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剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
勢源の章
25/97

曽呂利衆、泉 清麿 東下り

「決断が遅い。全て、後手をうってばかりじゃないか」

 男は暗闇の中、唇を噛んでいた。

 場所は江戸の日本橋。大規模な普請に沸き立つこの新しい都市の、繁華街の一角。

「清麿様、ここは危ない。あたしなら、ここに罠を張る」

 暗夜、月を仰いで嘆息を漏らす男に声がかかる。

 清麿と呼ばれた男が、片膝をついた。地面をまさぐる。焼け落ちた木材が、男の手を汚した。

 ここは、かつて篠屋という京小物を扱う商家があった場所だ。

 だが、商家とは表の顔。その実態は、故・豊臣秀吉が私的諮問機関として傍に置いていた『曽呂利そろり衆』の諜報拠点だった場所だ。

 そこから、救援要請があった。

 彼らは、密貿易の金の流れの下流に、徳川側の諜報機関があると踏んで、追跡を行っていたのだが逆襲を受けたのだ。

 『曽呂利衆』の小頭(幹部指揮官のこと)の一人、いずみ 清麿きよまろは、江戸の拠点構築に携わった経緯もあって強硬に救援を主張したが、首領の 曽呂利 新左衛門 は、なかなか首を縦に振らず、増援を寄越すのが遅れたのだ。

「それで、このザマか」

 秀吉が死んで、新左衛門は厭世的になった。もともと新左衛門には、道化の様に面白おかしく世を渡るところがあった。

 そんなところが、秀吉という底辺から成上った男と気が合ったのだろう。

 秀吉という男も、世継ぎを残すという執念に憑かれる前は、そうした剽げたところがある男だったらしい。

 新左衛門は秀吉の執念の残滓に殉じて、世継ぎの秀頼公を守るという意思はあるようだが、関ケ原での敗戦以降は、清麿の眼からすると、さらに無気力度が目立つような気がしていた。

 曽呂利衆の若手現場指揮官は、それが歯がゆくて仕方がない。

 泉 清麿 も、その一人だった。

「清麿様!」

 再び、声がかかる。

 手に着いた煤を払って、清麿が立ち上がった。

「わかっている」

 関ケ原の戦いが終わって、はや二ヶ月。

 徳川は戦後処理で、大阪の西の丸に居座っている。

 諜報戦や謀略戦の舞台は、今は関西だ。だが、清麿はあえて江戸に来た。

 徳川の新しい本拠地である江戸を焼野原に変え、噂されている征夷大将軍任命を揺さぶるのが目的だ。

 それより、じりじりと後退してゆく『曽呂利衆』を見ていられないという側面もあった。

 逼塞した大阪より、新天地の江戸で思う存分腕を振るうことで、曽呂利衆はまだ戦える事を証明したかったのだ。


 包帯をとる。草深 甚吾 の左手首には斜めに走った二寸(約六センチ)ほどの傷があった。

 傷はそれほど深くなかったので、もう塞がりかけている。縫うほどのこともなかった。

 これは、疋田陰流の『まがいもの』、山田 月之介 に斬られた傷だ。

 苦し紛れに放った突きを斜めに打ち落とされ、押し切られるようにして付けられた傷。もし、一瞬でも身を引くのが遅かったら、手首は斬りおとされていたかもしれない。

 際どい勝負だった。月之介は、間違いなく強い剣士であった。

 長屋の者には、階段で転んだと話してある。

「剣術使いが転んでちゃあ、世話ねぇやな」

 口の悪い表六あたりは、そうやって笑っていたが、甚吾は曖昧な笑みを浮かべて、頭を掻くばかりであった。

 関ケ原の戦いから、はや二ヶ月。

 甚吾が江戸に流れてきてから、一ヶ月が過ぎようとしていた。

 季節は、足早に冬に向っていて、そろそろ冬支度も必要だった。

 甚吾は釣竿を持って、暫く考え、それを置いた。

 お登紀の店に魚を納入するより手っ取り早く、かつ、大金を稼ぐ必要があった。

 冬用の寝具と、冬用の衣服を揃えるのが第一優先だ。

 長屋を出る。

 いつもは、小名木川を行徳方面に向かい、海に出て釣り糸を垂れるのだが、今日は逆方向の日本橋方面に向かう。

 大通りの一本裏側、俗に言う『裏店うらだな通り』に足を向ける。

 賑やかな大通りと道を一本隔てただけなのだが、妙に静かな通りだ。

 常に日陰であるこの細い通りは通気も悪いのか、いつも地面がぬかるんでいて、魚が腐った様な嫌な匂いがしていた。

 その一角に、『宿星しゅくせい屋』という怪しげな店がある。

 表向きは、『宿る星を見つけて、行く末を予見する』という占い師のような商売。その他、新居を構える際の方角の吉相を見たりするらしい。

 商売人は験をかつぐ。商人が集まりつつある江戸で、一儲けしようと何処からか集まってきた、胡散臭い連中の一人だ。

 主人は、土御門つちみかど 晴明はれあきら と名乗っているが、おそらくもっともらしい名前をでっちあげたのだろう。

 名前も店も、いかにも胡散臭いにもかかわらず、晴明の店は羽振りがいい。

 表の商売より、裏の商売の実入りがいいからだ。

 彼の裏の商売は『呪殺』だった。

 晴明が儀式を行うと、数日のうちに、対象者は『カマイタチ』によって、すっぱり斬られて死ぬ。彼の使い魔は『カマイタチ』という触れ込みだった。

 もちろん、彼は呪術師などではない。晴明は、もとは旅の二枚目役者で、呪術の「じ」の字も知らないのだ。

 女癖が悪く、手癖も悪かったので、一座を追われ、浪々の身となってからは、持ち前の巧みな話術とそこそこの顔を使って詐欺を働いているケチな小悪党なのだった。

 そして、この『カマイタチ』こそ、草深 甚吾 なのである。


 晴明と甚吾は、ほぼ同時期に江戸に流れてきた。

 甚吾は土木事業に従事する人々に混じり、晴明は内藤新宿という江戸のはずれの旅籠の女中のヒモとして、彼女の部屋に転がり込んでいた。

 この頃の女中は春をひさぐこともあり、金回りがいい。すこし、見てくれがいいだけの無駄飯喰らいである晴明を、養うくらいは出来た。

 女癖が悪く、手癖も悪い晴明だが、博打も大好きだった。

 人が集まる所に、博打打ちも集まるもので、内藤新宿にもどこからか流れてきた破落戸ごろつきが、賭場を開いていた。

 なんでも器用にこなす晴明だったが、博打だけは下手の横好きで、借金はかさむ。

 負けを取り返そうと、借金に借金を重ね、ついに晴明は破綻してしまう。


「すまねぇが、俺のために女郎屋に行ってくんねぇか?」


 寄生先の女中はその一言でキレ、晴明を叩き出してしまった。

 晴明は、借金を踏み倒してこっそり逃げようとしたが、当然の様にとっつかまり、殴る蹴るの暴行を受けて上で、簀巻きにされていた。

 これから川に投げ込もうという時に、たまたま通りかかったのが、草深 甚吾 というわけだ。

 晴明は、簀巻きにされたまま、甚吾の剣技を見た。

 それで、金になると思ったのだった。

 晴明を名乗ったのは、この時から。

 陰陽師を装い、呪殺も行うという触れ込みで商売をはじめたのだ。もっともらしい名前が必要だったので、『土御門』とか『晴明』などを、乏しい知識からひねり出したのである。

 甚吾は大切な金蔓。そして命の恩人だったが、そのあたりはあまり重視していない。

 甚吾も気にしていない様だった。


 甚吾が『宿星屋』の戸をくぐる。

 そこは、神社っぽい造りになっていて、白檀の香が炊き込めてあった。

 そこに、神主っぽい格好の晴明が、火鉢に手をかざして暖を取っていた。

「何者じゃ……って、甚さんじゃないですか。丁度探していたんですよぅ」

 普段は、神主っぽく厳かに振舞っているのだろうが、正体を知られている甚吾には演技をする必要がない。

「今日は、金を貸してほしくて来たのだよ。寒くてかなわんので、衣替えをしたい」

 晴明が揉み手をする。

「実は一件仕事がありましてね。首尾よくいけば、甚さんには金二両。冬支度には充分ですぜ」

 手持ちの米も少なくなってきたところだ。五升(約九キログラム)の米があれば年は越せるが、代金は銀一匁かかる(金 一両 = 銀 六百四匁 = 銭 三千九百四文 // 酒一升で二四文くらいの貨幣価値)

 金二両もこのイカサマ陰陽師が出すという事は、五両以上の依頼金があったということ。そして、はなっから大金を積むのは、危ない仕事と相場は決まっている。

「前金二両。後金二両。それなら、引き受ける」

 甚吾は少しふっかけたつもりだったが、晴明はあからさまにソロバンを弾く顔になり、

「では、契約成立ということで」

 と、締めた。この態度で、依頼料は二桁行っていたことがわかった。

「標的の探索は『瓦走りの権太』にやらせます。実はもう探りはいれてありやしてね」

 情報収集用に、盗人あがりの男を晴明は抱えている。それが『瓦走りの権太』だ。

 身が軽く、ひらりと屋根に飛び移って、走り去ることから、『瓦走り』の異名をもつ。京・大坂を荒らしまわっていたが、江戸に流れてきた手合いだ。

 実際に盗みに入るより、探索方の真似事のほうが、危険が少なく実入りがいいので今は晴明の専属となり、人探しや情報収集などをやっているらしい。

 甚吾は、権太とは何度か組んだことがある。小柄な男で、猫背。そして、ぎょろ眼で、出っ歯という異相で、まるでネズミが服を着て歩いているような感じだった。胸の前で手の甲をさするのが癖なので、ますますネズミじみている。

 ただし、遁走術と探索術は優れていて、調査は綿密。しかも決して捕縛されない。

 甚吾は、技術こそが価値と思っているので、権太のことを馬鹿にしない。そして、彼に対する個人的興味もない。きちんと仕事をこなしてくれれば、ネズミ人間だろうが、ナマズ人間だろうがどうでもいいという考えだ。

 容姿に劣等感がある彼は、その距離感が心地良いらしく、甚吾にだけは懐いていた。

「権太なら、安心だね。では、前金二両もらおうか? 両替商に行くのが面倒なので、丁銀と小粒銀でおくれ」

 小判などもらっても、甚吾のような庶民は仕方ない。もともと金の小判などは、贈答や恩賞用で、一般の商取引にはあまり使われないのだ。


 江戸に派遣されていた『曽呂利衆』に、唯一の生き残りがいた。

 名前を『霞の伝兵衛』という。

 江戸を荒らしまわっている風魔衆との共闘が出来ないかと、探りを入れるため、箱根の山に入っていたので、篠屋襲撃の際に不在だったのだ。

 急を聞きつけ、江戸に戻ったときには既に遅く、篠屋は焼け落ち、従業員は皆殺しにされていた。

 事後処理は、全て伝兵衛が行った。

 隠していた書付などの証拠品は、全て燃やした。

 後日、風魔衆の残党の仕業であるとの噂が立つ。これが、虚報であることは、伝兵衛は良く知っている。

 襲撃当日、風魔衆と談合していたのだから。

 あやしいのは『駿河屋』という乾物問屋だ。

 どうも、密貿易に関わっているらしいのだが、なかなかその尻尾を掴めずにいた。

 番頭の一人、彦造という男が怪しいと、襲撃計画を立てていた。

 その襲撃は『駿河屋』が抱えていた 山田 月之介 とかいう用心棒のせいで失敗に終わったのだが、その直後の襲撃だった。

 おそらく、これは報復攻撃。

 敵ながら、速やかで鮮やかな一撃だった。

 これで、江戸の曽呂利衆は壊滅的な打撃を受けたのである。

 残っているのは、伝兵衛のように当日現地にいなかった者のみ。

 その生き残りも、伝兵衛を残して全て討ち取られてしまった。曽呂利衆に伝兵衛ありと言われた凄腕の忍でも、隠れ潜むのが精いっぱいだったのだ。

 今も、身辺を探られている様子がある。

 なかなか気配を掴ませない相手で、振り切れない。

 苛立ちが募っていた。

 逆襲もなんどか仕掛けたが、臆病なネズミのように、殺気を感じると姿を消してしまう。気を抜くと、いつの間にか尾行されていることに気づく。

 実に厄介な相手だった。



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