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ポニーテールの勇者様  作者: 相葉和
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002 状況が分からない

『由里、会社を辞めちゃったのはいいけど、これからどうするんだい?』

『さすが母さん、わたしが会社を辞めたことは、さらっと流せるのね』


 電話の向こうで、母の軽い調子の声が聞こえる。都内に借りているワンルームマンションのベッドの上で、ゴロゴロしながら実家に電話をかけたわたしは、母さんに退職の報告をしていた。退職した理由は話さず、いきなり『会社辞めてきた』と切り出したわたしに、母は呑気と呆れの中間ぐらいの声色で会話を続ける。


『由里が決めたことなんだから、母さんは口を出さないわよ。別に犯罪を犯したわけじゃないんだろ?』


 ・・・傷害罪になりかけました。ごめんなさい。


『それに父さんが『いよいよ継いでくれるか』ってきっと期待するわよ。この先のことをまだ何も考えていないなら、それもいいんじゃない?』

『そうだねえ。やりたいことはあるけど、まだ何も決めてないから、それもありかな』


 成り行きと勢いで会社を辞めたので、実際、今後の予定は全く決めていない。


『そういえばあんた、小さい頃、アイドル声優になりたいとか言ってたっけ?良い声してるし、歌は上手だと思うし、顔立ちだって良いし、スタイルは・・・ほら、今は『シンデレラバスト』ってのが流行りなんだろ?』

『母さん、親バカ発言と胸の話はそこまでよ』

『とりあえず、一度うちに帰ってらっしゃい。時間はあるんだろう?』

『そうだね。友達に勧められた温泉に行ってみたいから、そこに立ち寄ってから帰るよ。また連絡するね』


 電話を切って、ベッドに仰向けになり、目を瞑る。


 ・・・予定は未定。未定ってことはなんだってできる。なんにでもなれる・・・かもしれない。中学の頃に夢見たアイドル声優は今でも少し胸の中でくすぶっているけど、さすがに今からではハードルが高いだろう。胸は低いけど・・・ってやかましいわ。


『・・・よし。母さんの声を聞いて元気も出た。明日から本気出して、世界でも救っちゃおうかな!』


 右手を天井に向かって突き出したところで、わたしは夢から覚めた。



(・・・ここ、どこ?)


視界が戻り、あたりを見回すと、そこは温泉旅館の物置でも自室のベッドの上でもなかった。ちょっとした公民館の講堂ぐらいの広さはありそうな、やけに広い空間だった。

 やや赤みを帯びた照明が壁一面に並び、周囲は明るく照らされている。わたしは石の床の上に敷かれた、絨毯のようなものの上に体を横たえていた。とりあえずゆっくりと体を起こしたが、乗り物酔いをしたかのように、頭がクワンクワンしている。

 しかし、そんな事より一番の問題は・・・今自分が、ローブを着たあやしい集団に囲まれているという事だった。ローブ集団の他に、鎧の仮装をしている男もいる。


(なにこの状況・・・誘拐?コスプレ集団?カルト宗教?あの温泉旅館、裏家業で何やってるんですか?超怖いんですけど!・・・とりあえず、風呂上がりに浴衣ではなく、普通に服を着ていたわたし、グッジョブ!)


 乙女の尊厳的にも服装は重要だったが、やはりいちばんの問題はそこではない。

 私が起き上がったのを見たローブ集団の一人が、鎧を着た男となにやら話を始める。話を終えた鎧男は後ろを向いて歩き始めた。鎧男が歩く先には開け放たれた扉があり、奥には通路が見えた。どうやらこの部屋の出入り口になっているようだ。

 鎧男はそのまま部屋を出ていった。会話を終えたローブ男は集団の輪に戻り、再びわたしに目を向けた。わたしは相変わらずローブ集団に囲まれている。


(一体どうしろってのよ・・・落ち着けわたし。まず状況を整理してみよう)


 今、わたしはどこか分からない変な場所にいる。眠らされて誘拐された?でも眠らされたような感じはしなかった・・・記憶が飛んでいなければ。

 そしてローブ男達の姿から、まず思い浮かぶのはカルト宗教。変な模様の絨毯の上にいるわたしの状況とセットで連想すれば、これは・・・生贄の儀式だろうか。わたしを依代にして、何かを降臨させるような儀式をするために誘拐したのだろうか。だが、仮に誘拐されたとして、拘束されていないのはちょっと変な気がする。小娘ごときにそんな必要はないという事だろうか。


(いやいや、わたしはこう見えても、高校時代は太極拳部に所属していたのよ?太極拳だけでなく、色々な中国拳法の型や技を習得していてよ?・・・趣味の範疇だったので実戦で役に立つとは思えないけど)


 どのみち多勢に無勢である。周りにいる大の男達を全員ぶっ飛ばして逃げるなんてことはできそうになかった。


(いや、待てよ。そもそもこれって現実なの?さっき母さんの夢を見たけど、これも夢なんじゃないの?だったら目を覚ませばいいんじゃない。ってことで、夢から覚めて、はい!・・・いたたっ・・・)


 自分で自分のほっぺたを力一杯つねり、のたうちまわっているわたしを、ローブを着た男達は生暖かい目で見守っていた。


(うう、そんな目でわたしを見ないでください・・・)


 結局、状況の整理などできないうちに、先の通路の奥から、数人の鎧姿の男達がガチャガチャと足音を立てながらやってきた。先ほど部屋を出ていった鎧男も一緒に戻ってきている。鎧男達の中の一人は、特に豪華そうな鎧の仮装をしていて、部屋に着くなり、他の鎧男やローブ集団に何やら指示を出し始めた。

 ローブ男達は一歩下がり、入れ替わるように鎧男達が前に出る。


(囲まれている状況は変わりないんだけどね。むしろ武装強化された分、状況は悪くなったかも・・・)


 とりあえず意志の疎通ができなければ事態が好転するとは思えない。


(女は度胸だ。とにかく話しかけてみよう・・・乱暴されませんように!)


 わたしは意を決して声を発した。


「えーと、すみません、あなた達は誰ですか?言葉通じます?」


 さきほどから、この人達の会話に聞き耳を立ててみたのだが、実際、何語を喋っているのかサッパリ分からなかった。英語でもフランス語でも中国語でもなさそうだったので、ダメ元で日本語で話しかけては見たものの、やはりこちらの言葉が分からないのか、チラチラとわたしを見ては首を振ったり、指を差したりしてくる。


(・・・こいつら、なんか失礼だな)


 そんなことを考えていると、すると、一人の鎧男が近づいてきた。一番豪華そうな鎧を着た男で、見た目は四十歳ぐらいだろうか。百八十センチ以上はありそうな長身で、ガタイも良さそうに見える。


(腰にぶら下がっている長いヤツは・・・たぶん剣だよね?普通に怖いんですけど!)


私に近づこうとする鎧男に向かって、他の鎧男達が何かを言っている。豪華な鎧男はそれを手で制止するような素振りを見せ、わたしに向かって歩みを進める。

 鎧男はわたしのすぐ手前で立ち止まると、少し体を屈めて、私に向かって右手をスッと伸ばしてきた。


(超怖い!失礼なやつらとか思ってすみませんでした!だから乱暴しないで!)


 思わず目を瞑り、体育座りで頭を押さえて小さくなる。だが、いつまで経っても自分が触られる様子はなかった。


(・・・あれ、何もされない?)


 ゆっくり目を開けると、鎧男が困り顔でこちらを見ている。その伸ばされた右手の掌には、ネックレスのようなものが握られていた。三センチ大の、薄く光る赤い宝石を中心に、その周りを小さい宝石が列をなすように意匠されている綺麗な装飾品だ。めちゃくちゃ高そうに見える。

 そして、向こうも言葉が通じないと理解したのか、身振り手振りで、そのネックレスを首にかけろとわたしに説明しているように見える。


(とりあえず、つければいいね?)


 わたしはそっと手を伸ばしてネックレスを取ろうとした。鎧男は動かず、わたしがネックレスを取るのを待っているように見える。どうやら正解と思って良さそうだ。わたしはそのままネックレスを手に取った。


(・・・呪われたりしないよね?)


 訝しがりながら、首にネックレスを掛けた、その時だった。


「私の言葉が分かるか?」


 明確に理解できる言葉で、鎧男がわたしに話しかけてきた。


3/18 体裁などを修正しました。

2023/12/31 体裁等修正

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