遊園地と無表情なあたし
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意外かもしれないが、あたしは男の子とデートするのは初めてではない。3回も経験がある。ろくな思い出はないが……。どの人とも一回きりだった。どうやらあまりにつまらなそうにしているように見えて、相手を傷つけてしまうらしい。映画を観ていて途中で寝てしまい、気がついたら相手が帰ってしまっていたこともある。あの時は自分でも自分が信じられなかった。つまらないのではなく、緊張していていっぱいいっぱいなのに、それでよく眠ってしまえるものだ、と。
何よりあたしがつまらなそうに見えてしまうのは、表情が乏しいせいだ。乏しいというより、ない。自分でわかっているのだが、どうにもならない。子供の頃はむしろよく笑う子だったらしい。中学からだ、こうなってしまったのは。
「絢音ー! こっちこっち!」
自転車で駅に到着すると、入り口のところでハルちゃんが手を振っていた。
黒に白い英字の入ったTシャツ、千鳥格子のショートパンツ、赤いキャップ。
初めて見るハルちゃんの私服姿にあたしは無表情なままキラキラと目を輝かせた。
「絢音!」
その横で遅れて嬉しそうに手を振る小此木くんのことはどうでもよかった。
電車に乗り込むと、小此木くんを真ん中にしてハルちゃんが向こうに座りかけたので、あたしは慌てて立ち上がり、小此木くんから離れてハルちゃんの隣にすとんと座った。
「照れてんの?」とハルちゃんに顔を覗き込まれたが、それには答えず、
「昨日、なんか醜いとこ見せちゃって……ごめんね」
目の前で小此木くんと喧嘩したことを謝った。
「あー、あれ?」
ハルちゃんは笑って、小此木くんのほうを見ながら、
「いいよー。こいつ『絢音と喧嘩しちゃった~♪』って喜んでたよ」
「い、言うな!」
小此木くんが怒った。
な、なぜ喜ぶ? き……きもきもきもきも……。
「絢音の部屋も見れて、当分は幸せな気持ちで暮らせるってさ」
「そ、それは言ってない!」
「言ってただろ」
「当分いい夢が見られそうだと言っただけだ!」
な、何が違う……?
遊園地に着くと、きびきび動くハルちゃんをあたしは目で追いかけた。サラサラの茶色いロングヘアーをほどいて、私服で、開放感のある景色に包まれて動くハルちゃんは、いつもと違うのに、いつも通りかっこいい、綺麗、かわいい、素敵、すべての褒め言葉があてはまる。横に小此木くんが並んで何か言っていたが、ぴったりくっついて来ようとするその動きを我ながら俊敏に避けながら、あたしはハルちゃんばかり目で追っていた。
「回数券三枚買って来たよー。はい」
ハルちゃんがまとめて回数券を買って来てくれた。二枚でいいのにな、と思いながら受け取って、さあ、遊ぶぞ!
ジェットコースターは大好きだ。自分とは思えない大声が思いっきり出せる。後ろのほうの席に小此木くんと並んで座って、前に座ったハルちゃんの髪の匂いを思う存分顔に浴びながら、走れドラゴン! 急降下! うねって飛べ! ハルちゃんのかわいい悲鳴が笑う。あたしも声を揃えて大声を出す。気持ちのいい緑色の景色が、凄い勢いであたし達を包みながら後ろへ飛んで行った。
「一言も叫ばなかったね」
あたしはソフトクリームを食べながら、さすがに思っていたことを小此木くんに言った。
「ああいうの強いの?」
聞いてから、そんなわけないよなと自分にツッコむ。
小此木くんは明らかに、なんていうのか……。憔悴しきっていた? わかりやすく言えば、へとへとになっていた。
「ふ……ふんっ!」
小此木くんは手が震えてソフトクリームがうまく食べられないようだった。
「あのような……、大衆の暇つぶしのようなもの、くだらなすぎて何の反応もしようと思わなかっただけだ!」
小此木くんがどんな表情であたしの隣に乗っていたのかは覚えていない。見てなかったからだ。でもたぶん、間違いなく小さな声で「ヒィィィ」とか言ってたんだろうな。
「次、あれ行くか?」
ハルちゃんがぺろりと唇についたクリームを舐め取りながら、目で指す。
お化け屋敷だった。
「や、駄目。あたし、ああいうの……弱いから」
「弱いのがいいんじゃん」
ハルちゃんがニヤリと笑う。
「凛。あんた、絢音のこと守ってあげな。男を見せるチャンスだよ」
「いや」
小此木くんは言った。
「俺、ああいうの……ダメだ」
小さな声が震えていた。
「おいおい!」
ハルちゃんが叱った。
「だらしねーな! 怖がる絢音が抱きついて来たら嬉しいだろ? 頼りがいのあるとこ見せるんだよ!」
あたしは聞いてみた。
「ハルちゃんはああいうの平気?」
「あんなの作り物だろ。バイトの人がやってんだなーって思ったら、平気、平気」
「じゃ、ハルちゃんと一緒に入る」
「意味ねーって!」
たぶんあたしが普通に表情のある人間だったら、あたしが好きなのが誰なのかなんてバレバレだと思う。ハルちゃんを見る顔があからさまに輝いて、小此木くんを見ると顔から光がすうっと消えることだろう。中学の頃、親戚の叔母さんから言われた。「あやちゃん……。何、怒ってるの?」……ショックだった。あたしは叔母さんの話を傍から聞きながら、笑っているつもりだったのに。
ショックだった。
笑っているつもりなのに、怒っているように見られた。
あたしの表情筋はおかしいのだろう。
たぶんそれからだ。
あたしが自分の顔に、なるべく表情を浮かべないようにするようになったのは。
バッティングセンターでハルちゃんはホームランをかっとばした。
凄い。なんでも出来ちゃうんだ、このひとは。
「すごーい! ハルちゃん、ホームランだ!」
あたしはぴょんぴょん飛び跳ねて、褒めまくった。
表情はどうなっていたか、わからない。少しでも笑ってあげられてたらいいな。
「まあ、遅い球だからな」
小此木くんがあたしの隣で言った。
「おい、ハルカ! 次は速球を打ってみろ!」
「やだよ。疲れたもん」
ハルちゃんは出て来ると、小此木くんに言った。
「次、あんた打て」
「断る!」
小此木くんは即答した。
「女のおまえより打てなかったら恥さらしだろうが!」
「あんた、運痴だもんな」
やっぱりこいつ、うんこだった。
あたしがボックスに入る。打てなくても笑ってもらえればいい。
バットが重たい。なんて重たいバットだ。
「絢音ー、かっとばせ」
「絢音ー、かっとばせ」
男女混声で応援が後ろから飛ぶ。
あたしは重たいバットを振った。飛んで来るボールはまったく見えてなかった。
かきーん
気持ちのいい音がして、ボールはボテボテと地面を転がって行った。
「よっしゃー! ピッチャー、エラーしてセンター前、抜けたぞ!」
「よく当たった! よく当たったな、絢音! 俺は感動した!」
初秋の気持ちいい風が、吹いていた。
「はー、遊園地なんて久しぶりで楽しかった」
ハルちゃんが両手をおおきく夕焼け空に伸ばして、言った。
「でも今度は2人で来るんだよ?」
うん。ハルちゃんと2人で来たい。
そう心の中で答えるあたしを置いて、ハルちゃんは早足で先を歩き出した。
急いで追いかけようとしたあたしの手を握って止める大きな手があった。
「おい」
そうか、小此木くんもいたんだっけ。
「手ぐらい最後に繋げ」
気をきかせたつもりかハルちゃんは、どんどん先を歩いて行く。
あたしも小此木くんの手を引っ張って、早足でその背中を追いかけようとした。
「楽しかったか?」
小此木くんが聞く。
「まあ、聞くまでもないな」
ほくそえむみたいに笑う。
「あたし……」
彼に振り返り、あたしは何を言おうとしたんだろう。
「その……」
また別れ話を切り出そうとしたんだろうか。
本当に好きな相手の名前を教えようとしたのだろうか。
言葉に詰まったあたしを、小此木くんはフッと笑い、手をさらに強く握りしめた。痛い、痛いとあたしが口にしようとした時、彼が言った。
「絢音……。おまえ、あんな風に笑うんだな」
「……え?」
「いつも無表情だから……。初めて見られて、よかった」
「あたし……、笑ってた?」
「ん? ああ、ずっとな」
そう言うとあたしから目をそらし、小此木くんは頬を夕焼けに染めて、ぼそりと言った。
「めっちゃかわいかったぞ」




