婚約破棄なんて認めません
「エレーヌ、どうか私と婚約破棄してくれないだろうか。」
あれ?下手に出てくれている?
私はエレーヌ・デュセリカ、アルテシア王国の宰相デュセリカ侯爵の一人娘。そして今目の前で婚約破棄を申し出たのは私の婚約者でアルテシア王国の王太子ネイサン殿下。その隣には可愛らしい少女が殿下に寄り添っている。
婚約破棄って…もっと公の場で貴様との婚約を破棄する!とか糾弾するものじゃないの?いや…小説の読みすぎか。現在の場所は王宮の応接間みたいな部屋、公の場ではないし糾弾もされていない。変な上から目線でもない。
「あの…殿下、私は婚約破棄されるような事をしたでしょうか。」
ネイサン殿下と隣にいる少女は顔を見合わせた。
「いや…君は一方的に婚約破棄されるようなことは一切していない。私は…彼女をを好きになってしまったんだ。だから彼女と結婚したい。」
そう言ってネイサン殿下は少女を抱き寄せる。
「つまり、私が邪魔だということですね。」
ネイサン殿下と少女は申し訳なさそうに頷いた。
「えっと婚約破棄の前にあなたのお名前を聞いてもいいかしら。」
私はネイサン殿下に抱き寄せられた少女に問いかけた。
「私は…ユーリ・マクルジです。」
ユーリ・マクルジ……マクルジ子爵の娘か。
「エレーヌ、すまない!しかし愛のない結婚なんて君も嫌だろう?どうか婚約破棄に同意してくれ。」
「エレーヌ様、お願いします!」
ユーリもネイサン殿下と手を握り懇願してくる。二人とも…そんなに愛し合っているのですね、仕方ない……私は…婚約破棄を
「認めません。」
「「は?」」
二人は認めてくれるものだと思っていたのだろう。私からの返答に間抜けな声を出した。
「婚約破棄なんて認めません。」
認めねーよ、バァーーーーーーカ!!
こっちはな、好きでもない相手のために物心ついた時から王妃教育だよ!それが、ひょっこり現れた子爵令嬢のために婚約破棄だぁ?認めねーよ!
認めるということは私の十数年の努力が水の泡になるということ。それだけは何としても許せない。それに王妃の座を諦めるということ。私だってネイサン殿下の妻なんて嫌だよ、でも王妃の座となれば頑張るよ。我がデュセリカ侯爵家は物凄い野心家でいずれは王国を乗っ取ってやろうと画策していた。実はデュセリカ侯爵家は王家の分家筋に当たるのです。普段は忠臣を演じている。
やっと漕ぎ着けた王太子との婚約、王国を乗っ取れる千載一遇のチャンス。こういう役回り…悪役令嬢と言うのよね。
「この婚約は王家と我が家を繋ぐ大事なもの。」
そう、王国を乗っ取れる足がかりになる大事なもの。
「そんな婚約を好きな人と結婚したいなんていう身勝手な理由で破棄できるとお思いですか?」
公の場で私の罪をでっち上げ糾弾しなかったのは褒めてやろう。しかし、婚約破棄なんていう選択こそ悪手。
「王族の人間である殿下が恋愛結婚できるなんて思っていないですよね?王族は政略結婚なんて当たり前ですよ。」
そう言って私はお馬鹿な二人ににっこりと微笑む。
「でも、愛し合っている二人を引き裂くほど私も鬼ではありません。」
殿下とユーリの顔は一瞬明るくなったが、婚約破棄は認めないのにどうしてだ?とでも言いたげな表情になった。
「妾としてユーリさんを認めてあげましょう。」
「エレーヌ、ユーリを妾などという立場に出来るわけないだろう!?金でも何でも好きなものをやる、勿論他の嫁ぎ先だって用意してやれる。」
じゃあ、王位くれません?…とは言えない。
「殿下、良かったですね。妾は別に法律違反ではありません。」
にっこり微笑む私とは対照的にユーリは屈辱で顔を真っ赤にしながら震えていた。
しかしユーリの身分は子爵令嬢、侯爵令嬢の私に勝てるはずないし妾になっても王妃になった私には勝てない。つまり、もう一生私に勝てないんですよ。
ユーリを妾として認めたらネイサン殿下がユーリの所に入り浸る未来が見えますが、妾の子供には王位継承権がない。後継ぎを残すために殿下は必ず王妃になる私との子供が居なくてはならない。
それに妾や妾の子が本妻や本妻の子に虐められる未来が想像できないのかしら。愛をとったら愛する人を傷つける未来しかないのに。
「エレーヌ!賢明な君ならわかるだろう!?愛し合っているもの同士の方が国王夫妻に相応しいと。」
そうですね。賢明なネイサン殿下ならわかるでしょう。宰相家であるデュセリカ侯爵家と没落しかけのマクルジ子爵家、どちらから嫁を貰えば王家にメリットがあるのかを。
「先程も申しましたが私は婚約破棄なんて認めません。いくら説得しようと無駄です。」
これ以上話していても時間の無駄だ。何せ恋という熱にやられてしまったネイサン殿下はどうしようもないほどお馬鹿になってしまったのだから。
「それでは、失礼いたしますわ。」
そう言うと私は部屋から出て行った。
その翌日、私は国王陛下に呼び出された。まぁ、予想はしてたよ。だって自分の息子が婚約者に婚約破棄を持ちかけたのだから。
「昨日は愚息がすまなかった。」
「いえ、陛下が謝ることではありませんわ。」
人払いされ、最低限の護衛だけを残した玉座の間。
「そなたは国にとって大事なデュセリカ家の娘。手放すわけにはいかない。こういう時は愚息を切り捨てて別の王子と婚約させるべきなのかもしれないが何しろネイサンしか王子がいないからなぁ。」
そう、ネイサン殿下はアルテシア王国唯一の御子。そうなるとネイサン殿下の意思を尊重するなら私を諦めるしか無くなるのだ。
「私はユーリさんを妾として迎えることを提案したのですが、殿下はお怒りになりまして…。」
「ふむ、未来の国王の妾になるのは子爵令嬢にしては大出世だな。」
普通に公爵令嬢でも妾という立場で収まった人は何人もいる。子爵令嬢で王妃になりたいなど烏滸がましいったらありゃしない。家格を上げてから出直しなさい。
「あー、あの愚息が私の後を継ぐとか考えるだけで頭が痛くなる。しかし他に適任者など居ないしなぁ。そなたみたいに賢明な者がおらんかなぁ。」
「陛下、買い被りすぎですわ。」
「そうだ、エレーヌ。いっそのことそなたが王になれば良い。そなたは分家筋だがちゃんと王家の血は残せるしな。」
えぇ!?これってもしかして国を私のものにできる大チャンス?というか公認の国乗っ取りじゃん。
「わ…私でよろしいのですか?」
断る理由はない。
「ああ、そなたで良いぞ。そうすればネイサンの奴も好きな子爵令嬢と結婚できるしな。」
そうですね。王太子という地位は失いますけどね。でも、あれ?意外とあっさり国乗っ取れちゃった。もうちょっとじわじわと侵食していくだったりクーデター起こすイメージだったんだけど…。とりあえず平和万歳!平和に国乗っ取れて良かった〜。
その後ネイサン殿下は廃嫡され、王家に養子に迎えられた私は正式な後継者となった。王太子ならぬ王太女である。
ネイサン元殿下は廃嫡されたことに驚いては居たが身分がなくなったことによりしがらみがなくなりユーリさんと結婚できたそう。
まぁ…ハッピーエンド?
急に王太女になった私には未来の女王の王配になろうという下心丸見えの人達からの求婚状で部屋が溢れかえり、その処理に追われて全然ハッピーエンドじゃないけどね!