凶賊奔る
『無念』と名乗る僧形の男とともに検問を突破した 高橋 主水 と 木暮 左兵衛が、江戸を目指していたのは理由があった。
行商人から、江戸行を勧められたのである。兵員不足の徳川が、大量に浪人を雇い入れるという話だった。
若い木暮はともかく、高橋はずっと戦に生きて来た。主家は一家滅亡の末に伊達家に併呑されてしまったが、高橋の勇名は地元ではまぁまぁ知られる程度の武将だった。
戦場に恵まれなかった。小競り合いに終始した戦歴だった。だから、徳川の様な大きな組織に所属し、関ケ原のような決戦に我が身を置いてみたかったのだ。
武を練り、心身を鍛錬してきた木暮も、戦場の経験こそないが、志は同じ。そこで、ともに故郷を出たのである。
その途中に『無念』と会った。
うさんくさい男で、おそらく僧ですらない。元は武士だろうと高橋は思ったが、果たして戦の目端の利く人物だった。
小規模な襲撃や、隠密行動での奇襲などの計画の立て方が上手い事が、一緒に行動していて理解出来た。剣の腕もいい。
無念 は、自然と三人の首領格に収まっていた。
もとより 高橋 は、それに不満は無い。
作戦を立てたりするより、何も考えずに敵陣に斬りこむ方が性に合っている。暴れている時は、何も考えなくていい。
『下手な考え休むに似たり』
という将棋指しの言葉があるが、高橋は、何か考えると同じところをぐるぐるとまわってばかりで、結局結論が出ないのだ。それで、切羽詰って引き出した答えは大抵間違っている。
だから、自分の代わりに何かを考えてくれる 無念 の様な人物がいると楽なのだ。
『江戸に行けばなんとかなる』
そんな伝聞をもとに、希望的観測で江戸に出て来たものの、高橋のような不器用者には、居場所がなかった。
確かに、仕事はある。
ただし、それは、人足などの肉体労働者の需要で、戦しかできない浪人など何の価値もないことを思い知らされる毎日だった。
仕官を求めて江戸城に向ったが、人事担当者に会うどころか、文字通りの門前払いの扱いを受けた。
待ち伏せの『落ち武者狩り』の不逞農民を斬ってから、妙に度胸がついた木暮が、門番に詰め寄ったが、江戸城を守る先手組の鉄砲隊が出る始末だった。
端から、無名の浪人など採用する気はないのだ。
高橋 のような頭の固い者でも、それは理解出来た。
無念 などは、最初から仕官や就職など眼中になかったようで、何をするでもなく、ぶらぶらと江戸中を歩き回っていたらしい。
「仕官を求めないのか?」
苛立った高橋が詰め寄ったことがあったが、無念 は、
「仕官も就職も起業も、戦と同じだよ。まずは、物見からはじめないとな」
……などと嘯いていた。
蓄えは、底をついていた。
脇差は既に売ってしまった。
『こんなはずではなかった』
そんな、苦い物が腹の底にたまる。
それを洗い流したくて、酒を飲む。故郷の酒は安くて旨かった。江戸の酒は、まるで水で薄めたかのように不味い。そして高い。
空腹を紛らわすために飲む水すら不味い。後味に、変な塩味のような臭みが残るのだ。
故郷の水は、清冽で旨かった。奥羽山系の雪解け水が伏流水となって滾々と湧き出していたのだ。あの水が恋しいと、気弱になった 高橋 は、そんな事を思っていた。
「埋立地だからね。土中に海水が残っているのだろうよ」
貧窮してゆく 高橋 らを尻目に、無念 は小奇麗なままだ。
何か、銭を稼ぐ手段を持っているのかもしれなかった。贅沢は出来ないが、暮らしに困らない程度の銭は、無念 から提供されている状態だった。
ヒモの様に養われている。その事実が、ますます 高橋 と 木暮 の心を荒ませていった。
「ここらで、考え方を変えた方がいい」
無念 は、ある夜、そんな事を言った。
「説教なんざ、聞きたくないぜ」
すっかり捨て鉢になってきた、木暮 が吐き捨てる。
高橋 は、そんな台詞を口に出すほど青くはないが、気持ちは同じだった。
「まぁ、聞け。諸君らの気持ちを尊重して、君らのやり方に口を挟まなかったのだけど、そろそろ限界じゃないのかね?」
無念 が、木暮 の無礼な態度を気に留めた風もなく続ける。
「俺は武士だ! 今更、人足など出来るか!」
吐き捨てた 木暮 の眼にうっすらと涙がにじむ。人生が思い通りにならない悔しさ。それが、高橋 には、それが痛いほどわかった。
食うに困って、モッコ担ぎ(土砂を運搬する下級の労働者)をしたことがあったのだが、浪人の扱いはひどい物だった。
慣れない労働にもたつくと、足蹴にされ、罵倒される。
叩き斬ってやろうか? と思ったのだが、かろうじて激発を押さえたのは、給金を受け取らないと生活できないからだった。
だが、あんな屈辱は一度でうんざりだった。
用心棒のクチも探した。
だが、用心棒でも姿が小奇麗でなければ、採用されないのだ。
高橋 も 木暮 も、うらぶれて薄汚い姿であった。
「うむ、故あって今は僧形だが、私も武士だった。武士は戦しか知らん。そのための存在だからな。だから、生き残るための戦をしようではないか? この江戸で、我々をこんな目に合わせた徳川に、一泡吹かせてやろうではないか!」
無念 の眼に暗い炎が宿っていた。悪意にまみれた、蛇の様な眼だ。
これを、『邪眼』と言う。
何を馬鹿な……とは、高橋 も 木暮 も、言わなかった。
それほど困窮していたのである。
「物見は終わった。戦場は、ここ江戸。我らは、我らの旗の下に、戦えばいい。誰も我らを雇わぬというなら、我ら自身が『主』になればいいのだ」
江戸の夜の闇は深い。
夜間の治安を守る『辻番所』が出来るのは、ずっと後年のことで、建設途中の江戸の町は、一種の無法地帯でもあったのだ。
先手組という、武装組織はある。だが、彼等は江戸城を守るのが任務であり、江戸の町を守るのは優先順位が低いのだ。
奉行所などの警察機関が出来る以前の状態なのである。
風魔のような火付け強盗がある。
今は、徳川に雇われている甲州忍も、盗みや強盗を働いていた。
不逞の浪人たちも多い。
こういった状況を観察したうえで、無念 が下した結論は、軍閥の形成だ。
武装組織を作って、荒稼ぎする。
行政機関の警備が手薄な今が好機だった。
きちんとした警察組織がないにも関わらず、商家は集まり、経済活動は行われている。
獲物は物色した。
今後の策も練った。あとは、手駒として 高橋 と 木暮 を引き入れるだけだ。
この二人の頭が固くて、自分の案に賛同しなければ、見捨てればいい。そんなことを、無念 は考えていた。
『こいつらに、別段恩義はないし、逆にこいつらは私に恩義がある』
無念 が、無償でギリギリの生活費を渡していたのは、このための布石。恩義で縛り、蜜を与えるのは、組織の人心掌握の基本である。
「切り取り強盗は武士の習い。まずは、我らの領地を手にいれる。重ねて言うが、これは、生存をかけた戦である。戦国の勇たちも、こうやってのし上がってきた者どもだぞ」
木暮 は乗る。既に捨て鉢になっているのだ。
高橋 は彼より年齢が上なので、多少の分別を働かせるだろう。困窮と絶望が、どれほど高橋 の心を蝕んでいるかによる。
「いいだろう。もう、こんな生活うんざりだ。最後に駆け抜けて死ぬのも悪くない」
意外なことに、高橋 はすぐに乗った。木暮 も頷く。
「やろう。俺も、武士らしく死にたい」
にんまりと笑いそうになるのを隠し、無念 は咳払いをし、
「私が策を練るのだ。無駄死にはさせないよ」
……と、嘯いた。




