決
時間が過ぎて行く。ただ悪戯に、僕が何もしていなくとも、何も出来なくとも、過ぎて行く。
その瞬間にも、人間は数を減らしていっているんだろう。僕達の為に、生物が殺している。
オヴキアノスのように賛同するドラゴンが居たならば、その事を広めようとするドラゴンが居たならば、加速的に殺されていくんだろう。
悩んでいるのは、何もしないのと同じだった。でも、どうしたら良いのか分からないのは変わらなかった。
どうしたら良いのか分からない。どうしたら最善なのか、分からない。父さんやカゥプトさんがずっと悩んでいたのも似たようなものだったんだろうか。
心の奥底では、何となく答みたいなものは分かりかけていた。
何もしないままだったら、ずっと、父さんやカゥプトさんのように、そして多分、どこかに居る母さんのように後悔し続ける事になるんだろう。
そして、父さんは僕を守って、ただそれだけの為に命を賭して、死んだ。カゥプトさんともう二度と会わないまま。
カゥプトさんは、今も後悔し続けているのかもしれない。
僕の母さんも、多分。
けれど、だからと言って人間を沢山救う何て事、そんなでかい事、出来る訳無い。
するとしたら、僕だけが出来る範囲で、ちまちまと、ほんの少しの人間を助ける事位だった。
……そんな事しか出来ないのか。
そして、そこまで気付いて、僕はある事に気付いた。
命を賭けても良い。僕に出来る一番の事はそれだった。
けれど、一生を賭ける程の、そしてその一生の全てを無駄に終わるかもしれない覚悟を決めて、一つの事に取り組むという事は、命を賭ける以上の事だった。
そして、それは僕には出来そうになかった。そこまでの覚悟は、僕には出来なかった。
命を賭けても生物は殺せない可能性の方が高い。命を賭けても、人間は余り救えない。ただ悪戯に命を賭けても、大した事にはならない。僕の命は、軽い。
僕の命よりも、僕の使える一生の時間の方が重い。
その重さを、僕は覚悟出来ない。
その事に気付いた。
それは、僕がひしひしと諦めに浸されていくきっかけになった。
「……決めたよ」
その夜、ユンケーに僕は言った。
ユンケーは肉を飲み込んで、口周りに付いた血を舐めて、それから僕の目をまっすぐ見て来た。
「……命を賭けるような事はしない。僕の一生を全て賭けるような事もしない。
母さんに会いたいという事もある。……まだ、僕にはそんな、やりたい事もある。
でも、自己満足程度の事だけはしようと思うんだ。
目に付いた人間を、見つかり辛いような場所に逃がしたり、もし出来たら、ほんの少しだけ危険を冒したりして、他の、人間を殺して回っているドラゴンを説得したりして止めて貰ったり。
そんな事をしても、最終的には同じ結末にはなってしまうかもしれない。もしかしたら、それが逆に、僕達が危険に陥る結果になるかもしれない。
でも、やっぱり、どんな理由があろうとも今の生物の言ってる事には賛成したくない。
だから、出来る範囲で、少しだけ、やろうと思う」
一種の逃げなのだろうとも思う。でも、そうする事が、僕にとっての取り敢えずの最善な気がした。
ユンケーは暫く黙ったまま、僕の目をじっと見てから言った。
「その位なら俺も手伝うよ」
ちょっと驚いた。
「……ありがとう」
「それで、オヴキアノスはどうするんだ? もう黙ったまま、行くのか? それとも説得でもしてみるのか?」
「…………まだ、分からない。説得何て出来ないし、敵対もしたくない。
それは、ユンケーも分かるでしょ?」
「ああ」
実際、生物の言っている事は僕達ドラゴンにとっての正論で、僕やユンケーがそれに反発しようとしているのは、単に理想論に過ぎないのだとも思う。
僕達の理想論は、現実には敵わない。オヴキアノスのような、その辛い現実を見て来たドラゴンは、耳も貸さないだろう。
その理想論と現実に折り合いをつけられるとも思えない。
「でも、少しずつ、少しずつ、色々やっていけば、何か思い浮かぶと思うんだ」
「……かもな」
僕は空を見た。
僕達が何を感じようとも、何を起こそうとも、空は変わらない。いつものように雲がたゆたう。月が光る。星が偶に流れる。気紛れに雨が降る。風が吹く。
僕は、そんな空じゃない。ただ流される雲じゃないし、気紛れに見た目を変える空じゃない。
考えて、決めて、生きて行く。
考えなきゃいけない。どうなるかをちゃんと予想して、それから動かなきゃいけない。
僕はちっぽけだけど、それでも色んな事が出来る。それをちゃんと理解していかなきゃいけない。
―――――
「話を聞かせてくれて、ありがとうございました」
スラザさんに礼を言って、僕とユンケーはオヴキアノスとは別の方向へ行く事にした。
また、南へ。
「気を付けてな」
少し寂しそうに、スラザさんは僕達を眺めた。
けれど、僕もユンケーも誘おうとはしなかった。
スラザさんにとってここがどういう場所なのか、どの位思い入れがあるのか分からなかったし、それに寂しそうな顔をしながらも、ここを離れるまでの寂しさでは無いように見えた。
「はい」
「スラザさんもお元気で」
そう言って、僕とユンケーは、朝の空に飛んだ。
スラザさんの姿が見えなくなってから、ユンケーが聞いて来た。
「母さんに会ったら、どうする?」
「うーん……父さんの事を少し話そうかな。ユンケーは?」
「俺は、ちょっと、な。俺の父さんの事は、お前と違って、聞かれれば話す位の方が良いと思う。
けれど、何か少し話したいよ。
俺が生まれた直後辺りには母さんが居たらしいけれども、その母さんの事は全く覚えてないし」
喋りながら、僕にもユンケーにも、甘えたいという気持ちがあるのに気付いた。
互いにそれを声には出さなかったけれど、ちょっと恥ずかしかった。
読んでくださって、ありがとうございました。




