018 女の子の事情
「この度は助けていただき、ありがとうございました」
「お姉ちゃん、頭を上げて、普通に話してほしいの」
ニコニコしながら女の子が答える。
着替えを終えたわたしは、四十五度の最敬礼で女の子に感謝の意を表していた。
わたしは頭を上げ、普通の口調で女の子に話しかける事にする。
「わたしの名前は由里よ。お嬢ちゃんのお名前は?」
「ミライ」
ミライちゃんか。いい名前だ。
わたしはミライちゃんに、ご両親の帰宅時間を聞いてみる。
「ミライちゃん、ご両親にもお礼を言いたいし、出来ればこの服をしばらくお借りするお願いもしたいのだけれど、いつ頃帰ってくるかな?」
「父様は魚を獲って、市場で売ってから帰ってくるの。夕の鐘には帰ってくる」
お父様は漁師さんだったのか。
海の近くに住んでるのもその辺が理由かな。
夕の鐘というのは、まあ夕方頃に鳴る鐘だろう。
「お母様は?」
「母様は、去年、病気で死んじゃったの」
「・・・」
マズイマズイ、想定外だったよ。
まさか亡くなっていたとは思わなかった。
「あの、ごめんなさい!辛い事を聞くようなことになっちゃって・・・」
「大丈夫。父様がいるから」
ニコッと笑う表情にこちらが救われる思いだが、そんな話を聞いた後では無理して気丈に振る舞っているのでは、と思ってしまう。
まだこんなに小さいのに。寂しいだろうな・・・
「だから、お服はもらって大丈夫。もう誰も着ないから」
「いやいやいやいや、この服、お母様の形見じゃないですか!それにいつかミライちゃんが大きくなったら着れますし、大事にしてください!なるべく早めにお返ししますから!」
重たい事情にテンパったわたしは、慌てるあまり再び敬語になっている事にも気が付かなかった。
「いつかミライが着るの?」
「そうですよ!お母様の思い出が詰まった服です。大切に取っておくのも良いですが、いつか大きくなったミライちゃんが着てくれたら、きっとお母様もきっとお喜びになりますよ!」
「ふーん、じゃあ大きくなったらミライが着るね。それまでは母様・・・の服は、ユリお姉ちゃんが着ててね。あと、普通に話してね」
かわいい!なんて良い子!
ひとりっ子のわたしは、お姉ちゃん呼びに弱い。
おまけにこんな可愛い娘に言われては、全身を悦びの電撃が走り抜ける。
でもとりあえず服はなる早でお返しする。それだけは心の中で誓った。
(ユリよ、妾もユリお姉ちゃんと呼んでやろうか?)
「恐縮するので遠慮いたします・・・」
とりあえず父親が帰ってくる夕方までどうしよう。
さっき昼の鐘が鳴ったばかりだから、まだ昼ぐらいだよね?
「そうだ、ユリお姉ちゃん、ご飯、一緒に食べる?さっき食べようと思ってたところなの」
「ほんと!いいの?食べたい!」
テーブルに、パンと魚の燻製を用意してもらい、席に着く。
「我らを守護する精霊の恩恵に感謝し、今日の糧をいただきます」
ミライちゃんが胸の前で指を組み、お祈りをするのを見て、わたしも同じく指を組み、ポーズだけ取る。
お祈りを終えて食事をいただく。
思えば異世界での、初めての食事だ。なんかワクワクする。
パンは少し硬めだけど、味はしっかりパンだった。
ミライちゃんが、小さな赤い実の入った、トロッとしたものをパンに塗ったので、わたしも真似してやってみる。
木苺をシロップで煮詰めたジャムのような感じだ。
甘くて美味しく、パンととても相性が良かった。
お魚の燻製は柔らかめのおつまみみたいで、燻製の良い匂いと、少し濃いめの塩味が食欲を掻き立てる。
噛めば噛むほどお魚の味が出てとても美味しい。この世界、美味しい。
「お姉ちゃん、美味しい?」
「とっても美味しいよ!この赤い実は何?」
「ラトープの実だよ。ユリお姉ちゃん、知らないの?」
「うーん、わたしの国では見ないかもしれないかなー。ねえ、ミライちゃんはずっとこの街に住んでるの?」
「ミライはここで生まれたんだって。だからずっとこの街に住んでるよ」
食事をしながら、会話に花を咲かせる。
ミライちゃん、お昼はいつもひとりなのだろうか。
誰かと一緒に食べるご飯は美味しいよね。
ニコニコしているミライちゃんを見て、わたしも少しは役に立てたかな、と思った。
「ふーおいしかったー、ご馳走様でした!」
「ごちそうさま?精霊様にお礼を言わないの?」
「あ、うん、もちろん言うよ。ミライちゃんが食べ終わったら一緒に言おうね」
「わかった!」
わたしはミライちゃんの食事が終わるのを待つ間、窓の外を見る振りをして、後ろを向く。
「・・・食事の後のお祈りの言葉、知ってたら教えて(超小声)」
(・・・仕方ないのう)
「せーの!」
「「我らを守護する精霊の恩恵に感謝を。願わくば明日も糧を賜らんことを」」
食後のお祈りを終え、後片付けを行うミライちゃんの後ろ姿を見ながら、これからの事を考える。
・・・ミライちゃんのお父様にお礼と、作り話だけど事情を説明して、お洋服をしばらくお借りしても良いか聞く。
それから街を少し見てみようかな。
文化レベルとかを知っておきたい。
魔力の使い方も覚えなきゃいけないから、どこか練習できる場所を・・・
お腹がいっぱいになったわたしは、これまでの疲労も相まって、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
◇
(ユリ、起きよ)
「んー。・・・嫌」
(嫌って・・・其方。寝起きが悪いのう)
「うん。だから起こさないでね・・・」
(刺されても知らぬぞ?)
「はい!?」
目を開き体を起こすと、わたしは男に槍を突きつけられていた。
0時に次話投稿します。




