016 手配
「で、逃げられた、と」
バルゴが冷ややかな視線で警備隊長を見る。
まだ朝の鐘が鳴ったばかりの早い時間だが、昨夜の騒動で城内は騒然としていた。
バルゴは玉座の間で、事の顛末を聞くために城の警備隊長を呼び出していた。
警備隊長は玉座に座るバルゴの前で跪き、声を振り絞るように失態の報告を続ける。
「・・・勇者殿は賊と内通していたと思われます。賊と協力して警備兵の目を欺き、水の精霊に会いに行ったものと思われます」
「勇者殿はよせ。小娘ごときに」
バルゴの低い声が王の間に響く。
「はっ。それから勇・・・小娘は水の精霊を解放して、王都海域防衛隊の追跡を振り切り、逃走しました」
水の精霊の結界は消え去っていた。
それはバルゴも実際に水の精霊の間に赴いて確認している。
・・・あの小娘、とんだ曲者だったか。いや、切れ者か。
この星に召喚したばかりで、右も左もわからぬ小娘をそそのかし、水の精霊を支配するつもりだったが、失敗するどころか、水の精霊を場外に逃すとは。
「賊のほうはどうした?叛徒どもの拠点は掴めたのか?」
賊にもまんまと逃げられた。
追い詰めたにも関わらず逃がしたと聞いた時は、その場にいた全員を斬り捨ててやろうと思ったが、こちらは容疑者の当たりがついたため、いったん怒りを抑えた。
その賊は亡き王子の親友であり、王都にある道具屋の二代目店主であり、バルゴに叛逆を企てている組織の一員と考えられていたからだ。
城に侵入し、小娘の手引きをした事で、それは確信に変わっている。
そのため、当面は自由に泳がせて、叛徒どもの拠点を探る事にしたのだった。
「引き続き密偵が見張っております。動きがあれば連絡が来る手筈です」
「ふむ。密偵まで無能ではない事を期待しよう」
暗に無能と言われた警備隊長はビクっと体を震わせ、跪いた頭をさらに頭を低くしてバルゴに嘆願する。
「願わくば、引き続き小娘と精霊の捜索にあたらせていただきたく・・・」
「捜索は行う。だが無能は要らぬ」
バッと頭を上げ、目を見開く警備隊長に向かってバルゴが右手を伸ばす。
バルゴと警備隊長との距離は五メートル以上離れている。触れようとして手を伸ばしたわけでは無い。
バルゴが地獄の底から響くような低い声で、警備隊長に向かって言葉を発した。
「燃えよ」
バルゴの掌から豪炎が巻き起こり、警備隊長を包む。警備隊長の悲鳴が上がり、やがて声は小さくなっていった。
床に消し炭だけを残して、警備隊長は消えていた。
「フラウス」
「はっ」
バルゴの横で控えていたフラウスが応える。
警備隊長が焼死した現場を目の当たりにしたにもかかわらず、フラウスの表情は変わらない。
「警備隊長の後任の任命は任せる。それと王都管理区内の地区警備隊長には詳しい事情を伝えても構わん。小娘の捕縛のために、早急に動けるよう備えさせろ」
「承知しました」
「それから王都管理区全土の民に緊急通告だ。己を勇者と偽る、国家叛逆の徒が現れたと。名前と、容姿の特徴を添えて捕縛に協力せよと。異端ゆえ、国民証を持っていないはずだ。変装している可能性を考え、国民証を持たぬものは問答無用で捕らえよ。密告も推奨する。逆に匿った場合は連座で死罪だとな」
「はっ。すぐに手配します。一両日中には布告できるかと。各領地の太守にも連絡いたしますか?」
「まずは王都管理区内への通告を徹底せよ。太守への連絡は、管理区内の捜索をある程度終えてからだ」
太守とは、この星の大陸を幾つかの領地に分割し、それぞれの領地を管理する責任者のポストだ。領地内の民を守護し、産業を発展させる役目を担っている。
王ひとりで管理するにはこの星は広すぎるため、地方の統括は太守に任せており、王に対してもそれなりの発言権を持つ。
バルゴは太守達との関係があまり良く無い。
先王の死と、バルゴの王位継承に疑問を持つ者が少なからずいるのだ。
太守達の中には、従順と反抗の中間的な態度で、理由をつけては招聘に応じなかったり、勅命をわざと聞き間違えたふりをして、正しく実行しなかったりする輩もいる。
従順ではない太守の入れ替えも考えたが、先王の時代から長く役割を担い続けた腕は一流であり、民からも信頼されている人材を変えるのはリスクが伴う。
そのため、全ての精霊を使役した後にでも鉄槌を下してやろうと考えている。
水の精霊以外にも使役せねばならない精霊はいる。
探索は続けているが、その中でも水の精霊は目と鼻の先にいたにもかかわらず、後一歩のところで取り逃した、
まずはこの屈辱を晴らさねば気が済まない。
そのためにも、あの小娘と水の精霊の行方を掴む事が最優先だ。
おそらく王都管理区内の何処かで現れるに違いない。
王都管理区はそれほど大きく無い島だ。
全王都管理区民への通告も魔道具を使って簡単にできる。
そして、バルゴのある意味『よく行き届いた』統治に逆らう民は極めて少ない。
すぐに各地から情報が集まるだろう。
後は人海戦術だ。
確実な情報が掴めれば、バルゴが直々に出向いて対峙する事も考えている。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「なんだ、フラウス、まだ何かあるのか」
何かを思い出すように、しかし思い出せないような表情を浮かべて、フラウスがバルゴに発言する。
「小娘の手配ですが、名前はいかがいたしますか?」
「ふむ。流石に異世界の勇者とは書けないからな。普通に名前で良かろう?」
「はい、その名前ですが・・・名前は何と申しておりましたか?陛下は小娘の名前を覚えていらっしゃいますか?」
「・・・」
小娘の名前を聞いていなかった事を今更ながら思い出した二人だった。
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