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第二十三手「駄弁」

 

 俺は今まで振り飛車全般に負けてきた、ゴキゲン中飛車も例外じゃない。

 だから俺の指した超速は、ある意味挑戦的な意味も含んでいる。

 この流れは、絶対に渡さない──。



挿絵(By みてみん)


 △5三銀。

 俺の銀上がりに相手も早々に銀を上がる、上げざるを得ない。


「△5三銀……」

「当然の一手だね」


 超速の最も恐ろしいところはその"攻撃力"にある。

 相手の3三に上がった角頭(かくとう)を強襲する手を含みに、防御をかなぐり捨てて一気に攻めの形を築き上げる。そして油断すると、後手の伸ばした5五の歩を(かす)め取る狙いがある。


 超速とはその名の如く、最速の攻め筋で相手を牽制する戦法。まさに攻撃が最大の防御たる所以の形である。

 だが、その攻め筋は有段者ならほとんどが知っている。

 だから相手もその手に応じるべく、最善手となる定跡を指し返してきた。



挿絵(By みてみん)


 ▲4六銀、△4四銀。


「睨み合ったわね」


 両者は定跡通り最善の指し回しで手を進め、『銀対抗型』という戦型へと形を形成した。これは△4四銀と▲4六銀が睨み合っている状態を指し示す。


 もし後手が他の手を指して△4四銀までの手が一歩でも遅れていたら、▲5五銀と歩を掠め取られたり▲3五歩といきなり角頭を強襲する手が飛んでくる。

 超速の攻めは最速、それを防ぐのなら自ずと相手も最速で受けなければならない。


「ここまでは定跡通りだ、だが未だに天竜君の狙いが分からない」

「身を潜めた獣ほど怖いものはないわ」

「ふむ……」


 本来中飛車は攻めの銀を5四、もしくは6四に持っていくのが理想とされている。特に5四の位置だと次の△6五銀、△4五銀の含みをみせて非常に攻めの幅が大きい。これは原始棒銀で銀の位置は2五が最も理想とされているのと同じ理屈だ。


 そして△6四銀だと後手からみて左辺の守りは薄くなるものの、玉を囲う右辺の守りが非常に強固になりいざという時に対処しやすい。

 またこれを咎めて角頭を強襲されても、△5六歩と突けばそのデメリットを全て解消し振り飛車らしい"(さば)き合い"をすることが出来る。


 しかし、そのゴキゲン中飛車の十八番である攻撃力の高いカウンターは、この超速により完全に効力を失う。

 攻め入る隙すら見せず最速で攻撃されれば、相手もまた最速で受けに回るしかない。そして受けに回るということは、攻撃は見送らなければならないということでもある。


 そこでこの△4四銀。

 超速に対しては致し方ない受け方だが、こうなってしまうとゴキゲン中飛車側は角道が4四銀と5五歩の2つで遮断されてしまい、振り飛車らしい"(さば)き合い"をすることが出来ない。

 "(さば)き"とは、将棋において主に互いの大駒である"飛車と角"を交換すること。もしくは働きの薄い駒を交換することで、その問題を解消して損をしないことを指す。


 振り飛車は基本的に居飛車よりも守りの陣形が優れているため、同じ力で力戦調(りきせんちょう)になると勝利しやすい。しかし、その分飛車や角と言った攻撃に必要な大駒が上手く機能しないことが多々ある。

 そこで、これらの駒をいかにして敵の駒と交換し、持ち駒にするかで中盤の勝負は決すると言ってもいい。


「麗奈君は駒の捌きについてどれほど重要視してるのかね?」

「最重要ね、特に振り飛車なら」

「ほう、なぜ振り飛車なんだい?」


 鈴木会長の問いに、麗奈は分かっているくせにとジト目を向ける。


「居飛車はどうしても囲いを作る際に左の角と隣接してしまう。玉は大駒から離すのが鉄則よ、大駒の近くは戦場になりやすいからね。でも振り飛車は飛車を振っている分、右側に囲う王の周りに大駒はない。つまり振り飛車の方が居飛車よりも堅い囲いが作れるのよ」


 美濃(みの)囲い、高美濃(たかみの)囲い、銀冠(ぎんかんむり)。振り飛車の囲いがどれも優秀と言われているのは、ひとえに麗奈の理屈があるからだった。


「捌きを行えば互いに持ち駒が増える、つまり互いの攻撃力が均等に上がるということ。元々防御力の高い振り飛車は攻撃力さえ均等にしてしまえばそれだけで優位に立てる。だから振り飛車にとって捌きは最重要と言えるわ」


 麗奈の回答に鈴木会長は頷く。


「でも、将棋はそんな単純じゃない。その考えはすぐに逆手に取られる」

「──最硬(さいこ)の囲い、『穴熊(あなぐま)』か」

「ええ」


 『居飛車穴熊(いびしゃあなぐま)』。それは居飛車側がさきほど麗奈の言った理論を崩すために用いた戦術、最も堅い囲いのひとつだ。

 振り飛車が防御力というアドバンテージを活かして捌きを行ってくるのなら、居飛車は振り飛車に負けないくらいの堅い囲いを作ればいい──。


「居飛車穴熊の時代は長かった、一時期は振り飛車そのものが絶滅しかけた時期もあったくらいさ」

「だから誕生したんでしょ、その穴熊を破る戦法──『藤井(ふじい)システム』が」


 居飛車が穴熊を作るというのなら、振り飛車はその間に自らの囲いを攻撃の土台として発展させて、居飛車が穴熊を完成させる前に攻め入って崩壊させればいい。

 それこそが対居飛車穴熊の奇策──『藤井システム』だった。


「でも藤井システムは対穴熊特攻の形だ、居飛車が穴熊を作らなければ問題ない」

「そして振り出しに戻るというわけね」


 口元に手を抑えてふふっと笑う麗奈。


「将棋は何よりも思考するゲームだ。だからこそ考えは巡り、何度も同じ場所に戻ったりする。極論が飛び交い、解決の度に新たな問題が浮上して、結論が出ないまま飽和する。だから最強の戦法なんてものはないのさ」


 どんな戦法にも弱点があり、どんな戦法にも魅力がある。ましてや最強の戦法なんてものは存在しない。

 将棋において"最強"と結論付けされているものは、その全てを知り尽くした神にしか分からない答えである。


「──だけど、正解の手は必ず眠っているわ」

「そうだね、そしてそれを可能にしてきた者達を我々はプロ棋士と呼んでいる。将棋の神に最も近しい思考と実力を兼ね備えた達人達だ。……さて、天竜君はそんな茨の道をどう突き進むのか、期待せずにはいられないよ」

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