。

でも怒る理由は想像がついている。


(本を正せば、奴らを殺したいならば妾の力を使えと、妾がユリを唆した結果だとも言える。だが、別に妾は好きで人を殺めたのではない。そこは勘違いしないでほしいのだ)

「・・・はい」


語尾を『のじゃ』にし忘れるあたり、本気で怒ってるね・・・


(・・・次に同じ様な暴走をしても、妾は力を貸さないのだ)

「・・・はい、分かりました。迷惑をかけて本当にごめんなさい」

(分かればよろしいのじゃ)


声色が優しくなった。

怒りを収めてくれたのだろうか。

『のじゃ』に戻ったし。


とにかく、二度とこんな事態にならないように猛省する。


(それと、ミライは無事に助かったのじゃ。ユリが癒しを願ったからの)

「本当に!?よかったよおおおおおおお!」


一番気になっていた事が、一番願っていた通りの答えで聞けて、嬉しさのあまり涙が溢れる。

嬉し涙は我慢しなくていいって誰かが言ってた。


(そしてその後、ユリは完全に意識を失ったのじゃ。やりきって、死んだかと思ったのじゃ)


ミライちゃんを助けるまでは死んでも死にきれないけど、助けた後なら死んでも良かった。それは今でもそう思う。

生きているに越したことはないけど。


「はあ・・・それにしても精霊さんには本当に迷惑かけちゃったね。結局わたし、どれくらい眠っていたの?」

(そうじゃな。其方の星の時間感覚で言うと、二週間ほどじゃ)

「・・・また記憶を覗いてたわね?」

(暇じゃったし、今回は妾への贖罪という事で、不問に致せ)

「・・・不問にいたします」


コンコン。

部屋の扉をノックする音がしたので、精霊との会話を中断する。

声を掛ける前に扉がバンッと開かれる。


「あ!ユリお姉ちゃん、起きた!」

「ミライちゃん!!!」


扉を開けたのはミライだった。

由里の様子を確認しに来たのだろう。

いつもこうして看に来てくれていたのだろうか。

目が覚めたわたしを見て、ミライが笑顔で駆け寄ってくる。


ミライちゃん、本当に生きてる!良かった。本当に良かった!

わたしも駆け寄りたいが、まだ体が動かないので、ミライが来るのを待つ事にする。


「ユリお姉・・・あ、何これ?・・・いやあああん!」

「あっ!」


ミライはベッドに到着する寸前で急に立ち止まり、さらに後ずさりした。

理由は、先ほど由里が床にリバースしたもののせいだ。


「ユリお姉ちゃんエンガチョなの!エンガチョなの!」


そう言うと、ミライは部屋から飛び出して行ってしまった。


「待ってミライちゃん!待って!エンガチョって言葉、こっちの世界にもあるの!?」


使い所が少し違うので、意味も違うかもしれないが、異世界の幼女にエンガチョと言われた事に軽いショックを受け、由里はしばし呆然となった。

0時に次話投稿します。

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