グル
鈍いあたしもようやく気がついた。2人はグルだったのだ。ハルちゃんは小此木くんがあたしに興味をもっているのを知っていて、彼のために助力したのだ。あたしに興味をもって近づいたのではなかった。あたしたちが両想いだと勘違いして、2人をくっつけるために、主に幼なじみのために……。もしかしたら小此木くんから頼まれたのかもしれない。悪い言葉でいえば、2人でグルになってあたしをはめたのだ。
それに気づいて、あたしは怒った。
内心ふつふつと煮えくり返った。
怒っているのを伝えたかった。
でも残念なことに、あたしは怒った顔も笑った顔もそんなに変わりがなかった。
「遊園地にしたよー、絢音」
ハルちゃんが言った。
「くだらんが……、まぁ、たまにはよかろう」
小此木くんが楽しそうに言った。
勝手に決められて、怒っていたあたしは、遊園地と聞いて怒りが少し収まった。
安心もした。図書館とかだったら逃げ出そうと思っていた。
行く気になった。
2人きりならすっぽかそうとしか思わないが、ハルちゃんも一緒だ。
むしろハルちゃんとデートする気になっていた。
2人でいろんなアトラクションに乗って、悲鳴を上げながらハルちゃんに抱きつく自分を妄想して楽しくなりはじめた。
デートをするのは初めてではないが、好きなひととのデートは初めてだった。
「しかし、いい感じに個性的な部屋だな」
と、声を発したので小此木くんもいたことを思い出した。
「うぉ!? なんだこれは!!」
小此木くんが発見したのは例のベースを入れてあったパパの男らしい洋服箪笥だった。この部屋で一番でっかいものなんだからすぐ気づけよ。
「絢音、マンガ描いてんだよ」
ハルちゃんのことがまた好きになった。なんであたしが触れてほしいところに触れてくれるのだろう、このひとは。
「ほう? マンガは俺も読まんことはない。見せてみろ」
小此木くんはそう言うと、厳しい批評家のような顔になった。
絶対に現代詩より面白い自信があったので、あたしは堂々と大学ノートを棚から抜き出すと、「見ろ」という動作でそれを彼に渡してやった。
でもやっぱりドキドキする。
小此木くんがあたしのマンガを読んでくれている間、ハルちゃんが遊園地の話をしてくれてたのに、あたしの注意はどーでもいいはずの彼のほうばっかりに向けられていた。
「天才じゃね?」って言ってよ。あたしの妄想の中のあなたみたいに、「天才じゃね?」って……。
「フン!」
半分も読まないうちに小此木くんが声を上げた。
「クソだな!」
「はあああああ!?」
あたしの怒髪が天を衝いた。
「どこが!? どういう風に!? 言える!?」
「まず絵がド下手糞だ」
「それは勉強中! ほかには!?」
「ストーリーの練り込みが足りないどころかなさすぎる。貴様、行き当たりばったりで描いてるだろう? 伏線とかゼロだ」
「マンガ賞に応募するんじゃないもん! 練習だもん!」
「何より世界観がテキトーすぎるわ。こんなもの自己満足以外の何物でもない。こんなもの、よくこの俺に堂々と見せられたものだな。自分のノートにだけ描いて、自分で読むだけにしておけ。こんなものはな、オナニーだ」
「こら」
ハルちゃんがツッコみかけた。
「現代詩なんかよりは面白いよ! それは間違いないでしょ!」
あたしは泣き出していた。罵倒が止まらなくなった。
「クソみたいな現代詩なんか読んでるあんたキモい!」
「フッ」
小此木くんはたじろがなかった。
「興味あるくせに」
「ないわよ!」
あたしは大声を出した。
「興味もクソもないって本当のこと言ったらあんたが傷つくかと思って気を遣ってやっただけなのに……! あんたも優しさのひとつぐらい持ち合わせなさいよ!」
「そんなものは優しさでも何でもないわ」
小此木くんはあくまで冷静な口調で、
「相手を傷つけないことで、自分も傷つかないための、ただのおためごかしだ」
カッチーン!
おためごかしの意味がわからなかったけど、頭に来た。
他人に優しくされといて、その優しさを他人には返さない。なんて傲慢でひとりよがりな人だろう。
殴りかかろうとした時、後ろでハルちゃんが言った。
「僕は面白かったけどな。凛は高尚すぎるから、一般大衆の面白がるようなものがわからないんだよ」
高尚すぎるから、のところにナイスな嫌みさを感じた。さすがだ。
「おまえのどこが一般大衆だ?」
小此木くんはハルちゃんに言った。
「ヨシマスゴウゾウをたしなむおまえが」
あたしはどさくさ紛れにハルちゃんに抱きついた。
「あーん! ハルちゃん! あいつがあたしをいじめる! いじめるよ!」
「よしよし」
ハルちゃんはあたしの頭を撫でてくれた。
「かわいい、かわいい」
超嬉しかった。
ヨシマスゴウゾウが何かは知らないけど、彼女はあたしの望むものをくれる、愛を除いてだが。
あたしはハルちゃんのすべてをわかっているような気持ちだった。
「早速夫婦喧嘩なんかして、どうすんだよ」
ハルちゃんが小此木くんに言った。いや、夫婦じゃない。恋人でさえないのに。
「フン」
小此木くんはあたしに言った。
「明日、中止にするか? 俺は行くつもり満々だが……」
「……行く」
あたしはハルちゃんの胸に顔を埋めながら、泣き声で答えた。
「絶対行く」
「変なやつだな」
小此木くんが力の抜けた声で言った。
「薄々気づいてはいた。貴様が現代詩に興味が実はないだろうこと。人に流されるやつだもんな、貴様は」
じゃ、好きになるなよと思った。
「気づいていたよ。貴様が興味があるのは、現代詩ではなく、この俺自身だということに」
「ちゃうわー!!!」
思わずネイティブでもない関西弁でツッコんでいた。
「おまえなんかただ顔がいいだけのうんこやろが! 興味なんか……!」
「では、なぜ、デートするんだ? んっ?」
勝ち誇った顔で言った。
「それは……」
あたしは答えられず、もごもごしか言えなかった。
「もごもご……」
「その前は積極的にキスまでしようとして来たくせに?」
「あうぅ……!」
「素直じゃないな、絢音」
小此木くんの優しい顔がキモかった。
「だが、それがいい」
「ねぇ、やっぱり明日、2人で遊園地行こ?」
あたしはハルちゃんの顔を見上げ、懇願するように言った。
「あのひと抜きで」
「意味がないだろ」
ハルちゃんは冗談を聞くように、笑い飛ばした。
結局、ハルちゃんへの想いをあたしは口に出せず、小此木くんを利用するしか、彼女と一緒に遊園地へ行ける方法はない流れだった。




