襲客
早くも日常は崩れ去った…
まず、ツクヨミの作るランチセットは絶品だった。
ランチセットと入っても、カツサンドに両面焼きの目玉焼きと少しのサラダ。
それから、コーヒーという、イギリスではあまり見かけないなかなかヘルシーな、ランチセットだ。
通常イギリスでは、「お昼はしっかり食べたい」という考えの人が多いため、自然と油の多いカロリー高めなランチセットとなってしまうのだ。
しかも、値段も財布にやさしいお値段で、7ポンド(およそ950円)と庶民にはありがたいお値段だ。
「そういえば」
「お前、いつもそうやって切り出すよな。」
ヒナがサラダを、食べながらそう切り出すと、
スサノオが切り返した。
「そうですね。そんなことより、お客さんがあまり来ていませんけど、大丈夫ですか?」
「阿呆、お前が早すぎるだけだ。普通のやつはもっと遅くに食べに来るぞ。」
「へぇ~。」
2年間もここに滞在していたがヒナとしても、まだまだ知らないことはあるのだ。
「しかし、ツクヨミさんの作るこのサラダ、おいしいですね。」
「だよな。それは俺も思った。あいつ、ここで料理を始めてから急に何かに目覚めたかのように料理に熱中していてな。ある日、一晩中なにか料理している音が聞こえて、
次の日の朝、出されたボルシチを食ったときはあまりのうまさにびっくりしたもんさ。」
「ロンドンなのになんでボルシチなんですか…。」
「さあな。そんなの知ったことかよ。それからというもの、
ツクヨミの奴は急に料理に目覚めて、いろんな料理の腕をめきめきと
上げていったってことだ。」
「ほえ~」
そんなたわいもない話をしながらゆっくりと昼食を食べていると、
買出しに行っていたツクヨミが帰ってきた。
「帰ったぞ。おや?ヒナ殿、まだいたのですか?」
「はい。こんなおいしい料理をさっさと食べてしまうなんてもったいないので。」
「私の料理に舌鼓を打っていただくのは結構ですが、そろそろ会社に戻る時間なのでは?」
「あっ!もう会社に戻る時間だ!ツクヨミさんご馳走様でした!」
「おい!金払え!」
がなりたてるスサノオ。
「作ったのは私でしょう」
あきれるツクヨミ。
「つけといてください!」
そういうとヒナはとおりの角を曲がった。
ヒナが去った後の喫茶店で、スサノオはため息をついた。
「あいつが来てからここはずいぶんと騒がしくなったな」
「ええ、しかしヒナ殿が来たおかげでこの店が活気付いたことも事実。
彼女がここに来るようになった以上、見守るというのが我々のやるべきことでしょう。」
「かつては大和でブイブイ言わせていたこのスサノオノミコトが今は、
あんな小娘のお守をせんといかんとはなぁ。」
そういったときツクヨミはくすっとわらった。
「ん?なんかおかしな事言ったか?」
「いや、おぬしがそこまでヒナ殿のことを気にかけているとわな。
ひょっとして、なんだかんだいいながらもヒナ殿のことを好いておるのではないか?」
「バカ抜かせ。どうしてあんな奴にこのスサノオ様が惚れなくてはいかんのだ。」
そういうとスサノオは音を立てて椅子から立ち上がり、
二回へと続く階段をドカドカと上っていった。
「まぁ、考えてみればアイツ、クシナダ殿と祝言を挙げていたな。」
そんなことをつぶやきながら、ツクヨミはヒナがさっきまで食べていた
ランチセットの片付けを始めたのであった。
そして、日もどっぷりと暮れたころ客が現れた。
「いらっしゃいま…アナタは!」
ツクヨミは、そこにたたずむ来客を、ただただ見つめていた。
「おひさしぶりね。ツクヨミ。悪いけど一晩泊まらせて頂けませんこと?」
「はい、わかりました。」
そういって、来客を案内するツクヨミの表情は、渋柿でも食べたような顔だった。
「こちらになります。」
部屋へと入っていく来客の髪の色は、深緑色の髪だった。
来客用の部屋を出たツクヨミはスサノオの部屋に向かいながら、
こんなことを思っていた。
(まずいことになったな。頼むから明日は来てくれるな。ヒナ殿。)
そして、スサノオの部屋にノックもなしに駆け込むとスサノオに向かっていった。
「スサノオ、大変だ。」
「俺としては、ノックもせずに駆け込んでくるほうが大変だと思うがな。
で、どうした?またからかいに来たのか?」
「お前の女房か来たぞ。」
「そうか…は、はぁぁぁぁぁ~~~~~?」
スサノオの絶叫が静かな喫茶店に当たり一帯に響き渡った。
誰かはわかるよね、きっと。
スサノオの奥さん。