第五十一手「遅れてきた青春」
前回の答え合わせ及び解説。
ep9【逆鱗に触れない仕留め方】
正解は
▲9一飛打、△同玉、▲9二歩打、△同金、▲8一金打、△同玉、▲7一飛打まで。
飛車を捨て、歩を捨て、金を捨て、そして最後に飛車で詰ます。今回の問題は"捨てる"という点に注意を置いています。
そしてこの問題の注目すべき所は『角の効き』です。9三の角は直接ではありませんが間接的に7一地点に効いています。なので仮にですが8二の金がなければ▲7一飛と飛車を打って即勝ちですよね。つまりここの部分に気づくことが最初の重要なポイントです。
そこでまずは▲9一飛打と飛車を打ちます、ここに打てば相手玉は7一玉と逃げられないので取る他ありません。そこで▲9二歩打、これも△8一玉と逃げてしまうと▲9一飛打で詰んでしまいます。なのでこの手も△同金と取る他ありません。
しかしこの△同金のおかげで先ほど言っていた8二の金がいなくなり、▲8一金△同玉と金を捨てることで元の盤面から8二の金だけがズレて角道が7一の地点に直接効く形が出来上がるというわけです。
後は▲7一飛と打って詰みということになります。
詰将棋は最後の形を予想してそこから逆算して解くのも非常に大事です。『もしもこうなっていたら』というのは常に考えていきましょう。
盤面を動かさずにこれを正解出来た人は相当強いです…!
海とは青春の代表作である。
観光や遊園地、登山から祭りと幅広い行事は数え切れないほどある。しかし海には有限性が無かった。
見渡す限りの絶景、地平線が見えるほどの際限なき広さ。波打つ音色は心を洗い、鳥の鳴く声は癒しをくれる、まさに無限の可能性を秘めた小さな世界である。
それほどまでに魅力に満ちたこの広大な空間に、思春期の少年少女は何を求めるのか、それを全て受け入れ受け流してくれるのが海である。
青春の一ページには欠かせない、重要な体験だ。
だが、ことそんな思いを馳せている俺、天竜一輝は既に20歳であり、青春などとうに過ぎ去ってしまった哀れな人間。海どころか、観光も遊園地も登山も祭りもろくに行ったことがない完全な青春童貞なのである。
なので特に感傷に浸ることもなく、体育座りで波打ち際に座りボケーっと海を眺めていた。青春? なにそれ? 美味しいの?
「あ"ぁ"ー……俺はゾンビィ……」
海を眺めながら浜辺でゾンビ化している俺。
途中からは海を眺めることも飽きてきて、なぜか肌の色と砂の色が似ていることを理由に砂浜と一体化する練習をしていた。
人間、虚無になると思考能力が壊滅的に落ちる。
「──おまたせ~!」
すると、元気の良い声とともに後ろから麗奈が軽やかに走ってきた。
一人陽の光を浴びて輝く青春真っ只中の可憐な少女、その姿に俺は思わず声をあげる。
「麗奈っ、お前……!」
太陽の光を反射しない程度の明るめな黒に、小柄な体系を活かしたワンショルダー系のビキニ、胸の部分についたフリルが可愛さを強調している。正直スク水かと思っていた俺は、麗奈の年相応とは思えない扇子を感じる衣装に軽くテンションが上がった。
「に、似合ってるぞその水着!」
「そ、そう?」
「ああ! 特に胸のあたりがスレンダーで──がぶッ!?」
「そう来ると思ったわ」
言い終える前に何かを察した麗奈が、俺の顔面目掛けて後ろに隠していた小さめのビーチボールを思いっきり投げ飛ばしてきた。
「バカなこといってないで行くわよ」
「……あい」
それからなんやかんや麗奈とキャッキャウフフしたり、バーベキューしたりして、俺達は海を満喫。最初は付き合ってやるかと子守のような感覚だったが、気が付けば童心に帰る気持ちで遊んでいた。
やがて時刻はお昼を迎え、ギラついた太陽が日本の夏のような暑さで影を作る。本当に10月かと疑うような気温だ。
俺はバーベキューで焼いたお肉をかじりつつ、奥の岩陰の方で何かの準備をしている数名の作業員を一瞥する。
麗奈によると何やらこの後とっておきのイベントが待ち構えているらしいのだが、肝心の麗奈はそこら辺の砂浜に寝っ転がり仰向けで将棋の問題を解いていた。
こんなことしてるの多分この子くらいだと思う。
「麗奈~、いつまで問題解いてるんだ~埋めちゃうぞ~」
「うーん、もうちょっとー」
足をぺちぺちと叩いても朧げな反応しか返ってこない。
うーん、暇だし埋めるか。
「麗奈~、そんな状態で読んでたら本が汚れちゃうぞ~」
「もうちょっとー、あと少しで解けそうだからー」
集中しきった将棋指しというのは、周りどころか盤面すら見えなくなることがある。かの叡智の集合体を築き上げた天才も、そのあまりの集中力に会議の時間になっても周りの声が聞こえず考え込んでしまうため、助手の人が椅子を押して会議室まで運んだという噂があるほどだ。
視覚や聴覚、果ては味覚までも遮断することによって人はその一点に夢中になることができる。特に将棋指しは、集中するという分野に関してトップクラスに秀でているものだろう。
俺は麗奈の肘あたりに大量の砂を吹っかけながら問いかける。
「麗奈~、埋めちゃうぞ~」
「もう解けるー」
もはや話を聞いていない、というか聞こえていない。麗奈はただ返事をするだけのbotみたいになってしまった。
そこから時間にして30分ほどだろうか。微動だにせず本の中身を凝視していた麗奈は、最後のページを見てぶつぶつと棋譜を呟く。
「4五桂2六銀5七桂同角5五角……うん、解けた! ──ってなにこれ?」
パタンと本を閉じて一息ついた麗奈。そして視線を落とした先にはなんということだろう、見るも素晴らしき豊満な胸があった。
「ふっ……麗奈の要望に応えて胸を大きくしてやったぞ」
特にやることも無かった俺は、バーベキュー用に使っていた空のバケツに海水を入れ、地道に麗奈の体を砂で埋めたのだ。
30分もあればそれなりに出来るもので、麗奈の体は完全に砂と化し、胸はこれでもかと大きな球体を形作ったものへと変貌していた。
「要望した覚えはないけど、未来ではこのくらい大きくなっているということね」
「いや未来というより叶わぬパラレルワールド的な、β世界線的な……」
言い終える前に麗奈の渾身の一振りが自身の胸を弾き飛ばした。
「──ふんっ!!」
「ああっ! 麗奈の豊満な胸がっ!!」
無残に飛ばされた胸は海の方に飛ばされ、ぼちゃりと自然へ還っていった。
哀れな偽乳め、出直してこい。