願いの果てに
本編中の名前は実在する人物・名称とは一切関係ありませんので、予めご了承下さい。
「またお前かっ!この馬鹿が!!」
社内に響き渡る罵声。その対象はいつも決まった人物で、周りの社員は平然とした様子。
当の本人も表情一つ変える事無く、罵声を浴び続けていた。
「聞いてるのか!植草!」
依然無表情な植草の態度にヒートアップする上司。
そんな上司に疲れたのか植草がボソボソと重たい口を開いた。
「谷口部長…。」
相変わらずイライラしている谷口部長から、少し視線を外しつつ言葉を続ける。
「もう外回りの時間なんで、話は後でゆっくり聞きますから。」
どうにも胡散臭い植草の言葉であったが、もし本当であればこの説教で仕事が取れない可能性もある。そんな事が頭をよぎり、すっきりしないが植草を外回りに出す事にした谷口。
「…わかった。後でたっぷり説教してやる。さっさと行け!」
その表情は誰が見ても怒りがあらわになっており、口元が引きつっていてかなり怖い光景。
その言葉を聞いた植草は一礼して外回りに出る。心なしか表情は緩んでいるようだった。
というか、ニヤニヤした表情で「してやったり」という印象を受ける。
半ば呆れ気味に見送る周りの社員達。外は少しずつ雲が空を覆い始め、なんとなく不安の色を写し出したかの様だった。
「俺って天才だな♪」
気分上々と言った所か。いつものパターンならば、これから一日の予定を考えつつ、昼食と暇つぶしがてら漫画喫茶へ行くのだが、パラパラと小雨が降ってきた。
「…とりあえず、雨宿りだな。時間もあるし。」
どこかに雨宿り出来る場所はないものか。周りを見渡すが、良さそうな場所もない。
そんな事を考えている間にも雨はどんどん強さを増しており、考えている時間もなさそうだ。
「…とりあえず、走って探すか。」
頭が濡れない様にバッグで傘代わり。街中を一人走り続ける。
「…普通なんかあるだろ!雨宿り出来る所が!」
走っても何も見当たらない状況に、苛立ちを見せる植草。すると目の前には1つの鳥居が見える。
「…なんか有りがちに幽霊とか出そうだな。まぁ、他に見当たらないしな。濡れるのはゴメンだ。」
駆け込んだはいいが、やはり予想通り何か居るようだ。
「…やっぱり。」
これほど予想通りの展開だと逆に笑えるのだろう。ニヤニヤしながらその何かに近寄ろうとした。
が、向こうから声を掛けられた。少しばかりの緊張に嫌な汗が出る。
「誰?私を迎えに来てくれたの?」
幼い声が雨音の合間を縫って聞こえる。
幼い声に安堵のため息が出るが、油断はならない。子供の幽霊だっているのだから。
「ごめんなー。お兄ちゃんも雨宿りしにきただけなんだ。」
精一杯明るく努め、子供に呼びかけるが反応は無い。緊張しつつ近寄って見るが、雨が酷くかなり近くまで寄らないと顔が見づらい。
「お兄ちゃん濡れるからさー。隣いいかなー?」
もう一度呼びかけてみるが、相変わらず反応は無い。
よく見ると、四本脚に鋭い爪。鋭い牙に艶やかな体毛。
「猫じゃん…」
まごうこと無く猫がいる。
「ニャー?」
何か言っているようだが、猫語を理解できる程ぶっ飛んでもいない。
「お前びっくりさせんなよー。とか言ってたら人間になるとか…。」
どうやら妄想が止まらないらしく、一人で猫を相手にブツブツと喋っており、周りから見れば充分ぶっ飛んだ人間である事に違いない。
「五月蠅いんだよ!!!」
突然猫が喋った。植草は予想通りと言った表情ですぐに切り返す。
「今時そんなありきたりな展開でビビるか!!」
猫が逆に驚いた様で、体はプルプルと小刻みに震えている。その様子を見ると少し可哀相ではあるが、ここで良心に負けてはいけない。なんと言おうが相手は喋る猫、化け猫だ。
「そうやって人を食い物にしてるんだろう!?残念だったな…。俺には通じない。」
勝ち誇る植草を見て、ついに猫の怒りは爆発した。
「…コロスぞ。」
先程とは打って変わった猫の声。しかし想定の範囲内ではあった。
「出た出た…。定番なのそれ?マジ笑える。」
小馬鹿にした植草の態度に猫は苛立ちを募らせる。
「お前の様な人間は許さない…。」
そう呟いた猫の眼が本気で怖くなってきた植草。さすがにふざけ過ぎた。
このままでは何をされるのか分からない。
そう考えたのか、植草は猫を放り投げ一目散に駆けだした。
「うわぁー!!」
全速力で駆け抜ける。気づけば公園に辿りつき、雨も上がりつつあった。
太陽の光にほっとし、冷静に辺りを見渡すと何もなかったが少年二人がキャッチボールをしている。
そんな光景にほっと一安心。少年の一人は母親が迎えにきたようで、手を振りながら挨拶をしている。もう一人の少年はつまらなそうに壁に向かってボールを投げ始めた。
「俺もそろそろ帰るか。」
立ち上がる植草をじっと少年が見ていた。思わず声を掛ける。
「どうした?」
少年は少し困った様な表情をした後、植草にあるお願いをした。
「お兄ちゃん、キャッチボールの相手してくれないかな?」
一瞬悩んだが、仕事上がりまではまだ多少時間はある。
「いいぞ。相手してやる。さぁ、来い!」
嬉しそうに少年がボールを投げ始めた。
どれくらい経ったのか、少年は満足そうな笑みを浮かべていた。
「有難うお兄ちゃん!お兄ちゃんは僕にお願いごとない?キャッチボールのお礼に何かしたいんだけど…」
子供の出来る事など、たかが知れているし特に期待もしていない。
「いいよ。そんな事は何かして欲しいからやった訳じゃない。」
明らかに格好つけたその台詞は半分本心だ。
「…そうだなぁ、お前が大きくなったらムカツクやつを消してくれよ。じゃあな。」
あはは、と笑いながら応えてその場を去る。
「分かったよお兄ちゃん!!」
笑顔で手を振っている。どうやら意味を分かっていないのだろう。知る必要もないが。
「これで十年後とかに約束を果たしにきたよ〜。とか言って出てきたりしてな。
まぁ、それはそれで面白いかな♪俺って本当に嫌な性格だな。」
そう言いながら、頭の中は谷口部長への言い訳を考えるのに必死であった。
「部長がこう言ったら…ああ言って…。」
一人ブツブツと言いながら会社へ戻る。しかし、自動ドアが開かない。
「あれ?故障?嫌がらせ?」
全く反応しない自動ドアを無理やりこじ開け、オフィスへと戻る。
「お疲れ様でーす。植草戻りましたー。」
いつもの様にそそくさと自分の席へ戻るが、そこには辞めたはずの同僚が座っている。
「…お前、辞めたんじゃないのか?てゆーか、俺の席…。」
おかしい。周りの社員は誰一人として反応しない。今まで無視された事もあるが、明らかに状況が違う。ふとオフィスにある姿見が目に入る。そこにはあるべきものが映っていない。
「…俺が…映っていない…!?」
半分パニック状態に陥り、あわてて周りの人間に声を掛ける。
「おい!!俺を見ろよ!!おいっ!!!!」
誰一人として反応する者はおらず、何事も無かったかのように普段と変わぬ仕事をする社員達。そんな時谷口部長の声が響き渡る。
「またお前かっ!この馬鹿が!!」
普段ならイライラするその声も、今では神の様な神々しさを放つ。
「ぶちょ…!?」
部長に話しかけようとするが、先に反応したのは元同僚の田淵という男。
「すいません部長。」
自分の目の前で田淵が谷口部長に怒られている。なんとも言えない絶望感が植草を襲う。
「なんで…なんでこんなっ!?」
そんな植草を田淵が振り返って見ている様だった。田淵と視線が合い、不思議な感覚に囚われる。まるで昔会った事のある様な…。
「クスッ」
田淵の笑い声が聞こえた。
「なんだその態度は!?反省してんのか!?」
谷口部長の激が飛ぶ。
「すいませーん…。以後気を付けますよ。部長。」
そう言い残すと田淵は植草に向かっていく。植草は状況が更に分からなくなり、困惑していた。田淵が近づいて来る…。思わず後ずさりをしてしまう。
遂に田淵は植草の1m手前まで来た。嫌な汗が止まらない。田淵の口がゆっくりと開く。
「…久しぶりだね。」
植草は状況が理解出来ていない。口をパクパクさせ、何か喋ろうとするが声にならない。
「…!?」
田淵はそんな植草に構わず話を続ける。
「もう忘れたのかい?『お兄ちゃん』…。」
その声はあの時公園で聞いた少年の声そのもの。ようやく状況が理解出来てきた。
「まさか…お前っ!!」
植草が問い詰めようとした瞬間、田淵が大声で笑いながら遮る。
「あははははははは!!あなたが望んだんじゃないか!!!この状態を!あの時!僕にっ!!」
その顔は鬼の様にも少年の様にも植草の瞳に映った。
「そんな!?『ムカツクやつを消してくれ』とは言ったが…俺を消せとは言っていない!!」
背一杯の反論を行う。だが、田淵は嘲笑うかの様に告げる。
「そこに誰かを『指定』してはいないでしょう…?だから僕にとってムカツクやつを消しただけだよ!!」
以前として植草を嘲笑う田淵。少年に恨まれる様な事をしたのだろうか…と、どれだけ考えても思い当たる節はない。
その眼はまるで人とは思えないぐらい冷ややかだった。
しかし、この眼は…どこかで見たような…。そんな感覚を植草は感じた。
「もしかして…お前は…あの時の…?」
ニヤッと田淵が笑う。植草は全てを理解した。こいつは…あの少年は…化け猫だ…。
「ようやく気付いたのかい?言っただろう…。」
植草はその場に崩れ落ちた。放心状態の植草に向け田淵は冷たく言い放つ。
「…お前の様な人間は許さない。」
そう言って田淵は消え去った。誰にも知られない、誰にも見つける事の出来ない。この世から消えてしまった植草を、ただ一人その場に残して。
この世には植草と同じ様な人間が数多く存在している。それは『幽霊』『悪魔』『神』と、名称は様々であるが、それらは『この世での存在を消された者』である。
すぐ傍に彼らはいるかもしれない。だが、決してこの世の者と交わる事は無い。
『願いの果てに消えた者』は今日も仲間を待っている。この世では無い何処かで…。
初投稿につき、文法がメチャクチャになっている気がしますがご容赦下さいませ。宜しければ「こうした方がいいよ〜。」と言うご意見を頂ければと思います。
中傷等はご遠慮ください。




