021 計算大会
「それでは、初めて参加される方も、初めて観戦される方もいらっしゃると思いますので、改めて大会の要項を説明いたします」
進行役の女性が参加者と観客に向けて大きな声を響かせる。
どうやら拡声器のような魔道具を使っているようだ。
参加者はわたしの他に四十名程度。
思ったよりも少ないし、若い人が多めだ。
賞金が五万トールという事で、商売人にとってはお小遣い程度の金額なのだろうか。
若い人が多めなのは、ここで計算能力をアピールして、バイトや就職に活かすといった目的があるのかもしれないと思った。
観客には、普通の見物客や参加者の応援以外に、裕福そうな商人っぽい人もいるので、もしかしたら青田買いに来ているのかもしれない。
若者がアピールするには良い機会だ。
・・・わたしは無一文なので、賞金が欲しいだけなんだけどね。
そんな理由がなければ、参加なんぞしなかった。
ちなみに、わたしが大会参加中はミライが一人になってしまうため、万が一誘拐でもされては困る。
そのため、主催者にお願いして、ステージの横に椅子を用意してもらい、そこに座ってもらっている。
目が届く位置なのでわたしも安心だ。
競技が始まる前に一度ミライのところに行って、軽くおしゃべりする。
他に知っている人もいないしね。
「ユリお姉ちゃん、がんばってね!」
「うん。頑張るよ!そういえば、ミライちゃんは、算数・・・計算とかは、得意なのかな?」
「計算?全然出来ないよ」
あれ?そうなの?
「えーとほら、さっき、パンが千トールで二十個ぐらい買えるって教えてくれたじゃない?あれはパンが一個あたり五十トールとして計算したのかなと思って」
「いつも千トールで二十個ぐらい入ってるんだよ」
「ああ、なるほど。袋買いの金額なのね」
「でもパンは一個、五十トールであってるの。ちょっと美味しそうなやつは百トールするけど、父様は買ってくれないの」
単価は分かるけど、計算したわけじゃないぞと。
子供だし、まだ算数を習っていないのかもね。
とすると、後は大人達の実力がどんなもんかだね・・・
「ありがとう、ミライちゃん。頑張ってくるね!」
わたしはステージに戻り、競技の開始を待つことにした。
◇
「簡単な問題から出題していきます。足し算と引き算のみですが、問題はだんだん難しくなっていきます。間違えた人は壇上から降りていただき、最後まで残った人が優勝です」
紙と筆記具を渡され、一問一答式で答えを書いて、皆に見せる。
間違えた人から脱落するサドンデスルールだ。
実にわかりやすい。
「読まれた問題を紙の隅に書いて計算しても構いませんが、解答時間内に解答を書けなければ失格です。また、計算機の使用は禁止です。よろしいですね」
計算機を使ってはいけないという条件。
参加希望を伝えた時にもらった大会要項に、計算機の使用禁止は明記されていた。
わたしはそこに勝機を見出していた。
一つ問題があるとすれば、わたしはまだこの世界の数字に慣れていないということだ。
読めるけれども、描き慣れていない。
そのため、紙の隅っこに0から9までの数字を書いておき、解答を書く際の参考にする。
「それでは始めます」
さあ来い!
「3足す、9!」
わたしは紙に12と書いて待機する。
流石に最初の問題は超小手調べなのだろう。
全員クリアするだろうと思ったら、二人が脱落した。なんで!?
「いきなり繰り上がりの問題かよ」
「計算機を使って良けりゃなあ」
脱落組からそんな会話が聞こえる。
いくらなんでも計算機に依存しすぎだろう。
「では次の問題、15引く、7!」
「もう二桁かよ!」
「もう引き算かよ!」
そんな恨み言を並べながら数名が脱落していく。
・・・マジっすか?
正直なところ、わたしは地球、というか、日本の算数の文化は異世界でも通じるのでは?と思っていた。
逆に通用しなければ是非それを学びたい、とも。
それを見てみたいと思ったのも、大会に参加した理由のひとつだ。
・・・もっとも、それ以外にもわたしには強力な勝算があったのだが、思っていたよりも楽勝かもしれない。
でも、一応気を抜かずに頑張ることにする。
「三桁はたまにしかできないんだよなー」
「答えが四桁になるとか、卑怯だろ!」
「うちの計算機ならこの答えで合ってるはず。みんなの方が間違っているんだ」
敗退者の言い訳と恨み言を聞きながら、出題は進み、残るは三人となった。
進行役の人が、残っているわたし達に声をかける。
「あなた、前回準優勝の方ですね。今回は調子良いですか?」
「はい。今回こそ頑張ります!三桁の引き算の練習、しっかりやってきました!」
観客側からおおー!っという歓声が上がる。
どうやら前回大会は三桁の加減算あたりで勝負が決まったようだ。
「お嬢さんは初参加でしょうか?健闘していらっしゃいますね。舞台の上で皆さんに注目されながらの計算は緊張しますよね!意気込みを聞かせてください!」
「えーと、はい。頑張ります」
わたしは控えめに答えた。
調子に乗っても良い事はない。
負けたら恥ずかしいし。
注目されながらの計算に緊張する?
普通の人ならそうかもしれない。
でもこれくらいの相手や観客ぐらいでわたしは動じたりはしない。
・・・もっと緊張する場で、悔しい思いをしてきたんだから。
だからこそ、増長も油断もしない。
「では問題に行きます!・・・4125足す5875引く1111足す3456!」
いきなりの四桁、しかも加減算に会場がどよめく。
意外と難しい問題だった?
もしかして全員を失格にして賞金無しにする作戦だったりして。
だったらせこいな。
でもわたしは「ふふっ」と軽く笑い、解答を書く。
「・・・今、少し笑ったように見えましたが、いかがされましたか?」
「いえ、ごめんなさい。ちょっとだけ粋な答えだと思って」
進行役の女性からの問いかけにそう答える。
決して舐めプで笑ったのではない。
手元の解答を確認した進行役が、なるほど、という感じで笑顔で頷く。
答えは12345。
わたしだけが正解し、優勝と賞金をもぎ取った。
◇
盛大な拍手で祝福される中、優勝賞金の五万トールが贈呈される。
賞金を受け取ると、拍手に加えて歓声も沸き上がる。
「優勝おめでとうございます!今の気持ちを一言お願いします!」
「えーと、頑張りました。ありがとうございます」
「優勝したお嬢さんは、賞金と、年末に開かれる計算王決定戦への参加資格も獲得しました。計算王の栄冠を勝ち取る事も期待しております!」
「はあ、頑張ります」
初耳だし、多分参加しないと思うけど、わざわざ言う必要はない。
言葉は淡白に、しかしスマイルは忘れず、わたしは勝者のインタビューに対応した。
ヒーローインタビューをされるほどのことでは無いと思っているわたしと会場の温度差なんて知らない。
わたしはお金が欲しかっただけだし。
ステージ横で待つミライは、椅子から立ち上がり、キラキラ笑顔に尊敬の眼差しでわたしを見ている。
その笑顔だけで十分だよ!
無一文から一転、賞金をいただいて小金持ちになったわたしは、市場でお財布とバックパック(背負袋)、旅に必要そうな小物と下着類を購入した。
大会を見ていたお店の人が通りがけにお祝いをくれたり、バイトの勧誘をされたり、ちょっとした街の有名人になった気分で買い物を楽しんだ。
お昼は優勝のお祝いに、ちょっと豪華なご飯を食べる事にした。
もっとも、わたしはメニューがよく分からないので、ミライに選んでもらった。
牛肉のようなものをミンチにして焼いたハンバーグっぽいものと、パン。
果物のジュースとマスカットのような果物のデザート。
どれもミライが好きなものだそうだ。
昼食を終えると、ドルフの家でお世話になったお礼の品と、お墓参りのお供え物のお花を買い、ついでに水の精霊が上物だと言っていた露店の魔石も、売れてしまう前に買っておいた。
無駄遣いはしていないと思う。たぶん。
「ユリお姉ちゃん、本当にすごかったの!」
「えへへー。ありがとね!」
午後のウィンドウショッピングの間も、ミライの興奮は冷めやらない。
でもわたしはミライの絶賛に何度でも応えた。
「本当に本当にすごかったの。それにあんなに人がいっぱい見てるのに、全然緊張もしてなかったみたいなの」
「そうだねー。日本一を決める大会の時の方がもっと緊張したからね」
「にっぽ?」
・・・まあ、その時は負けちゃったんだけどね。
「ユリお姉ちゃんはもっと大きな数字でも計算できるの?」
「ん、できるよー」
「どれくらい?どれくらい?」
「えーとね、たくさん?うふふっ」
「えー、それじゃわかんないよー」
生睦まじい、まるで姉妹か親子のような会話は、ウィンドウショッピングの間中、途切れる事はなかった。
◇
(のう、ユリよ)
「なに?」
(其方、存外に有能なんじゃな)
「あなたとは一度しっかりお話しをしないと駄目なようね」
お昼に次話投稿します。




