コイツに訊いた私がバカでした‼︎
現在14歳の私は絶賛思春期中である。
乙女脳全開というか、夢見る乙女というか、そんな感じである。
つまり恋に恋する乙女なのだ。
…自分でもなに言ってるかわかんないんだけど、でも恋とかキスとかエッチなことにも興味があるお年頃ということかな。たぶん。
でも実際にやるには自信も勇気も足りない訳でして…。
彼氏ができただのデートしただのキスをしただのという友人の話を聞くと負けた気にもなるし対抗心も湧いてくるんですけどね。
…ああ、もう!
とりあえず私は愛とか恋に飢えとるんじゃぁぁぁああああ‼︎‼︎
「ミッチー!」
はいはい、なんでござんしょ?
「この漫画貸して?」
うん、もちろんダメよ? あんさん、これまで何冊の本を私から"借りて返さないだけ"やったんだっけ?
「え〜、今度は返すから〜」
"今度は"って言ったな貴様? 今までのは故意に盗んでいたということだな貴様?
…あ、別に"故意"とさっきの"恋"をかけた訳じゃないよ? …って、なに恋って単語に過剰に反応してんだよ私! 女子か! …女子だよ!
「じゃあ借りてくね〜」
あ、ちょ、待て! …クソオゥ‼︎‼︎ 返せよ…オレのたった一冊の義弟(ものの少女漫画)なんだよー‼︎
暴君照光 佳子の悪逆非道の行いに打ちひしがれている私の肩を優しく叩く救世主様。
ああ、この世に神はいたんですね!
救いを求めて顔を上げると、そこにいたのは死神の橋本 銀佐 43歳(英語担当)だった。
「道長、授業の時間だぞ。早く席につけ」
やはり救いなんてなかったんだ…。ごめんねお母さんお父さん。瑞樹(私の名前ですがなにか?)、先に逝くよ…。
「…よし、授業はじめんぞ〜。日直」
「起立、気をつけ、礼、着席」
…おうおう、待ちねぃ嬢ちゃん。オレがまだ座ってへんじゃろが? だいたいなんだねその号令は。どこぞの軍隊かい、ここはよぅ?
「ほら道長ぁ、ボサッとしてねぇでさっさと席つけ!」
おぉ怖。はいはい分かりましたよ、座ればいいんでしょ座れば。
だからチミはモテないんだよ、アタイらJCからよぅ。
…でも銀さんって奥さん居るし、愛妻家で有名らしいんだよなぁ。 なんでや!
こんな理不尽な世界は嫌いだぁ…だから私は寝る。銀さん、さらばだ!
…痛! イッターーーイ‼︎‼︎ なになになんなの? 何があったの? 誰が私の楽園を壊したの!?
私に安寧の地を与えまいとする組織の陰謀なの!?
「よぅ道長。いい夢は見れたか? 残念ながら今は授業中なんだ。起きてろ」
あ、銀さん…チーッス。
やっぱり私に安寧の地を与えまいとする組織の陰謀だったのか…。
…なんか副音声で正論を言われてる気がするけど、私負けない!
「まだ眠いなら、立ったまま授業受けるか?」
ヤダなぁ銀さん。もうバッチリっすよ? 目がギンギンに冴えて夜も眠れねぇんじゃねえかってくらいっすよ!
「そりゃ、昼間に寝てりゃあ夜は眠れなくなるわな」
ああいえばこういう。全く嫌な子だよ、アンタは。
…あぁ嘘です、冗談です。だから待って、その振り上げた武器をゆっくりと下ろして。落ち着いてくれよ銀さん。
「俺はお前と漫才をやるために授業やってるわけじゃないんだわ。分かったら教科書開いて授業に参加しろな」
へいへい。
…ああ、これから私の無知をみんなで嘲笑う公開処刑が行われるのですね…。
「何が無知だよ。授業はフザケまくってるくせにいっつも満点取りやがって…」
てへぺろ。
「…よぉし、どうやら反省してないみたいだな?」
あーあー待って待って!嘘です嘘ですごめんなさい!もう真面目に授業を受けますから!
どんなにつまらなくても銀さんの話聞きますから!
「…はぁ。やっぱもうお前、寝てていいわ。とにかく授業の邪魔になんねぇようにしとけ」
ウッス! 自分頑張って寝るっす! 楽園に飛び立つっす!
腕を枕に30秒。これが私の睡眠までの速度さ!圧倒的じゃないか!
では、おやすみなさい…。
「はいはい、道長さん。授業が始まりますよ」
私の肩を揺り動かしながら、その甘い声で語りかける貴方様は私の王子様(数学教師 斎藤 柳聖)ですね!
その甘いマスクと声に私達はメロメロ。でも貴方のお姫様は私だけなの。いつか(私の在学期間中に)気づいてね!
…そんな王子様の教えてくれる数学なんだけど、実は苦手だったりしちゃったりするんだよね〜…あはは…。
何が分かんないのかって聞かれても、何がわからないのかわからないって感じ。
でも私めげない! だって王子様が教えてくれる授業なんだもん!
「道長さん、今回のテストは一回で終わるように一緒に頑張りましょうね」
…ハイ。
「では、日直さん。おねがいします」
キリィツ! 気ヲォツケェェイ! レェイィィャャァア! 着席ィィィ!
おら、テメェらもっとシャキっとキビキビ動かんかい!
……だから軍隊かよ。
「…道長さん、元気ですね」
ありがとうございます! 元気だけが私の取り柄ですから!
「そうですか」
あ、あれぇ…王子様の対応がなんか冷たい…。私頑張ってるのに…。
「では前回の復習を軽くやってから今回の範囲を進めましょうか」
ハイ! 前回の内容もあまりよくわかりませんが、頑張ります!
ある意味銀さんの授業より拷問ですが、王子様のためなら頑張ります!
「あ、あはは。そこまで言われちゃうと、ちょっと凹みますね…」
ああ、王子様泣かないで! 私の王子様を泣かした奴はドコのドイツだ、コラァ! 私だコラァ!
いや、ホントすいません…。
「道長さん、もういいですから。では授業を始めます」
さすが王子様。どこぞの銀さんとは大違いや!
素敵!抱いて! あ、私初めてだから優しくしてね。
「前回は解の公式を用いた二次方程式の…」
おっふ…スルーですか…。無視は寂しぃですねぇ!
でもそんなサディスティックなところもス・テ・キ!
ぶっちゃけ解の公式とか何言ってるのかよくわかんないけど、そんなミステリアスなところも魅力的!
「…道長さん、放課後時間ありますか?」
ありますです! おぉ、これはもしや愛の告白イベントですか?
漲ってキタァァァァァアァァアアア‼︎‼︎‼︎
「では放課後、一緒に勉強しましょうか。解の公式がわからないとなると、今回のテストは赤点確実ですので」
Oh…マジですか。誰だよ愛の告白イベントとか乙女脳全開で騒いで期待させた馬鹿はよぅ! …アタシだよ!
ま、まあ放課後2人っきりというのには変わらないわけですしおすし。チャンスはいくらでもあるわけでありますからして…。
「道長さん以外の方も、解の公式を用いた解法がよくわからないという方は来てくださいね」
最後の希望も断たれたか……。ぐすん。
さてさてやってまいりました、私と王子様との愛の時間!
…だから副音声のせいで台無しになってるんだよなぁ……。
ま、まあギャルゲーでも出会いの回数が好感度のポイントと言いますし?
「遅くなってすみません」
いえいえ、私も今きたところですよ王子様。
デートの時には欠かせないセリフですね。人生に一度は言ってみたい決め台詞ですね。
立場が逆? そんなの関係ないね! 恋人っぽいことができたことが重要なのさ!
…女子かよ!? 女子だよ!! 現役の女子中学生だよ!!
「では道長さん、照光さん。始めましょうか」
照光佳子ぉぉぉぉ! キサマアァァァァァァアアアア‼︎‼︎ 悉く私の邪魔をしやがって、ただじゃ済まさんぞ!
「あ、さいちん。あたしは違うよ? これから部活だし」
お、おう。早とちりしてすまんかったな照光佳子。許せ。
「そうですか。では道長さん。始めましょうか」
はい、王子様!
「どこがわからないのかがわからないというお話でしたので、とりあえず幾つか問題を解いてみましょうか。それでわからないことがありましたら、何でも聞いてください」
…君、今何でもっていったよね? これもう完全に私のターンですわ!
グヘヘ、覚悟しいや王子さんよぅ…ゲヘヘ…。
「道長さん、手が止まってますが、どこかわからないところでもありましたか?」
あ、えっとぉ……全部?
「そうですか…解の公式はわかりますか?」
あのエックスイコールとかいう奴ですかい? ま、まあ形は覚えてますです。
「それぞれの文字が元の式のどこに対応しているかはわかりますか?」
それぞれの項の係数ですよね? もちろん覚えてますとも。
だって王子様が教えてくれたんですもの!
「…となるとその後の計算ですかね? でもそんなに難しい計算は出てこないはずですが…」
そう言われるとそうなんですけどね〜。
「道長さん、もしかして分からないという訳ではないのではないですか?」
そういうことになりますかね? さすが王子様、聡明でいらっしゃる!
…そんな聡明な王子様にお聞きしたいことがあるのです。
「はい、なんでしょうか?」
"愛"とはなんでしょうか?
…きゃっ! 言っちゃった!
乙女かよ!? 乙女だわ!!
「"アイ"ですか?」
はい。"愛"です。
「道長さんはもうそこまで考えていたんですね…」
…はい。
なんかこの雰囲気ちょっと恥ずかしいな、おい。
ちょっと、ラブいオーラ漏れちゃってんじゃないの? 濃度大丈夫? 非リア充がこのラブオーラに当てられて死んじゃたりしない?
「"アイ"とは…」
"愛"とは…? ゴクリ。
「虚数単位と呼ばれるものでして、二乗すると負の数になるという不思議なものなんですよ」
……ハイ?
「複素数平面を用いて現すのですが、その複素数平面がいつもの座標系のどこに現れるかと聞かれると説明が難しいです。本当は虚数についても解の公式の授業中に"解なし"ではなく虚数を用いた解を紹介して、複素数平面や共役な複素数などについても説明したかったのですが、私が教えていい範囲ではないのですよ。なので興味を持ってくださる道長さんのような方がいらっしゃると、個人的に教えることができますので教える身としてはとても嬉しいです」
……アッハイ。 なんのことやらさっぱりです。
きょすう? ふくそすう? きょうやく? 何を言っているのでしょう?
匠の手によって見慣れた公式は理解の外の存在へと進化しました!
…てか、あたしゃそんなこと訊いちゃいないんですがねぇ?
「ただこの複素数は高校で学習する内容ですので、入試試験などでは使えませんので注意してください」
…じゃあ教えんといてくださいな。
「…え? でも、道長さんは"i"について聞きたかったのですよね?」
そうだけど…あってるんやけど…ちゃうねん。
その"きょすう"とかいう奴とはちゃいますねん。
「そうですか…。まあこの補修授業で道長さんが解の公式をちゃんと使えることは分かりましたし、大丈夫そうですね」
…せ、せやね。
「では、これで終わりとしましょうか。気をつけて帰ってくださいね」
お、オッス。
……私が悪かったんですね?
王子様に訊いた私が馬鹿だったんですね?
勘違いした王子様じゃなくて、ちゃんと訊けなかった私が馬鹿だったんですね! …チクショウ‼︎‼︎!
後日談:
同じ質問を(嫌だったけど)銀さんにしたら、奥さんとの出会いとか奥さんをどれだけ好きかを延々と語ってくれやがりましたよ。
てめぇの夫婦生活になんざ興味ねぇんじゃボケ!
…って言ったら教科書が私のプリチーな頭に容赦なく振り下ろされましたとさ。 チクショウ‼︎‼︎