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ヒーロー


 ビシッ!


 あたしの手刀がキスを迫って来る小此木くんの首筋に刺さった。


「あいたっ!」

 小此木くんは声を上げただけで、気絶しなかった。


 おかしい。アクションもののドラマなんかではこれだけで敵は気絶するというのに。


「まだ早いよ」

 あたしはイグアナがあたしにじゃれつくにはまだ早い、みたいに言った。

「もっとお互いを知ってから」


「そ……そうか。そうだな」

 小此木くんは素直だった。

「その通りだな。……もっともっと、俺のことを知ってくれ」


 ちょっと可哀想になった。

 でも、それ以上に、よかったと安心した。


 これでハルちゃんに言ったことが嘘じゃなくなった。

 ハルちゃんに言った「小此木くんにキスされそうになった」が本当のことになった。





 メインのアルパカをもふもふすると、あたしはすっかり満足した。

 これでいつでも帰れる。気が済んだ。

 いや、待て。まだ、犬と猫のところへ行っていない。

 でっかいカメの甲羅に乗るのもフクロウと見つめ合うのもよかったが、やはり触れ合うといえば犬と猫だ。定番だ。


「俺……、犬……苦手なんだ」と、小此木くんが言った。


「じゃ、1人で入るよ」


『わんにゃん触れ合い広場』と書かれた看板の前で、あたしはそう言うと、ピンクとブルーに塗られた扉を開けて入って行こうとした。


「ま……、待て、貴様。俺を置いて1人で楽しむつもりか!」


「うん」

 あたしが無慈悲にうなずくと、

「よしわかった! 俺もついて行こう!」

「大丈夫なの?」

「怖くなったら……その……抱きついてもいいか?」

「だめ」

「よし! 我慢しよう! ついて行くぞ!」


 無理しなくていいのに……。



 中に入るとロシアンブルーのにゃんこが歩いて来て、「ニャー」と話しかけて来てくれた。

 あまりにかわいいその歓迎に、あたしの顔がふにゃける。


「おお、かわいいでちゅねー」

 小此木くんの顔もふにゃけていた。


「猫は好きなの?」


「むしろ大好きだ」


 小此木くんは堂々とした態度でそう言うと、にゃんこを抱き上げた。

 にゃんこもまんざらじゃなさそうに、恋するような瞳で小此木くんを見つめる。

 なんだか絵になっていた。

 顔だけは綺麗な彼と、上品な毛色の猫の組み合わせが、自分の描くマンガのファンタジー世界の一場面みたいだった。


 いつもの小此木くんの怖い目つきがふにゃけて優しくなっている。


 初めて彼を至近距離で見た時の、まつ毛に囲われた彼の瞳がころころと動いたのを、綺麗だと思ったことを思い出した。


まぁ、ハルちゃんの幼なじみだもんな

 あたしは思った。

悪いやつではないんだろう




 猫空間から扉を開いて外へ出ると、犬がいた。

 でっかい真っ白なグレートピレニーズちゃんと男らしいバーニーズマウンテンドッグくんが並んでフレンドリーにお出迎え。それを見るなり小此木くんが後ずさった。


「い……犬だ!」


 そりゃ犬だ。見ればわかる。


「噛みつかれる……っ!」

 そう言って扉を閉め、窓からこちらを窺っている。


 あたしは彼に構わず外へ踏み出した。


 それほど広くはない公園ぐらいの空間に、20匹ぐらいのわんこが放牧されていた。

 お客さんはあたしの他には3人組の大学生ぐらいの男の人のグループだけで、ほぼ貸し切りでわんこ達と触れ合い放題だ。


 みんな、あたしに寄って来る。


 あたしはわんこ達のアイドルみたいになった。


「おいでおいでー!」


 でっかいわんこも、猫みたいなチワワも寄って来る。


「みんな、あたしと遊ぼう!」


 大学生ぐらいのお兄さん達も寄って来た。


「君、かわいいねー」

「高校生?」

「最近、女の子が1人で動物園に来るのが流行ってるとか聞いたことあるけど、本当なんだー?」


 あたしは固まった。


 あなた達と遊ぶのは予定に入っていなかった。


「なんなら俺達と一緒に回ろうよ」

「アルパカは見た?」

「いやー、君みたいなかわいい子と出会えてよかったなー」


 なんでこの人達、男3人でこんなとこ来てるんだろう?


 あたしは考えて、さっき彼らの1人が言ったことを思い出した。


 この人達、1人で動物園に来てるという、流行の女子狙いなんじゃ……


「いいでしょ? アイスクリームごちそうしちゃうよ?」

「なんならこの後、僕らの車でどっか行く?」

「人数多いほうが楽しいでしょ?」


 小此木くんのほうを見た。

 彼は猫小屋の扉を急いで開けて、こちらへ駆けつけようとしてくれていた。

 彼に寄って行った犬達を怖がるように、すぐに扉を閉めると、逃げ出して行った。


 まじで?


 信じらんない……っ!


「じゃ、行こう」

「今日1日楽しもうね」

「帰りは車で送ってあげるから」


「ごめんなさい」

 あたしは後ずさりながら、言った。

「親と来てるので……」


「嘘だね」

「実は見てたんだ。ずっと、君のこと」

「彼氏、今、逃げてったよね?」


 ぞっとした。


 お兄さん達の顔が、テレビのニュースで見た、女性をバラバラにして山の中に捨てた犯人の顔みたいに見えて来た。


 逃げようとしたら、手首を掴まれた。


「……やっ!」

 あたしは叫ぼうとした。


 口を手で塞がれた。


「よし。早く!」

「拉致るぞ」

「車までお姫様抱っこで連れて行け」


 こ、こんなことが……


 こんなことが現実にあるなんて……!


「んーっ! んーっ!」と声の限りに大声を上げようとするあたしのお腹に、パンチが入れられた。


 記憶が甦った。

 岩下さん達にいじめられた一年の頃、助けてくれる人は誰もいなかった。

 ハルちゃんさえ、現場を見ておきながら、止めることはせず、ただこう言ったのだった。

「顔はやめときなよ」


 これが世界なのだ。


 世界というのはこういう場所なのだ。


 あたしがいじめられていても、誰も助けてはくれない。


 お腹の中から何かが逆流して来るみたいな苦しい感覚に、あたしは声が出なくなった。


「大人しくしろよ」

「これ以上痛い目に遭いたくないだろ?」

「ちゃんと済んだら帰してやるから」


 脅すような目でそう言われ、体がガクガクと震え出し、あたしは助けを求めるべきひとの顔を頭の中に探した。


 ハルちゃん……。


                    「顔はやめときなよ」



 涙がぽろりとこぼれた時、


 小此木くんが戻って来た。


 警備員さんを引き連れて。



「君達! 何をしているんだ!?」

 警備員さんの逞しい声が響いた。


「貴様ら……!」

 小此木くんが鋭い目で3人を睨みつけた。

「許さん!!!」


 殴りかかろうとした小此木くんを止めたのは警備員さんだった。


「あははは……」

 大学生の3人はあたしを地面に下ろした。

「遊んでただけですよ~」

「冗談なのに。本気にしちゃった? ごめんね?」


 ふざけた謝罪をあたしにする3人から急いで離れると、小此木くんの背中に隠れた。

 まだまだ震えが止まらなかった。


「絢音! 大丈夫か!?」

 小此木くんが振り返り、あたしの手を握った。

「けしからんことされなかったか!?」


 唇が震えて何も答えられなかった。

 涙をぽろぽろこぼしながら、ただうなずいた。


「……よかった」


 そう言うと、小此木くんはあたしを抱きしめた。


 髪を優しく撫でられた。


 あたしはただ、安心していた。



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