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第三章 動き始めた世界

「ではスワリス、ソフィー頼んだぞ」



ウィズミック学園長室。


重い、息苦しい空気が、壁に所狭しと置かれている本棚のせいで、余計にそう感じられる。


名を呼ばれた二人はそれぞれ容姿が対照的だ。

スワリスは小柄で、ピンク色の服をこよなく愛する獣人族。

一方のソフィーは背がスラっと高く、スーツが良く似合う。今は動きやすいジャケットだが。


両名は大きなナナカマドで作られた机の前で、重々しく頷いた。

その前には学園長、レイス。

先の戦いでだいぶ老いたようで、目は窪み、頬は扱け、血色も悪い。


「では、あとは宜しくお願いします」


ソフィーとスワリスは共に一礼して部屋を後にする。


スワリスの服の端が消え去るとレイスは深いため息をついた。


「……旅の無事を祈っているよ」



深い皺の一本一本に疲れをにじませている。

レイスが二人に命じた任務。

それはこの国の存亡を賭けた大切なものだった。




獣人であるスワリスは西の果ての渓谷にある獣人族の里へ。


通常獣人は人間を嫌い、どちらかと言えば魔界に肩入れしているという。

以前、ユーマが竜人と対峙したとき、彼が獣人族を疑い、恐れたのはこの理由からだ。

もし獣人族が本当に魔界の手先となっているならば、シャインはもう何十年も前に滅んでいたに違いない。


彼らは一人一人が屈強な生まれながらの戦士であり、その軍に敵う軍はない。

馬を使わない身軽な動き、手に持つ楯は硬く、備えた剣は鋭い。


そんな彼らと、スワリスが人間の橋渡しとなってくれると信じて、レイスは頼んだのだ。







数年前、スワリスはシャインを放浪していた。

幼い頃から夢見ていた、外の世界を見るために。


昔の御伽噺で聞いていた世界は美化され、スワリスを突き動かした。

だが、実際の世界は汚く、醜かった。

行き場もなく、ボロを纏って、ウィズミックの最下層で空腹に膝を抱えていた。


そんな時、偶然レイスに会い、才能を認められスワリスは生きられた。


レイスが会った頃のスワリスの目は虚ろ。

まるで世界の汚い部分のせいで目で見る事を止めてしまったかのようだった。







レイスは過去に心を奪われそうになるのを何とかこらえ、自らの頬を叩いた。



気合いをいれ、引き出しから便箋を取り出すと、サラサラと筆を走らせ始めた。



ソフィーへの任務は王都、セントラルへ赴き、国王への手紙を直接国王に渡す事。


カノンとレイスは戦いの後、密かに面会しており、その時にアドバイスをもらっていた。


その最たる事が、国王の周りに裏切りがあると。






「……では、王の身が危険に晒されてるんじゃと!?」



「いや、これはまだまだ推測の域を脱しない。

それにもし、裏切り者がいたとしても国王は殺せないはずだ」



学園長室は異空間になってるおかげで周りからの邪魔がない。


特に必要というわけでもないが、レイス自らが防音の魔法をかけ、部屋を覆っている。

これで部屋から情報が漏れる事は有り得ない。


「じゃがしかし……」


レイスは言葉を濁した。


カノンが言うならばそうなのだろうが、スパイが王を殺せる位置にいて殺さないのはどうにも腑に落ちないところがあったからだ。



「いいか?敵のスパイ、つまり魔界に魂を売り渡した奴の見返りを考えろ。

金じゃないのはすぐにわかるだろう。では永遠の命とか地位か?


永遠の命なんざ不可能だ。それぐらいは知ってるだろ?

それが許されてるのは不死鳥と神々くらいだ。


でも不死鳥は一度死んで、灰の中から蘇る。だから一旦は死ななきゃならないし、神々が死んだら世界が崩れる。


もし裏切り者が魔界と魔法契約をしていたら、もちろんたぶんそうだろうが、この仮説は正しい事になる。


魔法契約で結ばれている場合、嘘やそれに準じた、騙すようなことは禁じられている。


死ぬとかいうレベルではなく、世界の均衡が崩れ、空間が消滅してしまうことだってあるくらい厳しいものだ。


だからこの契約は破れない。



しかし、裏切り者はここで疑問に思う筈だ。


”願いが正しく叶えられるかどうか”と。



つまり、例えば、この国が欲しいと考えたとしよう。


だが貰ったときのこの国の状態はわからない。

富んだ豊かで肥沃な土地が良かったのに、更地のような世界では何にもならない。


だから契約はしても実行できない。


契約には"時"まで限定する力はないから、沈黙が今の正しい答えだと思ってるんじゃないか?


もちろん、それが正しいんだけどな」



カノンは一旦区切るとふぅーっと長いため息をついた。

レイスはというと、今のカノンの説明を様々な角度から考察しているようだ。

ブツブツと独り言を言ったり、羊皮紙に走り書きなどをしている。


「……では……いったい我々は何をすれば?」


熟考を終えたレイスは再びカノンに問いかけた。


「まず、有能な魔法使いをセントラルに派遣。内部調査をしてもらいたい。ある程度の確立した地位に着き、誰が裏切り者かを客観的に見定めてもらいたい。


それには臨機応変に対応でき、なおかつあまり目立たなく、強いタフな奴がいい。

ここウィズミックなら、そんな人材、困らないだろ?」



ウィズミックなら、カノンの条件を満たせる人間なんて五万といるはずだが、実際はそうでもなかった。


まず、戦えるほど強い者は教師クラスでないといない。

そして教師はみんな色が濃く、そこにいるだけでハッとした存在感を漂わせてしまう。


逆に、ある程度の力の持ち主ともなると、自分の力を過信して慎重性がなくなってしまったり、怖がって戦えなかったりと両極端なのだ。



「……う〜ん。あ、そうだ!

ソフィーと言ったか?彼女ならなんとかなるんじゃないか?」


「ソフィー。戦闘能力は低いが……大丈夫じゃろう。

それを補える分の気骨の持ち主じゃ」



ソフィーは教える力は卓越しているものの、戦闘には余り向いていない。

だが、彼女は困難を耐え抜く精神力の持ち主であり、なにより彼女の医療魔術にはレイスですら目を見張るものがある。



医療魔術とは一般に魔力で細胞レベルから組織を活性化させるものだ。

その魔力が強すぎれば逆に細胞は死に、弱すぎれば効果は得られない。

繊細な魔力コントロールが必要であり、膨大な知識も必要とされる。


そのためか、シャイン広しと言えど、医療魔術の扱いに長けている者は少ない。

そんな中でレイスが認めるのだから、ソフィーにはかなりの力があるのだろう。









レイスは手紙を丁寧に折ると紫色の封筒に入れ、蝋で封をした。

そして宛先を確認すると机の上に置いてある梟の木の彫刻にかざすと、柔らかな光と、シュッという音を残し、その手紙はどこかに消えていった。



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