クシナダの嫉妬
ひなさんが最悪のタイミングで喫茶店に入っちまったぜ…
次の日、ヒナは昨日のツケを払いに「Second Lord」へと足を運んだ。
今日は休日なので、普段のスーツ姿ではなく、カジュアルな服装でまとめてある。
「ん?」
「Second Lord」の雰囲気がいつもとは違う。
いつもは「ここには時間が流れていない」という感じだが、
今日はそれに加えて「お通夜なので入らないでください」という雰囲気が漂っていた。
ヒナは入ることをためらった。そしてどうしようかと悩むこと5分。
「きっと気のせいだよね」
そんな風に自分に勇気付けるようにいうと、ヒナは喫茶店のドアを開けた。
「こんにちは~」
しかし、ヒナは中に入った途端後悔した。
机のひとつに、スサノオと深緑色の髪をした女性が座っていた。
その女性からはとんでもなくまがまがしいオーラを漂わせているのをヒナは確かに見た。
思わずカウンターにいたツクヨミのほうを見ると、真っ青な顔でこちらを見ていた。
どうやら最悪のタイミングで来てしまったようだ。
「えっと、お邪魔しました!」
そういって逃げ出すよりも前に、
「待ちなさい。」
と声がかかった。
その声に思わずヒナは立ち止まった。
決して大声でしゃべっているわけではない。
しかし、その声には人を抑えつけなくても確実に支配する力があった。
ゆっくりとこちらを見てみると、女性は半身をこちらに回してじっとヒナを見つめていた。
よく引き締まった体に、緑と黒の明細柄のパーカー、
それから、室内だというのにサングラスをかけている。
「はい…。」
「アナタが最近ここに足を運ぶようになった子ね。」
「え、ええ。」
すぐそういったことを後悔した。
女性は、がたっと音を立てて立ち上がった。
向かいに座っていたスサノオがびくっ、と体を震わせる。
女性はつかつかとヒナの前に歩いてきた後、後ろを見ずにこういった。
「スサノオ、ツクヨミ、少し席をはずしてくれるかしら?」
疑問系を使っているが、決し聞いているわけではない。
命令だ。
ヒナはそう直感した。
「しかし…」
「席をはずしてくれるかしら?」
ツクヨミが何か言いかけると、女性は同じことを口にした。
「…わかりました。行くぞ、スサノオ。」
「お、おう!」
そういってスサノオと、ツクヨミは二階へと消えていった。
今ここにいるのは、ヒナとなぞの女性の二人きり。
女性はしばらくヒナを見つめていたが、
しばらくして、カウンターの方に歩いていきコーヒーを淹れだした。
「どこでもいいから、座りなさい。見ているこっちがむずがゆいわ。」
そういわれたので、ヒナはカウンターの前に座った。
女性の真ん前だ。
「へぇ、私の分もコーヒーを入れて、ってことかしら?」
「じゃあ、お願いします。」
女性は無言で、ヒナの分の豆をコーヒーミルに入れた。
コーヒーが2杯分入れられるまでのしばらくの間、二人は黙ったままだった。
そして、コーヒーがヒナの前に置かれたとき、ヒナはずっと気になっていたことを聞いた。
「まだ名前を聞いていないんですけど。」
「ずいぶんと、はっきりものをいう子なのね」
「そう親に育てられたので」
女性はサングラスの上から、ねっとりとした目線を送ってきたが、ヒナは、何もいうことなく、その視線を見つめ返した。
やがて女性は、はぁ、という大きなため息とともにヒナの問いに答えた。
「まあいいわ。私の名前はクシナダよ。覚えておきなさい。」
「というと…スサノオさんの奥さんですか。」
「えぇ、そうよ。彼と顔を合わせるのは200年ぶりだけどね。」
「そうですか。」
そういうとまた、沈黙が流れた。
二人とも無言でコーヒーをすすっている。
今度はクシナダが質問した。
「アナタはうちの夫とどういう関係ですの?だいじょうぶだわ。もし愛人だとしても骨を残さず燃やし尽くしてあげるだけだから」
「スサノオさんとはただのお客さんですけど?」
「うそはつかないで頂戴。」
「それは卑怯じゃありませんか?」
「卑怯?どこが卑怯だというのよ?」
「私は事実を言っているだけです。それなのにうそといわれた。このままだとあなたの欲している答えしか、たどり着きようがないじゃないですか。そうなれば、それが嘘あっても、私はあなたのおっしゃる『骨も残さず』燃やされています。それはあまりに卑怯というものでしょう。もし、スサノオさんがかまってくれなくて妬いているなら、スサノオさんに直接言えばいいじゃないですか。スサノオさんは優しいから、きっと構ってもらえますよ。」
ヒナが言い終わったとたん、クシナダの周りに漂っていたまがまがしい雰囲気が力を増した。
「小娘の分際でよく付け上がるものですね。ええ、確かにそのとおりです。私はスサノオにかまってもらいたい。
だから、あなたに妬いています。なので、ここであなたを殺しておくのです。」
「うらやましいです。」
「詰まらんことを…は?」
その途端クシナダはきょとんとしたように、まがまがしい雰囲気をけした。
クシナダは理解できないとでも言うように首をかしげた。
「何がうらやましいのよ」
「ずっと愛していられる相手がいるというのがすごくうらやましいです。あなたが私に妬いているように私もあなたに妬いているんですよ。私は2年前に、ここに飛ばされてまともな恋もしないまま、気づいたらもうアラサーです。だけどあなたは、1000年以上も愛する人を見つけられた。それだけでもうらやましいのに、結婚までできた。ねたましいです。私もそんな充実した人生を送ってみたいです。」
そういって微笑むと、クシナダは一瞬うつむいて、そのあと爆笑した。
「あはははははは!」
「何かへんなことでも言いましたか?」
クシナダは笑いながらサングラスをはずした。
クシナダの目は明るい金色の目をしていた
「いや、あなた…「そんな人生を送ってみたい」って。
充実しているようでも、これでも結構たいへんだったのよ?」
「何があったんですか?詳しく聞きたいです!」
「そうね…あれは…」
そうして、ヒナとクシナダはしばらくの間、コーヒーを飲みながら、
お互いのことを話し合った。
二人が話し合いを終えたのはもう、日も暮れかけている時間だった。
「あなた気に入ったわ。今度またコーヒーでも飲みながら、話しましょう。」
「はい!私も、クシナダさんと話していて面白かったです!」
「じゃあ、私はそろそろ高天原に戻らなくちゃ。またね、ヒナちゃん。」
「またここで、話しましょう!」
こうして、クシナダはご機嫌な様子で帰っていった。
クシナダが帰ってからすぐスサノオとツクヨミが、二階から様子を見に降りてきた。
「あ、スサノオさん、ツクヨミさん。クシナダさんはもう帰りましたよ。」
「あれ?お前、生きてるの?」
「へ?何で死んでないといけないんですか?」
「これまで、クシナダに妬かれて生きて帰ってきた人間はいない。」
「あやつの嫉妬は筋金入りだ。一度ねたまれたら神でもその妬みから逃げるのは難しい。」
「てことは、私、めっちゃ運がよかったんですか?」
「あぁ、前代未聞だ。まさかあのクシナダが笑って帰っていくとは誰が予想したことか。」
「それでも、怒ったクシナダさんにはかかわりたくないです。」
「「同感だな。」」
そんなことを話しながら、ヒナは帰路に着いた。
家に着いたヒナはふと、机に上を見た。
そこには一枚の紙がある。
それを見たヒナは、喫茶店にまた駆け込むことになる。
「大変です!クシナダさんが!」
「どうしたヒナ?出て行ったと思いきやまた戻ってきて。」
「これを!」
ヒナから渡された紙を呼んだツクヨミはすぐにスサノオを呼んだ。
「スサノオ!これを!」
半分寝ぼけなまこのスサノオだったが、書かれている内容を読んだスサノオの表情はみるみるうちに険しくなっていった。
「あいつは…1000年以上前にぶっ殺したはずだ。なのにどうして…。」
「とにかく急ぐぞ!ヒナ殿は待機していてくれ。」
「わかりました。」
「くそ!このタイミングでくるか?普通。」
などとすっかり現代慣れした言葉を使いながら、スサノオは二階に上がって言った。
机の上に残された紙にはこう書かれていた。
「親愛なるスサノオへ
1000年ぶりぐらいになるだろうか?懐かしいな。
またともに酒を酌み交わすことができたら、どんなに素敵なことか。
しかし、私はあのときの恨みを忘れてはいない。
このたび、わが宴の踊り子にクシナダ姫を抜擢させていただいた。
マイアランド(イギリスの北に位置する町)にて貴殿を、わが宴へと招待しよう。
楽しんでいただけることを願うのみだ。
ヤマタノオロチ」
その手紙の印鑑を押すところには、ヤマタノオロチの生々しいシルエットが描かれていた。
Oh shit !
なんてこったい。