第四十四手「本質に気づく男」
前回の答え合わせ及び解説。
ep2【銀の本領】
正解は▲3一銀不成△2一玉▲3二銀不成△1二玉▲2一銀不成。
怒涛の銀不成!皆さんは解けましたか?
どこかで1回でも成ってしまうとその瞬間詰みません、なので全部不成です。
成れる局面で成らない手を考えるのはとっても重要な事です。特に銀は金と似て非なる駒なので不成が有効な時が非常に多く、活躍の幅も広いです。
見事解けた方には銀マスターの称号を与えましょう
ついに俺は本質に気づいた。今更気づいた、と言うべきなのかもしれない。
麗奈に重いリュックを背負わされ、10月とは思えない暑さに額を拭いながら目的のホテルの場所まで歩く。
先陣を切って歩く麗奈を俺は凝視する、艶やかな白い肌に綺麗な髪質。風に乗ってふんわりと鼻腔をくすぐる香水の香り、サラっと伸びた黒い髪が普段感じる事のない色気を醸し出している。
ともあれ、本質と言うのはそんな俺の目の前を歩く麗奈である。今の今まであまり意識していなかったが──。
「──麗奈って実はめっちゃ可愛くないか?」
車の通り過ぎる音が両者の耳を劈いた。
晴天のベトナムに雲がかかる。
「……」
不意に本人に聞こえるくらいの音量で呟いてしまったが、麗奈はまるで動じている様子が無く、振り返らずに答えた。
「き、急に何言ってんのよ当たり前じゃない、私は世界一の美少女よ」
「嘘だろ自信家の権化過ぎる、ナルシストもびっくりだ」
少しばかりのからかいも、ここまで即切り返されてしまうと面白味がない。
しかし、麗奈はその後少しだけ俯くと頬を赤らめた。
「か、かわいいって言ってくれた……」
「ん? 今なんか言ったか?」
「いいえ、何も」
スンっと真顔に戻って視線を上げる麗奈。
俺は思わずニヤケ顔で復唱した。
「か、かわいいって言ってくれた……」
麗奈がバッと振り返りこちらを睨みつける。
ハムスターのように膨らんだ頬が今にも破裂しそうだ。
「~~~っ!!」
「あ、あー! ほら、もうすぐ目的地に着くんじゃないか!?」
凄い眼力で睨んでくる麗奈から視線を逸らし、俺は目的地を指さす。
麗奈はふんっと腕を組んで俺から距離を取った。
「もう地獄耳の師匠には何も言わない!」
「つまり心で言ってくれるってことでいいんだな? 読心術の勉強でもするか」
「なら無よ、無」
「それもう感情消えてんじゃん」
などとくだらないやり取りをすること30分、麗奈が先んじて予約を取っていたホテルに俺達はようやく到着する。
麗奈は流暢な会話で早々と受け付けを済ませると、何故かドヤ顔で戻って来た。
ベトナム語が分からない俺にとっては、今後現地での会話は全部麗奈を通してやってもらうことになる。正直年下に任せっきりなのは大人としてのプライドが崩れるが、もはやそんなもの些細なことだ。俺はこのベトナム旅行を全力で満喫しようと思う。
豪華な飾り付けがしてある内装を見渡し、その間にホテルへのチェックインを済ませた麗奈と合流して、俺達はついに自分達の部屋へと向かった。
「あれ? そういえば部屋ってひとつなのか?」
「そうよ?」
カードキーを1枚だけ持って部屋へと先導する麗奈。海外のホテルには泊まった経験がないから分からなかったが、そういうものなのか。
まぁ旅費もホテル代も全部先約で麗奈が払っているから、何か文句があるわけでもない。麗奈が嫌じゃないなら俺から言うことも特にないか。
部屋に着くと、麗奈が慣れた手つきでカードを差し込み解錠する。ガチャ、とかなり重たそうな扉を開け、ついに部屋の中身が視界に入る。
その光景を見て俺は一瞬固まった。
「ひ、ひろくね……?」
扉口からでも一目でわかる部屋の内装。奥行きは10メートルを越える圧倒的豪邸感、大臣でも迎え入れるのかと思うほどのスーパーリッチ空間。
靴を脱いで颯爽と入室する麗奈を前に、俺はただただ外で驚いていた。
「これ一泊いくらするんだ……?」
「おしえな~い」
「じゃあ検索するわ」
スマホを取り出す。
次の瞬間速攻で麗奈にスマホを取り上げられた。
「なんという早業……!?」
「これは没収です」
聞いてくれ麗奈、人はスマホがないと死ぬ。