第十三手「仕組まれた戦い」
今回も鴨が葱を背負って来る。
大会に参加してる常連はみな、その男を自分の餌のように見つめた。
「あーあ、今回も参加してきたか」
「いやー助かるぅー!」
その男と当たれば実質シード枠、1勝という大きい白星が付く。まるでカモのように単純で、余裕をもって下せる相手。
その男の名は天竜一輝、地区大会最弱と呼ばれている男。
居飛車一辺倒で対抗型にすれば簡単に勝てる相手、まさに赤子の手をひねるとはこの事だろう。
「おぉ! 天竜じゃないか、今回も参加するんだな?」
「……まぁ」
そんな最弱の男に話しかけたのは、一見気さくそうな男。……などではない。
男の名は成田聖夜、前回地区大会の準優勝者だ。
そんな彼が天竜に話しかける理由は友達だからか、知り合いだからか、違う。
──弱者だからだ。
聖夜の目の色は笑っている、鴨という獲物に歓喜している。
弱いものを踏みつけ、その先にあるより高みを目指す。
彼にとって天竜は、自分に白星をつけてくれる大切な大切な獲物なのだ。
他の参加者も天竜には敵意を向けない。
だってそうだろう、敵意など向けなくても勝てるのだから。
危機感を持ち、敵意を向けるのは勝てるか分からない相手にすることだ。最初から勝てると決まっている相手に危機感など持つはずがない。
「今回も予選通れるように頑張れよ!」
「あはは……」
そして天竜自身もまた、自分の立場を理解していた。自分の弱さが他人の勝利の糧になっていると自覚していた。
いじめられている本人がいじめを容認する、弱者によくある構図。
ましてや相手は前回の大会で準優勝している男、話しかけられれば腰が引けるのも当然。それが戦う者たちの戦場というものなのだろう。
受け付けの人がマイクを持ち、会場全体に呼びかけをする。
「それでは組み分けを発表します。まずAブロックから。1番、青木隆盛。2番、小林雅人。3番、天竜一輝。4番、成田聖夜」
発表された対戦相手。その順番を聞いて、人混みの中で聖夜は口元をニヤつかせていた。
◇◇◇
くじ引きの結果、俺はAの3番を引いた。
正直どれを引いてもあまり変わりはない。たまに人数が合わない場合はシード枠で1勝だけ不戦勝というのもあるが、スイス式なども取り入れているこの大会では不戦勝がそこまで嬉しいものではない。
しかし今回の大会はかなりオーソドックスだ。
大会の進行は午前中が『予選』で午後が『決勝リーグ』に分かれる。
まずは予選。これは勝ち抜け戦と呼ばれるもので、各ブロックに組み分けられた参加者同士が争う。
例えば1ブロックに4人の参加者が集った場合、2人が抜けられ2人が落ちるシステムだ。4人ということは、自分を除いて3人と戦うことになる。そこで2勝すればその時点で予選通過、2敗すれば予選敗退だ。
続いて午後の決勝リーグだが、これは言うまでもない。トーナメント方式だ。
負けた時点で即敗退、最後まで勝ち残った者が優勝というシンプルな方式。
決勝リーグとは今まで無縁だった俺でも、今回はトーナメントも意識するべきものだ。自分の実力がどれほど伸びたのか、果たして通用するのか、今日の結果でそれがはっきりするだろう。
既に準備が整っている俺はそそくさとAの3番に座った。他の参加者は雑談だったりトイレだったりと色々動き回っている様子だ。
そして数分後、ようやく受け付けがマイクを持って組み分けを発表し始めた。
「それでは組み分けを発表します。まずAブロックから。1番、青木隆盛。2番、小林雅人。3番、天竜一輝。4番、成田聖夜」
その発表に俺の表情は固まった。
「成田、聖夜……」
さっき絡んできた気さくそうな男、その名前が俺の隣に呼ばれたのだ。
1番と2番が対局するのだから、3番と対局するのは4番ということになる。
俺の最初の対戦相手は前回の地区大会準優勝者。……最初から優勝候補の一人と当たってしまったのだ。
まるで最初から俺と当たるのを分かっていたかのように、聖夜は俺の前へと座る。
「よう天竜、まさかお前と当たるとは思わなかったな。まぁ気軽に指そうぜ」
そう言って駒箱を開け、聖夜は勝手に駒を並べ始める。
気軽にだって……? ああ、確かにお前にとっては気軽に指せる相手かもしれない。だが俺にとってはこの上ないほど最悪な相手だ──。
まだ第一戦、こんなところで全力を出したら次の戦いで疲れ果ててしまう。だがかといってこの一回を勝たないと後がない、予選は2回負ければアウトだ、1敗を背負ったまま2連勝するのは簡単な精神じゃ達成できない。
他の参加者たちはまるで結果が見えているような表情で俺を一瞥し、自分の戦いへと向かう。
突き刺さる感覚、弱い者を見ていない目。
……大丈夫、大丈夫だ。落ち着け、まだ絶対に勝てないと決まったわけじゃない。
意味のない深呼吸を何度も繰り返し、溢れ出る冷や汗に表情を曇らせながら落ち着かせる。
「んじゃ振り駒すっからな~」
まるでお遊びだと言わんばかりに、聖夜は余裕の表情で振り駒を進める。
振り駒の結果は聖夜の先手、俺の後手となった。
「お、先手だ。幸先イイね~俺」
くじ引きといい振り駒といい、俺はつくづく運が無いらしい。
そこでちょうどよく審判の人がマイクを持ち、開始の合図を始めた。
「準備はよろしいでしょうか、振り駒は終わりましたか?」
シーン……と会場が静寂に包まれる。
それは決して無視をしているわけではない、準備が出来た合図だ。
「──それでは対局を開始してください」
その合図と共に会場全体の対局者が頭を下げ、挨拶をする。
「お願いっしまーす」
「お願いします……」
その後、後手が時計を押した瞬間から勝負は始まる──。
同時に会場全体からピーっと甲高いチェスクロックの音が鳴り響き、ついに地区大会の第一戦が開始された。




