オロチの宴
そのころの喫茶店…臨時休業。
ヒナが家へと帰宅する一方、スサノオとツクヨミはヤマタノオロチのいる
マイアランドへ向かって、飛んでいた。
スサノオは長袖とパンクのズボンの上に厚手のパーカーを一枚はおり、
右手には、装飾のない一見鉈のような無骨な剣、天叢雲剣を持っている。
左手には天叢雲剣とは対照的に、華やかな装飾が施された細身の剣が握られている。
草薙剣だ。
「雨が降ってきたな。」
そうつぶやくツクヨミは、衣褲を着ており手には、
天羽々矢(日本神話に登場する弓矢)が握られている。
「そりゃそうだろ。やつの象徴は雨雲と雷。当然やつの周りには雲やら雷やらが渦巻いていることになる。そんなことより、お前のその天羽々矢はしゃれのつもりか?『羽々』の意味は『大蛇』じゃなかったか?」
「その辺の解釈は、おぬしに任せよう。そろそろ気を引き締めるぞ。もう少しでやつの宴会場だ。」
「世界で一番お邪魔したくない宴会場だぜ。」
ツクヨミのいうとおり十分ほど飛んでいると巨大な影が見えた。
その大きさは、イギリスのウィンザー城ですらも、なきながら逃げていくであろう大きさだ。
しかし、本体はそこで大きくはない。というより、少年の姿だ。
その背中からは8つの大蛇が生えている。
そして、その首には人影が巻き込まれていた。
ヤマタノオロチは、二人の気配を感じ取ると、間延びした声でこういった。
「おやおや、新しいお客様がいらっしゃいましたよ、クシナダ姫。それから、ヒナ殿。」
その言葉に、二人は固まった。クシナダはまだわかる。
しかし、なぜヒナもいるのだろう。ツクヨミは、困惑したように顔をしかめ、
スサノオに関しては、血管が浮きだすほどに顔を、怒りに染めていた。
「あのやろう。ヒナにまで手を出したのか。」
「わからぬ。オロチの作戦ではないか?」
しかし、次の瞬間二人の希望をその声が無残に打ち砕いた。
「私なんかをこんなところに連れてきても意味はありませんよ。もし、私がお二人の邪魔になるようなら、死ぬ覚悟はできていますから。」
ヒナの声だ。二人は、顔を見合わせて静かに笑った。
これが、普通の会社員の言うことだろうか?
否。だからこそ二人は同じ結論に達した。必ず二人を助け出す。
二人の目から精気が消えた。その次の瞬間二人の体からは、新しい空気が生まれた。
クシナダのときのように、禍々しくそれより強い殺気。
そのあまりの殺気に、ヤマタノオロチの8つの首が静まり返った。
戦闘開始だ。
スサノオが霧の中から飛び出し、首の一つを一瞬で切り落とす。
ところがヤマタノオロチは、臆した様子もなくスサノオにこう言い放った。
「ひさしぶりだな。スサノオ。少しヌルくなったんじゃないの?剣戟が甘い。」
「それはこっちのせりふだ、オロチ。お前さんも少しやせたか?」
そういうとスサノオは草薙剣を構えて、無造作に突き出した。
距離的には届くはずがない。しかし、ヤマタノオロチが、
首のひとつを本体の前にかざすと、その首からはカキン、何かをはじく音がした。
「ふうん、新しい技も覚えてはいるんだね。関心関心。」
「うるせぇ。お前は俺の師匠じゃねえ。」
そういうとスサノオは二本の剣を振り上げてヤマタノオロチに切りかかった。
ときおり、ヤマタノオロチはあらぬ方向へ首を向けさせる。
ツクヨミの天羽々矢をはじくためだ。
その隙に、スサノオが剣をヤマタノオロチの急所に切りかかる。
しかし、それもすべて首によって、はじかれている。
二人が弱い訳ではない。むしろ、二人は高天原で一、二を争う強者だ。
だが、二人をもってしてもヤマタノオロチは余裕で、対応できるということだろう。
ツクヨミは、ヤマタノオロチの周りだけでなく、頭上や、足元からも矢を射ている。
そんな圧倒的なヤマタノオロチに、二人は挑み続けた。
しばらくすると、ヤマタノオロチに疲れが見え始めた。
「くっ!」
「そこだ!」
スサノオの鋭いつきが、ヤマタノオロチの腕をえぐった。
「っ!」
「ツクヨミ!」
間髪射れずツクヨミの放った天羽々矢がえぐられたヤマタノオロチの腕を切断した。
ヤマタノオロチは思わず、二人から距離をとる。
「へぇ、なかなかやるんだね。」
「へっ、腕とられたぐらいで何を言うか。すぐに生えるくせに。」
「それもそうだね」
そういうと、ヤマタノオロチは、眉を寄せた。
次の瞬間、不快な音を立てて生えてきた腕を間じかで見ていた(というより、見させられた)ヒナは、あまりの気持ち悪さに、顔を青くした。
同じように巻き込まれていたクシナダがヒナの身を案じている。
「いくぞ、ツクヨミ。」
「いわれなくてもわかっている。お前が隙を作れ。」
「あいよ。」
スサノオが再び距離をつめる。さっきよりも格段に速い。
鋭い気声を発しながら、草薙剣と天叢雲剣を同時に振り下ろす。
しかし、その二つの攻撃をヤマタノオロチは難なく見切り、
蛇を使って受け流す、と次の瞬間。
受け流した蛇の両目から血しぶきが飛んだ。
「私の存在を忘れていないか、オロチ?」
ツクヨミが、死角から蛇の目を打ち抜いたのだ。
ヤマタノオロチは苦々しそうにツクヨミに蛇を飛ばした。
しかし蛇はツクヨミに届くことなく、スサノオによって切られた。
「2対1なんてずるい。」
「人の妻と友達を人質に取るのも十二分にずるいと思うぜ!」
そう叫ぶとスサノオは一気にヤマタノオロチに切りかかった。
縦横無尽に飛び回り天叢雲剣と草薙剣を器用に振り回し、
ヤマタノオロチの首を切り落としていく。
そしてとうとう、残るはクシナダとヒナを捕らえた二つになった。
ヤマタノオロチは、荒い息を吐いている。
「さて、早く返してくれないか?」
「……」
しばらくにらみ合った後、ヤマタノオロチは忌々しげに二人を解放した。
「いい気になるなよ。スサノオノミコト、ツクヨミノミコト。お前らがここに飛ばされてから、ぼくなんかよりもっと凶悪なやつらが、うじゃうじゃと目覚め始めている。今回みたいに簡単に行くとは思うなよ。」
そういうとヤマタノオロチは、煙となって消えた。
ヤマタノオロチが消えたと同時にスサノオとツクヨミは二人に向かって走り出した。
「クシナダ!」
「ヒナ殿!」
二人は気を失ってはいるものの、息はあるようだ。
「まったく、手間かけさせやがって。迷惑なんだよ。」
そういうスサノオの顔には笑顔が浮かんでいた。
「どうやって帰りましょうか?行きのときのように飛んでいくとヒナ殿の体が持ちませんよ。」
「じゃあ、あれを使えばいいんじゃないのか?」
「あれですか…。まぁ、ヒナ殿もあの様子では使わざるを得ませんね。では、二人を私の周りに運んでください。」
「おうよ。」
ツクヨミは二人が回りにいるのを確認すると、手を地面について祝詞を唱え始めた。
「夜の王、ツクヨミの名の下に命じる、ロンドンまで。」
そういうと、ツクヨミたちの姿は影に溶けるようにして消えた。
ツクヨミたちの消えた後、ひとつの影がツクヨミたちがいたところに歩いてきた。
「おかしいなぁ。さっきまでここに居たはずなんだけどなぁ。
そういうと、影はふっと消えた。
「楽しませてくれよ。スサノオノミコト、ツクヨミノミコト。」
ところ変わって、「Second Lord」には影で移動してきた四人の姿があった。
「おいヒナ、起きろ。まさかこのまま残りの休日を潰すわけじゃないだろうな。」
そういいながらスサノオはヒナの頬を音を立てて叩いていた。
しかし、その手を横から止める手がった。
驚いたスサノオは、思わず手を引っ込めようとするが手は万力に締め付けられて動かない。
おそるおそる振り返ってみると、凄みの利かせたクシナダの顔がそこにあった。
「おっ!」
あまりの不気味さにスサノオは声を漏らす。
「ヒナちゃんに手を出すとはいい度胸してるじゃないの、あなた?」
「いや、このまま起きなかったらどうしたものかと思ってだな…。」
「問答無用。」
そういうと、クシナダはスサノオに襲い掛かった。
しかし、スサノオが心配するまでもなくヒナはすぐに目覚めた。
「ヒナ殿が起きたぞ。」
「おっ!起きたか!危うくクシナダに殺されるところだったぞ。」
「…え?」
「ヒナちゃん!起きたのね!これ以上起きる様子がなければスサノオあと5年は起こさないつもりだったのよ。」
「え?」
「俺の顔見て何か察することはないのか?」
ヒナはしばらくスサノオの顔を眺めてその顔が傷だらけになっているのを見た。
「どうしたんですか?その傷。」
スサノオは口を開いたが何か言うよりも早くクシナダがその口に手をかざした。
「なんでもないわ。気にしないで」
しかし、なんとなく察してしまったヒナはそっと目をそらしながらこういった。
「…はい。」
その後、二人の間で顔を合わせるたびに腹の探りあいが行われていることを
ヒナとツクヨミは知らない。
比較的簡単に終わってしまったオロチとの戦い。