第四十三手「天竜一輝、中学生に完全敗北する」
前回の答え合わせ及び解説!
ep1【金しか動かない世界】
5手詰みの詰将棋です。皆さんは解けましたか?
正解は▲8一金打、△同金、▲9二金打、△同金、▲8一金打まで!
今回は金の弱点を突いた問題でした。
一見、王様を完璧に守っているように見える金です。しかしそんな金にも弱点があります。
『金は斜めに誘え』、金は斜めに動くと元の位置に戻れません。つまり斜めに動くと元の場所へ"利き"が無くなってしまうのです。
そのため▲8一金打、△同金、▲9二金打、△同金と金を斜めに釣り上げる事で元居た場所の8一への利きが無くなってしまい、最後に▲8一金と打てば詰むというわけです。
頭の中で解けたよ!という方には金マスターの称号を与えましょう!
俺は外に出た。バイトと大会を除けば外に出ること自体久しぶりだというのに、外に出た。
俺は空港に来た。空港に来る理由なんてひとつしかないのに、それを理解しつつ空港に来た。
俺は飛行機に乗った。人生で飛行機に乗った経験なんて一度もないのに、飛行機に乗ってしまった。
俺は日本を出た、意味がわからない。
「意味が分からないッ──!!」
着いた先で俺は唐突に絶叫する。
「ふふっ、今更そんな反応?」
髪を払って優雅にパスポートを提示する麗奈。
あまりの急展開に飛行機乗っている間ずっと意識がなく、途中で夢でも見てるんじゃないかと眠りについたが、起きたら視界は変わっていない、いや変わっていないどころか既に到着していると言う始末。
目の前に広がる光景に脳内が追いつかない。
「てかここどこ!?」
「ベトナムだけど」
「どこ!?」
ベトナムなんて県知らないんですけど!?
「まだ日本にいると思ってるの? もう海外よここ」
「まって思考が追いつかない。え? ベトナム? ベトナムってあのベトナムか?」
「そのベトナム以外どこだと思ってるのよ」
ま、マジかよ……。俺の人生初海外が、こんなにも簡単に果たされるなんて思いもしなかった。
しかもアメリカやイタリア、台湾と言った人気所の場所ではなくベトナム。メジャーから敢えて外すこの選択、海外遠征に慣れている証拠だ。
表面上未だ混乱しているように演じる俺は、足元をふらつかせながら麗奈に近づく。
「俺はまだ夢を見ているのかもしれない。麗奈、ちょっとほっぺたつねってもいいか?」
「なんで私のをつねるのよ、自分のをつねりなさい自分のを」
くっ、ノリと勢いだけでは無理だったか。
悔しがっている俺を外目に麗奈は受付を終了させ、手を引くように外へと向かう。
周りには大勢の旅行客と思われる人々で混雑しており、10月とは思えないほどの熱気が密集から伝わってくる。
あまりの混雑に半歩ずつしか進めなかったが、5分もすれば眩しい出口が見えてくる。それは新鮮な空気の入った箱庭のような楽園だ。
ほんの片足。踏み出した一歩で外へと出ると、冷たく気持ちの良い風が体を覆った。
「……マジか」
見たことのない景色、見たことのない世界。そこは長い間自分の部屋でしか過ごしてこなかった俺にとっては、あまりにも幻想的な街並みだった。
思わず立ち止まり、圧倒される。次々と真横を通りすがる人達を前に、ただひたすら棒立ちでその景色に見惚れていた。
「こんなに大きな街並みなのか、凄いな……」
「凄いでしょ?」
「なんで自慢気なんだ、いや凄いけども」
ふふんと胸を張る麗奈。張る胸もないが、背負ってるリュックの重さで後方へと転げそうになる。
プライベートな彼女の雰囲気は、どこかいつもより楽しそうだった。
「ところでこれからどうするん──」
「nhật bản!?(おや、もしかして日本人かい!?)」
「うぉあっ!?」
景色とその色彩に没頭していると、突然後方から肩を叩かれ、現地人らしき人達に声を掛けられた。
俺は思わず振り返る。そこにはベトナム人らしき男の人が数人、こちらを凝視していた。
「え、え、え」
何を言ってるか分からない俺は戸惑いながら両手を上げる。
「あ、え、え、えっと……アイキャントスピーク……」
麗奈の前で情けない姿を曝け出してしまい、男として死にそうになりながらもなんとか片言の英語で伝える。
しかし、俺の肩に手を置いた麗奈は、彼らに向かって笑顔で口を開いた。
「Da nhật bản Tôi là người du lịch Với anh ấy(ええ、そうよ。ツーリストでね、彼と二人っきりで)」
「え"……?」
思わず素の声が出る。目の前でペラペラと喋っている麗奈を二度見、三度見、いや四度見くらいする。
「wow! Hẹn hò ở nước ngoài!? nhưng Đẹp đôi wá đi à(こりゃ驚いた、こんな若いのに海外デートかよ! でもすっげぇお似合いだぜ)」
「Đẹp đôi……あー、nice couple? hi hi yes(お似合いって事ね、ふふっ、そうよ?)」
俺を置き去りにして彼らだけで始まる会話。
一人だけポツンと見放されたような状況に、俺は心を虚無にする。それが永遠とも感じられたが、実際には十数秒の会話で、最終的にベトナム人の男達は手を振って俺と麗奈に別れを告げた。
「yes! chúc bạn có một chuyến đi vui vẻ!(ああ、それじゃあ是非楽しんで行ってくれ。良い旅路を!)」
「Cảm ơn Chào(ありがとう、貴方達にも幸運を)」
麗奈に習って反射的に手を振ったが、内心麗奈がベトナム語を喋れるという事実に呆気に取られてほとんど会話が耳に入ってこなかった。いや入ってきてても何言ってるか分からないんだけど。
「……麗奈、お前喋れるのかよ」
「師匠が喋れないのは当然として、私が喋れなかったらそれこそ詰みじゃない?」
「ぐうの音もでねぇ……!!」
自分より遥か年下の女の子が他の言語をペラペラと喋っている、それに対し何の役にも立たない自分。
せめて英語くらいは覚えておくべきだった。そう拳を握りしめて後悔した、大会で負けたことに匹敵する悔しさだった。




