108 突撃!隣のそろばん授業
「・・・はい。それでは今日のそろばんの授業はここまでとします。今日はメルティールの町からお届けしました。皆様、ありがとうございました」
わたしは放映の魔道具の前でペコリとお辞儀をして、今日のそろばんのオンライン授業を終えた。
傍に置かれていた水差しからグラスに水を注いで一気飲みをすると、喉の乾きと一緒に疲労も流れていくようだった。
「ユリよ。お疲れ様なのじゃ。初めての場所での授業も無事に終えたようじゃの」
「うん、ディーネちゃん、ありがとう。だいぶ緊張もしなくなったしね。これも皆さんのお陰です。本当にありがとうございました」
わたしは向き直って、準備をしてくれた人や授業に参加してくれていた子供達にお礼を言った。
「いいのよ勇者様。わたしらも授業が直接受けられて光栄なのだから」
「ありがとう、勇者のお姉ちゃん!」
御婦人と子供達からお礼の言葉をいただいてしまった。
お礼を言うのはわたしのほうなのに。
ここはコーラルの隣町、メルティールという町の集会所だ。
わたしは何度かのオンライン授業を経て授業のコツを掴んだところで、出張オンライン授業を行うことにした。
いつも同じ教室からでは飽きが来てしまうだろうし、そろばんのオンライン授業を見てくれている人達からは、やはり直接指導を受けてみたいというリクエストも多かった。
そのため、わたしはカーク経由で近隣の町の町長に相談を持ちかけ、賛同いただいた町長にそろばんの授業ができる場所を提供してもらった。。
授業には現地で希望する人にも参加してもらい、その様子もセットで放映する。
こうして出張授業が実現した。
今のところは馬車を使って日帰りできる近隣の町だけだが、徐々に範囲を広げていきたいと思っている。
わたしと大精霊達だけならば結構遠くまですっ飛んでいけるけど、授業道具を持っていく人や放映の魔道具を扱うスタッフさん達、加えて護衛にあたってくれている騎士達も一緒なので当面は馬車移動だ。
いずれはラプターを使ってみんなで大移動することも視野に入れているが、あわてず、徐々に範囲を広げていこうと思っている。
授業道具といえば、先日、授業で使うための『でっかいそろばん』が欲しいとアドルとエスカにお願いしたところ、要望通りにバッチリ作っていただいた。
横幅は一メートルほどあり、玉の大きさは拳ほどのサイズがあるそろばんで、縦向きにしても玉が下に落ちない優れものだ。
今回の出張授業でも持ち込んで使用した。
使い勝手もよく、放映の魔道具を通しても見やすく、大満足だ。
そのうち、ニューロックにたくさんのそろばん塾ができた暁には、このでっかいそろばんを持ってノンアポで突撃して授業を・・・いやいや、それはなんか趣旨が違うか。
そんな事を考えていたら、服の裾をピンピンと引っ張られる感触がしたので振り返ると、女の子がそろばんと問題集を持ってわたしを見上げていた。
「ねえ、先生。さっきの・・・ここ。もう一度教えて欲しいの」
「先生!?はい、わたしは先生ですからね。教えますとも!」
「あ、ずるい!僕も教えて欲しいところがあるのに!」
「すみません、私もこの問題の答えがどうしても合わなくて・・・」
「勇者様、結婚してください!」
「勇者先生、ぼく、かけざん九九を覚えたんだよ!聞いて!」
「はい、順番で教えますし、聞きますよ!」
変なのが混ざったけどそれは無視して、わたしは質問者に対応していった。
・・・至福の時間だわ!
そろばんを教えるって素晴らしい!
「・・・そうね、7が引けないよね、そうしたら前から1を借りてきて・・・そう、3を置くの。そうよ、できたね!」
「できた!分かった。ありがとう先生!」
わたしは皆にできるだけ丁寧に対応していった。
そのため、帰路についた時間は予定していた時間から大幅に過ぎてしまった。
一緒について来てくれていた護衛騎士や道具担当の皆さんも一緒にまたせることになってしまったが『最初からそんなことになるだろうと思っていたので大丈夫』と言って笑われた。
・・・うう、皆さん、ごめんなさい。
一仕事終えたわたしはようやく馬車に乗り、コーラルへの帰路を急いだ。
おそらく『ちょっと遅め』の帰宅になるだろう。
夕食には間に合うぐらいだろうか。
◇
カークの館に着いて『だいぶ遅め』の夕食をいただいていると、アドルが血相を変えて食堂に飛び込んできた。
土の精霊であるアフロも後に続いて食堂に入ってきた。
「ユリ!大丈夫か!」
「ええ、・・・あはは。ちょっとショックだったけど、無傷だし大丈夫よ大丈夫。それにそういう人達もいるって聞いていたしね。あはは・・・」
「ユリ・・・無事でよかったが、次からはオレも一緒にいくことにするよ。できれば当面は出張授業は控えてもらいたいと思うけど・・・」
「え、それは困る。わたし、もっとそろばんを広めたいの。そのためにも出張授業はとても良いことだと思うの。わたしは水の魔術で身を守れるとは思うけれども・・・アドルも一緒ならもっと安心だから、付いてきてほしいかな・・・」
アドルについて来てもらえる安心感と、アドルと一緒に各地を回れる嬉しさとが入り交ざって変な感情になったわたしは、なんとなく顔が熱くなって下を向いてしまった。
「仕方ない。出張授業は必ずオレも同行する事を条件にするってカークさんには言っておくよ。それにユリは自分の身を守れるかもしれないが、同行する人はそうはいかないし、ユリだって不意を打たれて攻撃されないとは限らないからね」
そう、わたしはメルティールからの帰宅途中で、襲撃を受けていた。
しかし、ディーネがすぐに近づいてくる襲撃者達を察知したことや護衛騎士の活躍、そしてわたしの防御魔術によってこちらは全員無事で、襲撃者は全員返り討ちにして捕らえた。
以前、野盗に襲われた時は金品を狙った物取りであった・・・ちなみにその野盗達は改心して現在はそろばん製作工場で働いている・・・が、今回の襲撃者は物取りではなく、わたしを狙っての襲撃だった。
わたしがそろばんの出張オンライン授業でメルティールにいることを知った襲撃者達は、コーラルへの帰り道を待ち伏せをしていたのだった。
わたしを亡き者にして建国を取り消しにして、元の平和なニューロックに戻すのだと襲撃者達は主張していた。
「まあニューロックは平和で良い領地だもんね。わたしが太守をそそのかして波風を立てていると思われても仕方ないわよね」
「今の国王をよく思っていない人達ばかりではないからね。カークさんへの信頼が厚いニューロックの人であっても中にはそんな人もいるだろう。ユリを他領訪問になんて行かせて本当に大丈夫なのかな」
「わたしが襲われる心配もそうだけど、やっぱりわたしが不在のときに、反建国派みたいな人達がニューロックで暴走しなければいいなと思うわ」
わたしは近いうちにライオット領を訪問することになっている。
ニューロックと同じく、建国・独立を考えているライオット領の太守がニューロックとの友好的な国交を持つためと、ニューロック建国の中心人物であるわたしの庇護を求めて、わたしを招いているのだ。
日程調整はカークとライオットの太守との間でやり取りしているようだが、それほど先の話ではないと思う。
「庇護とかいいつつ、ユリの力量を品定めして王都と事を構えても大丈夫か判断する気なんだろう。あわよくばユリを利用したり、取り込もうとするんじゃないか?」
「うん、わたしもそれは考えた。でもわたしは取り込まれたりしないから大丈夫。だってここか帰る場所だから」
ここにはアドルがいるからね、と頭の中だけで呟いておいた。
だが、アフロには意図を察知されたようだ。
「ユリ、アドルの事は心配しなくていいわよ。ワタシがちゃんと面倒を見てあげるから」
「アフロちゃん、余計なお世話はいらないですよ?」
「あら、余計だなんて思っていないわよ?」
「ふたりとも、笑顔で互いに睨み合うのはやめてくれ。なんか怖い」
その時、食堂にミライがやってきた。
わたしたちを見つけると、目を輝かせてスタタタと走ってきた。
わたしの帰宅が遅かったから心配してくれたのかな?
「アフロお姉ちゃん!見つけた!」
そう言うと、ミライはアフロに向かってダイブした。
「え?ええっ?ミライちゃん!?」
「ん?あ、ユリお姉ちゃんおかえりなさい!そろばんの授業はちゃんと受けたの!今日も頑張ったの!」
「ミライちゃん、ワタシを探していたの?ミライの部屋に行かなくてごめんなさいね」
「アフロお姉ちゃん、今日もそろばんの自主練習、一緒にやるの!」
「そうね、でももう遅いから少しだけね。談話室でやりましょうか」
そういうと、二人で手をつないで食堂を去っていった。
「・・・アドル」
「なに?」
「わたし、アフロちゃんにミライちゃんを取られちゃった・・・うう・・・」
「ぶはっ。違う違う。アフロさんがミライちゃんにそろばんを教わっているんだよ。アフロさんもそろばんには興味があるみたいなんだ」
マジすか!
それは知らなかった。
でもなぜミライちゃんに?
一応、ライバル的なアレでわたしにはなんとなく教わりにくいとかかな・・・
「そう、そうだったの。ならばいいわ。でもびっくりした。馬車が襲われた事よりも衝撃を受けたわよ・・・」
「そんなに!?でもいいのかい?オレにはよくわからないけど、素人がそろばんを教えても大丈夫なのか?」
「うん、それは別に構わないわ。よっぽどおかしな教え方をしていたら言うけど、ミライちゃんなら大丈夫だと思うし、人に教えるのは自分の練習にもなるんだ。素人だなんて関係ないよ」
そろばんがそれほど上手でなくても教えることは上手だった先生はいた。
逆にそろばんが達人級にうまくても教え方がからっきしな先生もいた。
「ちなみに、わたしのそろばん塾には、そろばんの授業が終わってから来る先生もいたわ」
「終わってから何をしに来るんだ?」
「それがね。そろばん以外の事を教えにくるの」
懐かしいなあ・・・
そろばんの授業が終わるのを待って、仲の良い友達をそのまま遊びに連れだしたり、授業が終わった後の教室で一杯飲んだり将棋をしたり麻雀をするためにくる『先生』。
わたしもよく遊んでもらったなあ・・・
昔のそろばん塾は色々な年代の人が集まって不思議なコミュニティを形成していた。
そろばん以外の事を教えてくれる『先生』からは、良いことも悪いこともいろいろ教わった。
古き良き時代の話だ。
・・・今はそんな事をしたら親御さん達にきっと怒られちゃうだろうね。
あ、でもこの世界ではどうだろう?
そんなそろばん塾がまたできるといいな・・・
◇
色々割り込みはあったものの、夕食と、食後のお茶を終えたわたしはアドルと一緒にミライとアフロの様子を見に行くことにした。
ちなみにディーネとサラはカーク達と麻雀を打ちに行っている。
早く用事を済ませてわたしも合流したい。
談話室はミライとアフロの二人だけしかおらず、貸切状態だった。
ミライは談話室のテーブルでアフロと向かいに座り、アフロと一緒にそろばんの練習をしていた。
アフロは熱心にミライの説明を聞きながらミライのはじくそろばんを見たり、自らそろばんをはじいたりしていた。
わたしたちの入室に気づいたアフロは手を止めると、ミライに練習の終わりを告げた。
「ミライちゃん、今日はそろそろ終わりにしましょう。また明日よろしくね」
「分かったの!アフロお姉ちゃん、また明日ね!」
ミライは談話室を出て自室に帰っていった。
部屋に残ったアフロは、そろばんをチャキッっと軽く振ってみせた。
「・・・このそろばんってもの、面白いわね」
「アフロちゃん、そろばんに興味を持ってくれていたんだね。わたしも嬉しいわ」
「ワタシは珍しいものが好きなの。異世界の文化にはとても興味があるわ」
なるほど好奇心旺盛か。
「・・・それに、ワタシはミライちゃんが楽しそうにそろばんをやっているのを見ているだけでも楽しいわ」
「ミライちゃん、アフロちゃんに懐いてるみたいだしね。わたしがライオット領に行って不在の時でも、アフロちゃんがミライちゃんを見ていてくれれば安心だわ」
わたしがそう言うと、アフロはそろばんを見ていた目をわたしに向けた。
「そのライオット領行きのことなんだけど、ワタシ、ユリにちょっと話があるわ」
「話?アフロちゃんがわたしに?」
「ええ、そうよ。悪いけどアドルはこの部屋から出て行ってくれるかしら。二人だけで話がしたいの」
アフロの冷たい目が気になったけど、わたしは話を聞くことにした。
アドルは心配そうにわたしを見たが、わたしが頷くと談話室を出て扉を閉めた。
数分後、わたしは悲鳴を上げていた。
6/20に次話投稿予定です。
じわじわとですが、見てくださる方が増えてきたように思います。
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