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旅 5

 頭が、回らなかった。

 色んな所を巡るしかないか。そう決めても、何だろう、動きたくなくなってしまった。

 ただ、それだけだった。

「なあ、行かないのか?」

「……うん。ちょっと待って」

「ちょっとって、もう何度も聞いてるぞ俺は」

「うん」

「……」

 ジェルヴェーシは、何か僕に言おうとして止めた。

 大きく、溜息を吐いた。僕のただの溜息は、もう木々を揺らす程に強いものでもあった。

 動かないでいると、ジェルヴェーシはどこかに行って、戻って来なかった。

 気付けば昼になって、お腹が減っていた。でも、動く気にはなれなかった。何だか、何もかもが面倒になっていた。


 空腹と渇きが我慢出来ないものになって、夜に少し食べて、川の水を飲みに行って、そのまま、またぼうっとする。

 川に映る月は、風でゆらめいていた。

「ああ」

 ジェルヴェーシとじゃない、誰か、他のドラゴンと会って話したかった。……話せるなら、カァミさんでも良いとも思った。

 回らない頭で、ただぼうっとしていたい頭でも、どうして何もしたくなくなったのかは、ぼんやりと分かり始めていた。

 東に行けば、僕と同じドラゴンに会える。そう思っていた事が、何もかも失った僕の唯一の行動源だった。そしてそれすらも無くなってしまった。

 ジェルヴェーシとじゃ、心の底から分かり合えない。

 そうも思っていた事にも気付いた。

 僕と同じドラゴンと話したかった。全てを話して、そして僕の全てを預けて、無防備に埋まりたかった。

「……ああ」

 きっと、飛び回っていれば他のドラゴンとも会えるんだろう。けれど、それがいつになるか、全く分からなくなってしまった。

 東に飛び続けていれば、母さんが居るかもしれない場所に着く。それも、とても曖昧だったけれど、飛んだだけ近付いていると言うのは、確実だった。でも、それすらも無くなった。

 どこにドラゴンが居るのか、僕は何も知らない。ただ闇雲に飛んで探すしかないんだ。

「ああ」

 ジェルヴェーシは、来ない。今の僕を見られたら、辛気臭いぞとか言われそうだ。

 でも、僕はどうしたら良いんだろう。

 頑張りたくない。いや、そんなもんじゃない。何もしたくない。

 頭は、殆どただの石のように働こうとしなかった。体も、動こうとしてくれなかった。肉体は、不思議なほどに力を失っているような感じだった。

「…………」

 何も、したくない。


 いつ寝たのか覚えていないし、起きても、腹が減ろうとも、飛ぶ気にもなれなかった。水を少し飲んで、それで良かった。

 そんな日でも、空は青かった。雲は風に流されていた。川は、音を静かに立てながら流れていた。魚が跳ねた。

 何も変わらなかった。

 僕が死のうが死なないが、この光景は変わらないんだろう。あの村が滅ぼうと滅びないとも、この光景は変わらないんだろう。本当に僕に想像の付かないような大きい事が起こらないと、変わらないんだろう。

 地上で一番強いドラゴンでも、そういう事は変えられない。誰だって、ちっぽけだった。

 ジェルヴェーシはやって来ない。

 喋れなくなる程の遠くには行ってないだろうし、もしかしたら僕が見える位置に居るのかもしれない。けれど、僕の所まではやって来なかった。

 でも、来たとしても僕は喋らないだろう。喋る事、話す事が僕にとって必要だと思ったからジェルヴェーシを一緒に連れて来たと言うのに、今はそれすらも面倒だった。

 起きた事は、父さんは多分、この辺りを通っていないと言う事が分かっただけだった。

 言ってしまえば、それだけだった。

 目を閉じて、体を丸めた。眠い訳じゃない。何も変わらない周りを見ていたくなかった。ずっと夜だったら良いのに。朝が来てしまうなら、雨でも降ってくれればいいのに。

 こんな快晴は、嫌だ。


 また夜が来た。

 星が光っているのが嫌だ。川の音がずっと変わらないのが嫌だ。

 きらきら輝いているのはどうしてだろう。全部太陽みたいなもんなのか? 川はどうしてずっと流れてるんだろう。どうして止まったりしないんだろう。

 消えて欲しいし止まって欲しい。僕に合わせて欲しい。

 何もかも、消えてしまって欲しい。人間の町からは灯が少し見える。……でも、それまで消そうとは思わなかった。

 人間の事を嫌いなのか。好きじゃない事は確か。フリガンは人間によって殺された。

 でも、だからと言って好き勝手に殺したいとも思わなかった。思えなかった。

 喋った事は一昨日が初めてだった。けれど、感情があるのは僕やジェルヴェーシと一緒だろう。そして、同じように生きている。食べて、寝て、考えて、悩んで。そこ辺りも一緒だろう。

 僕の感情を一方的に押し付けるのは、僕には出来そうになかった。

 それに、壊しても何にもならない気がした。ヴェーナさんが、人間の町を壊しつくした後にまた、僕を殺そうとしてきたように。それはただ敵を見つけたかっただけだったんじゃないか。

 ……僕は、そうなりたくない。

 フリガンがもし生き残っていたら、それでも鼻で笑われていたんだろうか。きっと、笑われているんだろうな。

 はぁ。


 腹が減って来てどうにもならなくなった頃、臭いがしてきた。

 特徴のある、人間の臭いだった。何で態々僕の方に来るんだ?

 近付いて来るけれど、体を丸めたまま特に何もしない事にする。流石に、僕を殺せるようなものは持ってないだろう。

 人間が一人で持ち運べるような物で、僕を殺せるとは思えない。

 フリガンを殺した物も、かなり大きな物だったし。

「……起きてる?」

 おずおず、と人間が話し掛けて来た。

「何だ」

 短くそう答えると、人間はびくっとして震えるのが感じられた。

「頼みたい事があるんだ」

 はあ? 声には出さなかったけれど、思わずそう言いそうになった。

 口調からしても、僕を利用しようとするような、そんな魂胆が見えて来た。

 聞く気すらしない。

「殺して欲しい奴等が居る」

 フリガンだったらもう、こいつを殺してるだろうな。

 呆れながらも聞いてみた。

「それをして僕に何のメリットがある?」

「そいつらを好きにして良いよ。煮るなり焼くなり」

 本当に、僕も殺してやろうかと思わずにはいられなかった。だから、それはお前から見たメリットだろう。僕にとってのメリットじゃない。

「だからさ……」

「黙れ」

「えっ」

「さっさと帰れ。それ以上喋ると、お前を殺す」

「でも」

「何がどうあろうともお前が何を提示して来ようともやらないのは変わらないし、これ以上喋ったら本当に殺すぞ」

 尻尾を人間の方に差し向けると、最後に「ひ」と怯えた声を出して、逃げて行った。

 逃げて行ってから、顔を上げて、人間の町の方を見る。

 ……何だか、馬鹿らしくなってきた。

 やる事が無いからって、だからどうした。目的が無いからって、だからどうした。

 あんなにも頭すっからかんで生きているような人間が居る。別にそうなりたい訳じゃないし、寧ろ嫌いだ。

 けれど、こうやって何もせずにただぼうっとしてるよりはマシだ。

 目的が無くなったからと言って、何も出来なくなったのは、馬鹿らしい。頭すっからかんで動いているよりも馬鹿らしい。

 体を起こして、背伸びをした。一日中丸まって固まった体が、ぱき、ぽき、と気持ち良く音を立てた。

 腹も、ぐぅ、と強く鳴る。

「あーっ、おーっ」

 声を出してみれば、何か気持ち良かった。上を向いてみる。

 夜空は、綺麗だった。

 川面を見れば、その空がゆらゆらと揺れていた。

 皆死んでしまったのは変わらないし、同じドラゴンと話したいのは変わらない。

 でも、だからと言ってうじうじしていても、同じだ。だったら、何でも良いから動いた方が良いじゃないか。

 そう、心から思えた。

 明日、行こう。ここを立とう。まずは、何か食べよう。腹がとても減っている。

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