第四十六手「もちろんこれは将棋の話である」
前回の答え合わせ及び解説。
ep4【暗殺】
正解は▲6三桂不成、△4二玉、▲3三角成(▲3三銀成)。
桂馬が動くことで影に隠れていた角がスーっと敵陣に効くようになります!
一番攻撃力の高そうな飛車は横利きの為のお飾り!攻めるときは平凡に指し、詰ます時は妙手を指す。駒の働きをしっかりと見極めていきましょう!解けた方は影から攻める形を作れるのがうまい方です!
それでは本編ですが、もちろんこれは将棋の話です。
強い人は攻めも受けもこなせるが、弱い人は総じて受けが弱いのだ。普段から攻めてばかりでその気持ちよさばかりに浸かっている、受ける気持ちよさを知らない。
もちろんこれは将棋の話である。
慣れない受け側というのは案外怖いもので、迫って来るのが自分より年下の女の子だとしても抵抗の術がないと非常に不安だ。背徳感が勝手に生じて変な性癖に目覚めかねない。
もちろんこれは将棋の話である。
今目の前に迫っている麗奈を止める術は俺にはない。こっちは成人しているからいいとして、相手は13歳の子供である、完全な犯罪である。しかし、だからといってここでみっともなく喚いて拒絶するほど俺のプライドは粉々になっているわけでもない。
そう、なまじこちらが拒否できないことを逆手に取った麗奈の完璧な策だったのだ。せめて、せめて受けの練習をしていれば、こんなことにはなっていなかったのだ。
もちろんこれは恋愛の話である。
「まずいって、まずいって、俺捕まるって、待って待って待ってまってぇ!?」
完全に抵抗する手段を失い、俺はただ声を張り上げるだけの傀儡となった。次第に腕に入っていた力も弱まり、どうしようもないことを悟る。
ああ、これはもうダメだ。流れに身を任せるしかない。
せめて麗奈がもう少し大人になってからなら合意だったんだが、どうやら俺はここで捕まってしまうようです。さようなら長い将棋人生──。
などと辞世の句でも考えようかとしていた時だった。
「……」
「──?」
互いの口唇が触れる寸前といってところで、麗奈は動きを止めた。
「……っ」
「麗奈?」
その場で硬直し、腕をプルプルと震わせる。何事かと思ってその顔を見ると、それはもう真っ赤だった、特に耳の方は今にも溶けてしまいそうなほどに。
どうやら緊迫に見舞われていたのは俺よりも麗奈の方だったらしい。麗奈はあと一歩というところで攻められず、その手を離し、後退してしまった。
「…………ま、まって」
右手で口元を押さえながら、左手の手のひらを向ける。その表情は年頃の少女が見せる恥ずかしいといった感情そのものだった。
「……まさか、まさかまさか、あれだけのことをしておいて最後の一手は決められなかったと、そういうことなんですか麗奈さん?」
ようやく見せた麗奈の中学生らしい初心な反応。赤面しながら固まる麗奈を見て、俺の心には若干の余裕が戻ってきた。
同時に散々ここまでお互い取っ組み合いをしていたのに、いざこちらが根負けし受けに回ったかと思えば直前で引くなんて、男にとっては地獄みたいな仕打ちである。
なので俺は仕返しと言わんばかりに麗奈を煽った。
「お? お? 麗奈さんもしかしてここで退くんですか? 退いちゃうんですか?」
「……~~~っ!」
赤面した麗奈が必死にこちらを睨むが勢いがなく、若干涙ぐんでて可愛い。
「あらあらまぁまぁ!」
調子を取り戻した俺は「ほほう?」と珍しいものを見て眼福に浸る。やはりこのくらいの距離感が一番心地がいい。
「麗奈君よ、こういうことはもう少し大人になってからするのだよ」
釈迦に説法を説くかのごとく、俺は麗奈の頭をポンと叩く。
恥ずかしさと悔しさで、今にも膨らんだ頬が割れそうなほどタコっぽくなる麗奈、これは勝ったな。
「──ぁ、あ、まって…………」
一悶着が終わって、立ち上がろうとする俺の裾を麗奈が小さな手で掴む。おい男を勘違いさせる行動ベスト3位に入ってそうな仕草やめろ、また麗奈のトラップかも分からん。
というかついさっきまでの強気な麗奈はどこへ行ったんだ。なんだその表情は、男に見せていい表情じゃないだろ。
「……麗奈」
仕方ないやつだなと俺は麗奈の前にしゃがむ、まるで子供をあやすように左手で優しく頭を撫でた。
「まぁそんな落ち込むなよ、今日はもう遅いし俺もそろそろ風呂に入らないと」
麗奈は下に顔を向けたままその左腕をゆっくりと掴む。
「そうね、師匠……」
しかし、麗奈は俺の腕を一向に離そうとしない。それどころか掴む手の力が段々と強まっていく気がした。
俺はゆっくりと体を前かがみに倒し、そしてジリジリと足を後退させる。途端、麗奈は顔を上げ勝機を見出した顔で叫んだ。
「──隙ありぃっ!!」
やはりな。
「甘いっ! その手は読んでるぞ!」
「あっ!」
俺は後退しながら着ていた上着を一瞬で脱ぎ捨てる。手ではなく腕、つまり服の方を掴んでいた麗奈は俺が脱ぐと同時にスルスルと抜けていく。
よほど先ほどのやり取りで気を弱くしたのか、3手先を読んだ俺に対し麗奈は5手先を読めずに撃沈。俺は後退しつつ、そのまま立ち上がり勝利のグッドサインを麗奈にくれてやった。
「フハハァ!! 策士策に溺れるとはこのこと! さらばだぁ~!」
「あぁ~っ……!!」
そして麗奈が追いかけてくる間もなく、俺はそのまま部屋に掛けてあったタオルを取ってバスルームへと入っていったのだった。
「……ぅあぁぁぁああ、もぉおお~~~っ!! 私のばかぁ~~……っ!」
大勝ーーー利っっ!!
最後の搦手を見事に潜り抜け、俺は風呂へと突っ込んでいった。
その後ハイテンションでバスルームに入ったため、濡れた地面に足を取られて転んで尻餅着いたのは誰にも知られまい。
結局俺は一体何と戦い、何に勝利したのかよくわからないが、もちろんこれは将棋の話なので何も問題ないだろう。
さて、今回ももちろん将棋の話でしたね。
あなたはここまで金、銀、そして飛、角と様々な駒の問題を制してきました。
そんなあなたの前に現れたのは『歩』です!
さぁ最弱と呼ばれる歩だけが揃ったこの問題、あなたに解けますか?
ep5【切り捨てられる一兵】
難易度:6級
ヒント:7手詰め
天竜「詰将棋には『邪魔駒を排除する』という鉄則がある。邪魔駒とは相手の駒ではなく自分の味方の駒だ。それをあえて消すことで開ける道もある」
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