第十手「雲行き」
週間2位ありがとうございます…ありがとうございます…
さて、前回の問題の答え合わせです。
この局面で先手どうするかでしたよね。
正解は──6五歩!
この一手が手筋!銀は逃げる事が出来ないので同銀の一手に……
5五角!これが激痛です!
相振り飛車で絶対に許してはいけないのは序盤の隙を突かれた5五角、これを喰らってしまうと完全にペースを握られてしまいます。
後手はここから4四歩と角道を空けますが迷わず9一角成として先手優勢です。
安全な先手玉に比べて後手陣はボロボロな上に飛車が遊んでいます。
『5五の角は天王山』なんて格言もありますしね、5五に利きの多い駒を指されてその手が好手だと相手は明確に厳しいという理由でもあります。初級者はまず角を幅広く使うことを覚えましょう!
それでは本編、どうぞ!
「……なぁ麗奈」
「何よ」
「俺さ、結構啖呵切ったと思うんだよ」
「ええそうね、俺の横歩を味わえ! とか言ってたわね」
「いやそんなことは言ってないけどさ」
俺と麗奈は対面して盤を挟んで対局をしていた。そして対局の結果は"麗奈の勝ち"だった。
麗奈の勝ちということは……うん、もうわかると思う。
──対抗型だ。麗奈は俺の苦手な振り飛車を容赦なく使ってきたのだ
「酷くない? そこは居飛車だよね、俺にカッコいい所見せる場面だよね!?」
「男なら苦手なものでも我慢しなさい、ピーマンは美味しいわよ?」
「ピーマンくらい食えるわ小学生かッ!」
苦手な戦型を食べものに例えられて思わず突っ込んでしまう。
「じゃあ何が苦手なのよ?」
「そりゃあトマトとか……」
「へぇ? ふーん?」
「なっ、おま!? いや今のはちが……! 対局以外での心理戦は卑怯だぞ!」
自ら墓穴を掘ってしまい見事に弱みを握られてしまった。
将棋を指す女性は賢いとどこかの本にも書いてあったが、これはどちらかというとずる賢いという奴では……。
対局で勝ち盤外戦でも勝った麗奈は、誇らしげな顔をしたまま手のひらを上に向ける。
「いいじゃない、今度トマトが入ったお弁当を作ってきてあげるわ」
「おのれぇ! いや待てよ? こんな可愛い子の作る弁当ならアリか……?」
小声で呟くも麗奈には聞こえてしまっているようで。
「普通心の中で呟くものじゃない、それ?」
呆れて返されてしまうのだった。
「そういえばあのオッサンはどうしたの?」
「鈴木会長ならやることがあるとか言って帰ったぞ」
「押し付けるだけ押し付けて、自分はそそくさと帰ったのね」
「まぁ、ああ見えて自由人みたいな人だからなぁ」
そんなことを言いながら外を見ると、もう日が暮れている。一人でいるときは気にした事もなかった時計にも目が行くようになった。
全ては鈴木会長とこの少女、麗奈によって変わったということか──。
「あ、それ詰み」
「……嘘だろ」
よそ見をしながら指した一手で俺は負けた。
詰みの見逃し、頓死である。
「というか振り飛車やめろよ! やめてくれぇ……」
負けた理由を全て振り飛車のせいにするのも段々虚しくなってくる。
とはいえ苦手なものは苦手だ、今日だけでもう三回も麗奈と戦ったが、未だ一回も勝てていない。
感想戦で負けた原因もちゃんと教えてくれるし、その言葉に納得もした。だが将棋はそんな甘い世界じゃない。
将棋は、二度同じ局面が訪れることなどまずないのだ。
似たような形になっても、それは似ているだけで全く違う将棋だ。仮に全く同じ形になったとしても、相手は当然さきほどと同じ手は指してこない。
感想戦はその場面でどうしたらよかったのかを確かめる行為であり、その戦法の全てを答えているわけじゃない。
特に毎回、ことあるごとに目まぐるしく形が変わる振り飛車は、一つ一つの対策がどの場面でどう生かせばいいのか全くと言っていいほど分からない。
そう、全ては振り飛車のせい、振り飛車のせいなんだ。
「振り飛車のせいなんだぁ……!」
「振り飛車にここまで拒否反応だしてる人見たことないわね」
ガクッと落ち込んでる俺の頭に扇子を乗せる麗奈。
おいなんで乗せた。いじめか、新手のいじめなのか。
「……そういえばもう良い時間だな、そろそろ終わりにしないか?」
窓の外を見てそう言った。頭を上げたせいでポトっと扇子が落ち、麗奈が少しだけ残念そうな表情を見せる。
もう真っ暗だ。夏の夜は遅いとは言うが時間も20時を回っている。
「まだよ、まだ今日一度も使ってない戦型が山ほどあるわ」
「でももう外は暗いぞ、麗奈も帰らないといけない時間が──」
そう言ってふと見上げると、既に先を読み切ったかのような表情で口角を上げている麗奈。ゆっくりと視線がずれていき、麗奈の背後にある大きな荷物に目が行く。
そう言えばさっきから部屋の端にあるあの大きな荷物はなんだ? あれは麗奈が持ってきたものだよな? いったい何のために?
ただ俺と将棋を指すためだけに来たのに、いったい何が入って……。
「……まさか」
「そう、そのまさかよ」
嫌な予感が漂う。指した後に自分の手が悪手ということに気づいて、相手の手番の時に気づかないでくれと願う。そんな時の様な感覚が身を襲う。
麗奈は満面の笑みでこう答えた。
「今日からここに住むわ」
「冗談だろ狭すぎる! 俺にもプライベートがあるんだからやめてくれぇ! ──いってぇ!?」
思いっきり立ち上がり開いた足の小指が盤に激突する。
猛烈な痛さに悶々としている俺に、麗奈は勝ち誇ったような顔をしていた。
「ふっふっふ。見られて嫌なものでもあるのかしらー?」
「おま、おまふざけんなこれ事案だぞ!? 俺捕まるって!!」
「母には既に言ってあるわ」
「お前の母親奔放すぎるだろ!? 寝る所なんてこの家にないぞ!」
「もしここで追い出されたら私一人外で野宿……う、うぅ……うぇ」
「そのヘタクソな泣き真似をやめろォ!!」
恐らく人生で一番ツッコミを入れた気がする。
今日の夜は長くなりそうだ。
◇◇◇
とある対局室──。
そこには一人の男が将棋を指していた。
「あぁ? 横歩の天才棋士? 知らねぇよそんなの、この県にいんのか?」
男に紙を渡しているのはその男の片腕らしき人物。
「はい。既に隠蔽された情報ですが、かつて永世名人を横歩で倒したとか……」
「そりゃ流石に嘘だろ。そんな奴がいるなら名前の一つや二つ上がってきてもおかしくねぇじゃねぇか」
渡された紙を心底興味無さそうに投げ捨てる男。
「しかし彼にはどうやら弱点があるようで、居飛車しか指せず、相手が振り飛車で対抗型になったときの棋譜がどれも一級未満の指し手との結果が」
「なら振り飛車を指せばいいだけだろうが」
「そうなんですが、実はあの鈴木哲郎が関わっているとの報告もあります。もしかしたら……」
「ほぉ?」
その名前を聞いて、男は投げ捨てた紙をもう一度一瞥する。
「鈴木哲郎、アイツがようやく動くのか」
そう言って笑みを浮かべる男の声だけが対局室に木霊する。
この対局室に人は大勢いる、いるが一切物音が聞こえない。駒を指す音も、時計を押す音も、この男の声以外は一切響き渡らない。
それはこの男以外の全ての対局者が地に顔を着け、倒れているからだ。
「ま……け……」
男と対局していた者も次第に声を震わせ、震える手と共に駒を落とす。しかし最後まで言葉を紡げず、その者もまた他の対局者と同じように畳の上へ倒れていく。
「あァ? テメェは負けじゃねぇよ、破門だ。おい、つまみ出せ」
そこは将棋を指すなんて生易しい空間ではない事が一目でわかる。
男の傍にいた女性は倒れている選手を担ぎ上げて、そのまま対局室の外へと放り出していった。
そして男は紙を見ながら首を鳴らし、小動物を狩りに行くかのような視線でバシン! っと駒音を鳴らした。
「ククク……いいだろう、今年は俺も出てやる。その地区大会っつうお遊びにな」




