第二十九手「イレギュラー同士の激突」
慄きながら麗奈は呟く、目の前の選手の素性を。
「県大会、優勝……」
それを聞いて驚く選手達と、見たことがある彼の面影に指を差して体を震わせる者ら。
この地区大会で身を潜めていた真の魔物がついにその姿を現した。
「──この地区大会を真に荒らす台風の目は天竜君ではない、彼だ」
会場内に戻って来た鈴木会長は不気味に眼鏡を光らせる。今までの相手とは別格、まごうことなき天才の枠に入る猛者。
──県大会優勝、つまりは"全国クラス"だ。一般戦の全国クラスともなればその実力はかの奨励会にも匹敵するレベル。
そんな別格の存在に対し、天竜はそれでも立ち向かえるのか、奇跡を起こせるのか。鈴木会長はその先がどうしても気になっていた。
「さぁ天竜君、ここからが本当の戦いだ」
会場内はざわつきを始める。
観客席で暇そうに眠っていた取材班が一斉に立ち上がり、彼の背中にカメラのシャッターを落とす。その光景はまさに次元の違う存在だった。
「な、なぜ県大会優勝者が地区大会なんかに参加しているんだ! それにお前は別地区の選手だろう!」
一人の選手が声を荒げる。
地区大会という小さな大会に県の代表者が参加すれば、その結果は予想するまでもない。
反則、商品狙い、優勝の枠が消えるに等しい事実だ。その言葉に呼応するように、他の選手も同調してヤジを投げる。
「そ、そうだ! 反則だ! なんでこんな大会に参加したんだ!」
背中に飛び交うシャッター音と選手たちの罵声に、青いジャケットを着た龍牙はゆっくりと振り向いた。
「──何故参加しているか? 参加条件を満たしているからに決まってんだろ。県選手だろうが全国選手だろうが地区大会から勝ち進まなきゃいけない、当然のことだ」
「だ、だがこんな小さな大会で……それにこの大会は県には繋がっていないんだぞ!」
「だから下見に来たんだよ、お前らがどのくらいのレベルなのか確かめるためにな。偵察は基本だろ?」
龍牙のその言葉に選手たちは息を呑む。
「まぁこの大会には正直がっかりだがな、手応えのある連中が一匹もいねぇ。せっかく出向いてやってこんな期待外れの連中ばかりなら、確かにわざわざ来るべきじゃなかったな」
龍牙は声を荒げた選手の目前まで迫り、馬鹿にするように上から見下す。
しかし、迫られた選手はたじろぐばかりで反論を口に出さない。
先程倒れた選手はこの大会の優勝候補の一人、あの聖夜を相手に勝率3割を維持していた有段者だった。
そんな彼が倒れるほどの敗北を押し付けた龍牙は、まさに本物の実力を持っている選手の一人だろう。
そして実力が全てにおいて物を言うこの世界で、格上に言われた言葉はそれが絶対の正しさを持つ。反論したければ盤上で言い返す、それが出来なければ相手の言葉を呑み込む他無いのだ。
──そう。反論したければ、盤上で。
「本当に期待外れか、予選だけじゃまだ分からないんじゃないか?」
不意にかけられた一言に全員が振り返る。
誰も何も言えないその状況で、挑戦とも言える言葉を浴びせたのは、今大会の大穴とも呼べる人物。──天竜一輝。
「ほう? お前があの振り飛車を指されればカモだって噂の奴か」
龍牙は天竜の前へと迫ると、じっと顔を見つめる。
「耳が痛いね」
「はっ、威勢がいい。膝の震えた連中ばかりだと思っていたが、多少はマシな奴もいるもんだな」
二人の間でバチバチと火花が散る。
以前の天竜ならば実力の差は明確、だが今の彼はこの大会で大番狂わせを二度もやってのけた人物だ。
一歩も引かない二人の睨み合いに各選手はただただ息を呑むばかり。麗奈も深呼吸をし、見守る決意を胸に抱いた。
『それでは予選通過者による午後の決勝リーグを始めたいと思います。対戦相手のくじ引きをするためカウンターの方へお越しください』
──ついに決勝リーグの始まりだ。
◇◇◇
「……大丈夫?」
麗奈が俺に声をかける。
心配そうなその瞳には彼への恐怖心が入り混じっているように思えた。
「啖呵切っといてなんだけど、正直勝てるかどうか分からない」
なんせ相手は県のトップ、戦う事さえ滅多にない相手だ。
あの聖夜の倍、いやもしかしたらそれ以上の強さかもしれない。今の自分で勝てるのか怪しいところだ。
「せめて居飛車なら勝負になるんだがな……」
噂は広まるもので、彼もまた俺が振り飛車に対して苦手意識を持っている事を知っていた。つまり戦いになれば、間違いなく振り飛車で速攻を仕掛けに来るだろう。
四間か、三間か、それとも中飛車か。向かい飛車や奇襲戦法で来る可能性だってある。例えどの戦法がこようとも、心構えだけはしておかないといけないな……。
『それでは抽選の結果を発表します。1番、成田聖夜。2番、浜崎優斗。3番──』
係の人がマイクを持ち、決勝リーグの順番を発表していく。
同時に心臓の鼓動が高まる。予選を勝ち抜いたのはいつ以来だろうか、もうここ数年は味わっていない感覚だ。
「そういえば師匠は何番だったの?」
「俺は──」
その言葉を紡ごうとした時、会場全体に響いた例の選手の名前が俺の返事を遮った。
『──7番、青峰龍牙』
「……!」
視線が固まった。麗奈も俺の様子をいち早く察して、右手に握られたくじの紙を見つめる。
『8番、天竜一輝。以上です』
会場が再びざわつきはじめる。それはイレギュラー同士のぶつかり合い、彼らにとっては互いに潰しあってくれるまたとないチャンス。
幸か不幸か、俺の最初の相手は青峰龍牙になった。
「……はは。俺のくじ運どうなってんだ」
「8人だから可能性はあるとはいえ、まさか1戦目で当たるなんて最悪ね……」




