第六十一手「大会開始」
前回の答え合わせ及び解説。
ep19【頭金を目指して】
正解は▲3一飛成△同金▲3三銀打△2一玉▲3一桂成△同玉▲3二金打(6手目△1一玉は▲2一金打)。
今回も飛車捨てからの詰み筋ですね。大駒は可動域が広いため捨て詰めになりやすく、中々気づきにくい点が特徴です。
今回の▲3一飛成のように元々桂馬の利きがある場所に動いて王手をする場合、その駒は玉で取ることが出来なくなります(ひもが付いてる状態)。そのため同金とすることで詰みの恰好に誘導出来るというわけですね。中級者向けの考え方なので中々難しいと思いますが、一歩先へステップアップするためには重要な考え方になります、是非覚えていきましょう。
ついに幕を開けた地区大会代表決定戦。その大会の名は『黄龍戦』である。
大会は主催者かそのスポンサーが名称を決め、それらに準ずるのが基本。そして今回の『黄龍戦』は近年でも新しく出来たばかりのアマチュア大会であり、スポンサーには有名な大手企業がいくつも絡んでいる。
その影響力も当然大きく、『黄龍戦』の全国大会でその杯を手にした優勝者には、次年度に行われる提携企業各種3タイトルで全国大会出場という無償切符を手にできる。いわば地区大会と県大会を戦わずに済むシード権だ。
無論、一介のアマチュア選手がこの切符を望む者は稀。よほどの実力者でもない限り、全国大会行きの切符を貰ったところで勝たなければ意味がないと考えるのが大半。
だから彼らが求めているのは、次年度大会への切符などではない。
優勝者に与えられる名誉。すなわち"称号"である。
"アマ黄龍"。これが今大会の優勝者に与えられる称号であり、呼び名である。
将棋棋士といえば「○○四段」などと、末尾に段位を付けて呼ばれることが多い。近年では段位免状さえ取得していれば、プロアマ問わずにその名を実績として加えられる。
今大会で優勝すればその段位という末尾は消え、タイトル名が新たな末尾だ。これが上を目指す将棋指しにとってはまさに称号、沽券に関わるほど重要なものだというのは言うまでもない。
それにある程度の実力があれば、奇跡というものは起こり得る。積み重ね、戦い抜き、気づけば頂点に立つ。ここに参加する選手は誰一人として自らの敗北を想像することはない、勝つ姿を想像している。
たとえ自身と相手との間に明確な実力差があったとしても、将棋に『絶対』の二文字は存在しないからだ。
「えー、今回の大会は例年と比べて倍以上の選手が参加してくれました。予約受付時点でも既に100人を越えており、限界まで席が埋まっている状態です。そのため、今大会は3グループに分けて行う特別方式を取ります」
マイクを持った係員が壇上に上がり、今大会の説明へと移る。
そしてその内容は、3グループに分けるという通常とは異なる方式だった。
「全体でA.B.Cの3つのグループに分け、予選無しのトーナメント形式で進行させて頂きます。そのグループの中で各自の優勝者を決め、優勝者にはそのまま優勝トロフィーの授与となり、県大会への切符を手にすることができます。各グループに置ける2位や3位の入賞者に商品はありませんが、新聞と黄龍戦記事には掲載されます。また2回戦までの敗退者には敗者戦を用意しています、こちらでも優勝者のみに商品が進呈されますが、名前は載らないのでご了承ください」
グループを3つに分けることで、2位3位の入賞者に商品が渡らないという過酷な環境。しかしそのグループで1位になれば、優勝カップを手に入れられる。
つまり今回の大会は、いつもよりも狭く深い戦いになるだろう。
だが俺達はそんなことよりも、この特殊ルールの奥に隠れた見え見えの陰謀に呆れを募らせた。
「露骨ね」
「露骨だな」
恐らく運営側が考えているのは、いかにして強い面々を県大会へと送り届けられるかということ。そのためには力量をなるべく分散し、強い者同士が食い争わない構図を作る必要がある。
前回の大会では、聖夜に勝った俺が決勝リーグ1回戦で敗退し、予選で負けたはずの聖夜は優勝という構図になった。
これ自体はリーグ戦の形式上仕方のないことだし、実力だけでは勝てないのも大会ならではの面白さだ。
だが今回の黄龍戦は県への主戦力を決める地区大会。その上100人以上も集まれば、誰が優勝するかなど本当に分からない。
そのため3つのグループに分けることで強い選手同士がぶつかるのを避け、なるべく実力に則った結果を弾き出そうとする算段なのだろう。
そして企んだ犯人は勿論、鈴木会長以外にあり得ない。
「もしかして俺、麗奈と戦わずに済むのか? 助かった……」
「シャキッとしなさい、私より強い相手がいるかもしれないのよ」
前回大会の優勝者である聖夜、そして前々大会の優勝者である麗奈は間違いなく別々のグループになるだろう。
そこで俺がどう振り分けられるかは分からないが、前回大会の優勝者である聖夜を破ったことを考えると、3つ目のグループに行くことになる可能性は高い。
だが県大会には間違いなく龍牙が出てくる。この大会ではその龍牙に勝てる人材を発掘しなければいけないのだから、前回龍牙に惨敗した俺は考慮に入れてない可能性も高い。
……って、そんな無駄なこと考えても意味がないな。とにかく今は勝つことだけを考えなきゃいけない。
「えー、本大会のルールは以前配られた紙の通り"全日本統括将棋連盟及び棋界第十六議会規約"に則って行います。持ち時間は20分の30秒、いつもの倍ですが県大会はもっと長いため有効に時間を使ってください。入玉戦、持将棋は27点を採用しますので審判を挟むようにお願いします。その他──」
そこから係員が長々とルール説明を喋り、一通り終わった段階で係員は壇上から降りた。
「──続いて、会長のご挨拶です」
そう呼ばれると、鈴木会長は軽い背伸びをして関係者の席を立ち壇上へと上がっていった。
「……ごほん、ゴホンッ!」
「2回も咳き込んだわね」
「鈴木会長の挨拶、いっつもこんな感じだよな」
「……えー、まずはこの寒い中、今回の黄龍戦にご参加いただきありがとうございます。この地区でこれだけの参加者が集ったのは大変喜ばしい事だと思っています。えー……そうですね……」
鈴木会長の挨拶は毎度のこと酷い。いつも通り即興で考えたような適当な挨拶に、選手たちは暇そうにスマホを取り出して目を逸らす。
鈴木会長はこういう格式ばったものが苦手で、いつもやる気を無さそうに挨拶をしている。それ故、周りからは校長先生の話並みにつまらない内容だと認識されている。
しかし鈴木会長は頭を掻いて一息つくと、少しだけ会長らしい顔つきで再度口を開いた。
「将棋はまだまだマイナーな競技の一種として認知されていますが、昔はもっとひどく、子供がやる遊びには適していないとすら言われていました。木を彫った駒を盤の上に叩き、指す。無言でいつまでも長く考えているその姿は、見ている側としてとてもつまらないと感じることでしょう。しかし我々はその姿を見てもつまらないとは思いません、何故でしょうか? ──それは、その人が熾烈な思考を巡らせているのを知っているからです。将棋はゆったりとした時間が流れていると思われがちですが、実際はどんな競技よりも時間に縛られ、素早く判断を下す必要のある競技です。考える場面を選び、どこまで深く読み、どこから読みを切り捨てるかを決める。取捨選択の判断を数々の局面で行っているのを知っているからこそ、私達は彼らの考える姿に倦怠感を抱かない、自分ならこうすると考える余地を残している。それに将棋は難しいとよく言われますが、ルール自体は幼稚園でも遊べる内容です。足し算を覚えるよりも簡単な暗記力しか必要としません。それでも将棋が難しいと感じるのは、将棋に答えを求めようとしているからです、ゲームと同じように勝てる理論を導き出そうとしているからです。勝つという行為は、その難しさをより一層引き立ててしまうことでしょう。そして皆さんは今日、その難しいとされる将棋の本質に挑もうとしています。自分の策を隠し、相手の策を見破り、誰もついていけない先の読み合いを相手と交わすことでしょう。しかし、その後に残った軌跡こそが自身の残した本当の実力です。今日は皆さんの最高のパフォーマンスを期待しています、以上です」
長い話を終え、壇上から降りる鈴木会長。
その珍しい語り口に、選手たちから拍手が巻き起こった。
「それでは、大会を始めたいと思います。グループごとに別々の会場を使用するため、呼ばれた選手は各会場へと移動してください」
その呼びかけと同時に各々の選手たちが席を立ち、同時に流れる抽選発表の名前と共に会場へと移動していく。
何分会場には百人以上集っているため、肩がぶつかるわ、カバンを落とすわ、もうてんやわんやしている選手が大勢、まるで祭りかと思うほどの賑わいだ。
そして俺と麗奈の抽選結果も次第に呼ばれ、今大会の所属するグループが決定した。その結果を聞いて、俺達は互いに顔を合わせる。
「運がいいわね?」
「……勝ってから言うことにするよ」
「ふふ、賢明ね」
選ばれたグループはそれぞれ、俺がAグループ、麗奈がBグループ、そしてまだ姿が見えない聖夜がCグループとなった。
少なくとも上位陣は完全に散開したことになり、食い争うことは無くなった。
しかし、表沙汰になっている強豪メンバーがバラけただけで水面下の猛者たちが消えたわけじゃない。
「いい師匠? 絶対に油断をしないこと、最後まで諦めないことよ」
麗奈は念を押すように俺に伝えてきた。
「ああ、その二つは絶対に忘れない」
前回の龍牙との戦いでは、途中で諦めてしまって自ら首を差し出す結果となった。あそこから逆転できないのは明らかだったが、それでも最後は自分から負けに行ったのは減点だ。
だから今回の大会では、たとえ敗勢になったとしても最後まで粘って勝ちに行く、逆転の芽が無くなったとしても相手の頓死を引き起こす策を常に講じる。
俺達はそのために、今日まで地獄のような特訓をしてきたのだから。
「麗奈も、俺のことは気にせず全力出して頑張ってな」
「ふふっ、私を誰だと思っているのよ。余裕で優勝よ」
「腰を抜かすほどの慢心に師匠おどろき」
口ではそう言っているものの、麗奈の目は真剣そのものだった。
自分が常に上位にいるという考えを放棄し、対戦する一人の相手に全力を出す。かつて自分より弱い者を見下していた麗奈の目はどこにもなく、自らのアドバンテージを最大限に活かす指し方に変わったのを今日の選手たちは誰も知らないだろう。
「……じゃ、行ってくるわね」
「ああ」
互いに軽く手を振って各々の会場へと向かう。
振り返りざまに一瞬だけ聖夜の姿が見えたが、俺は気にせず自分の会場へと足を進めた。
「さて──今日は、勝ちに行かせてもらう」
次回から大会編になり将棋盤が登場するため、問題は一旦おやすみとなります。
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