第四十九手「ベトナムで捕まる男」
前回の答え合わせ及び解説。
ep7【異色のコンビ】
正解は
▲2二桂成、△同玉、▲1二桂成、△同玉、▲2三桂成、△1一玉、▲2二成桂!
桂馬と香車で頭がクラクラしますよね。まずは3筋の香車の利きを活かす▲2二桂成、そして2筋の香車の利きを活かす▲1二桂成。こうすることで玉は上段に逃げられず下段に落とされて詰むというわけです。
この問題が解けた方は桂香マスターの称号を与えます!
かつて、俺には尊敬する人がいた。
その人は会うたびにホームレスみたいな格好をして、髭も剃らずに目の下は隈だらけ、とてもじゃないが第一印象は不審者そのものだ。
だけどその人は、俺に将棋の"真理"を教えてくれた。
名前はよく覚えていない、顔だってハッキリとは思い出せない。だけどその人が言った言葉はうっすらと覚えている。
──『唯一は棋士の定跡』。
棋士は常に決まった手、定跡を指して序盤を始める。その手順に変化はなく、遍く全ての棋士達が同じように定跡を指すもの。
しかし、その男はこういった。
──『表面的には定跡に見えても、その一手を指す気持ちは唯一無二なのさ』。
目の前の一手がただの一手ではない、目に見える棋譜が情報の全てではない。棋士の本領とは、唯一無二の手を常に指し続けられること。一見普通に見える定跡から、計り知れないほどの未知なる意味を込めて指せること。それがプロ棋士であり、棋士にとっての真なる定跡である。
だからこその『唯一は棋士の定跡』なのだと、男はそう言った。
かつて『棋譜には人の全てが映る』と言った偉人の名言を否定するかのように、その男は軽々と一蹴した。
俺は自らの目に映った勝負師としての煌く炎に、きっとこの人は凄い棋士なのだろうと心から尊敬の眼差しを向けた。
男はその後。──プロの世界でただの一度も、勝てはしなかった。
序盤は定跡通りに指し、中盤は研究勝負、そして終盤は激しい読み合い。一見普通の悪くない進行をしているように見えた男の将棋は、全敗という理解できない結果を出し続けていた。
負けて、負けて、──今日も負けた。その度に男はその頭を先に下げる。
そして結局、ただの一度も勝てなかったというのに、対局が終わるといつも満足そうな表情をして帰っていく。
負けたのに、悔しそうな表情をしていない。
真理の探求者が長年の調査の果てにその真実を知ったとき、満足な笑みを浮かべて死を選んだという。
その人には、それと同じようなものを感じていた。
全盛期はA級の強豪たちと覇を競い合っていたのに、その人は気づけばB級、C級へと降格していき、そしてフリークラスへと落ちた時点で、その人の話題は霧のように消え去っていった。
人生で初めて尊敬した人の顔を、俺はよく覚えていない。そんな閃光のように消え去ったその人の名前を、俺はよく覚えていない。
ただ、僅かな期間であったけれど、俺は確かにその人を尊敬していたはずだった。誰よりも凄い棋士だと思っていたはずだった。
だから、いつも泡沫のような淡い記憶だけが浮かんでくる。夢を見ている時だけ、うっすらと出てくる。
思い出すのはその一瞬だけ、起きたら全てを忘れている。
──ふと、なんで自分はまだ将棋に固執しているのだろうと。そう思った。
◇◇◇
何かを朧げに見ていたような気もするけど、よく覚えていない。ただ、よく覚えていないのならあまり重要なことでもないのだろう。
──それよりも。
慣れないベッドとはこうも酷いものなのか。フカフカの肌触りに体全体を包み込むような柔らかさ、弾力のあるマットレスに頬が吸い込まれる綿あめのような枕。
酷い、あまりに酷すぎる。このままでは、いつまで経っても起きれない──!
「……っくぁ~~」
そんなことを思いつつも、なんとか体を起こして欠伸。目をこすり、明るい陽が差し込む部屋の窓を視界に捉える、ベトナムの朝も日本と変わらず新鮮な青空が浮かんでいた。
天竜一輝、ここに起床せり。
「……ぉ、ぉ」
その部屋の端、いつものように早めに起床して着替え終わっている麗奈が荷物の確認作業を行っていた。
麗奈は俺と目が合うと、しどろもどろした様子で目を泳がせる。
「おはよう麗奈」
「ぉ、お、お、おはよう師匠……」
随分リズミカルな挨拶だな、現地の言葉だろうか。
「てかなんでそんな距離取ってるんだ?」
「とととってないわよ!」
といって壁ギリギリまで後退する麗奈。なんだその動き、リアル壁抜けバグでもする気か。
「なんで更に離れるんだよ」
「別に? 昨日の師匠が思ったより積極的だったから?」
「昨日? ……あー、そういえばそんなこともあったな」
今まで互いに将棋のことでしか会話はしてなかったから、昨晩のようなやり取りは新鮮に感じる。
まぁそれも意趣返しみたいなもので、子供の遊びとなんら変わりはないのだが。少なくとも俺と麗奈の距離が縮まったのは間違いないだろう、物理的に。
俺は昨日の取っ組み合いを思い出し、うんうんと頷き感傷に浸った。
「思い出さなくていいってば!」
もう! とツンデレ染みた反応をしてスマホを取り出す。電源を付け素早い操作でタップし、耳に掛ける?
……え? スマホ耳に掛ける? まさか電話?
「……麗奈さん?」
電話? 誰に? この状況で電話って、おい、まさか──。
「A lô. Tôi nghe đây!」
「ちょっとまてそれはシャレになら、おい、やめ、ちょ、おい!?」
ベトナム語が分からない俺には麗奈が何を言っているのかも、何の話をしているのかも分からず、ただ数回程度の短いやり取りで終わったのを見ると、どこかヤバイ予感が漂ってくる。
麗奈が電話を掛け終わり1分も経つと、室内に設備された特別式のインターホンが鳴った。
「あ、はやい」
ドッと全身から感じたこともない滝のような汗が流れる。
「コンニチワ。テンリュウカズキサン、デスネ?」
「……え"?」
ゴツイ体に黒い服を着たメガネの大男。まるでSPのような格好をした男が3人と、ホテルのスタッフらしき人が1人、インターホンの前で待機していた。
「イッショニ。ゴドウコウ、オネガイシマス」
見知らぬ男は俺の名前を口にして同行を呼びかける。俺は起きて早々全てを失った廃人のような顔をして天井を見上げた。
ああ、短かったな俺の人生。まさか、日本じゃなくてベトナムで捕まるなんて思わなかった……。
そろそろネット小説大賞の発表が近いですね。
この小説、竜の横歩も応募しています。
流石に同じ小説が2年連続で通過するなんてことはないでしょうけど、もし奇跡が起こったら…なんて考えてしまいます。
皆さんはこの小説、通ると思いますか?
え? そんなことより早く問題を出せ?
ep8【龍馬見参】
難易度:3級
ヒント:7手詰め
天竜「入玉型の詰将棋は駒の利きが重要。どうすれば王手出来るのかをよく考えてみよう」
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