第一章と第二章の幕間
大声でわめいていた。鬨の声という。
声を出すと、委縮した手足が動くようになる。
深夜。二十人の完全武装の浪人が、鬨の声を上げながら、篠屋という商家を襲っていた。
浪人たちは皆、黒い甲冑を着ている。闇に溶け込むように。
眼ばかりが、狂気を孕んでギラギラと光っていた。
荷車に丸太を縛りつけたもので、屋敷の門に突き込む。
メリメリと音がした。
丈夫な門だった。こんな襲撃を予測していたかのように、丈夫な造りをしている。
それもそのはず、ここは商家といいながら、豊臣側が江戸に送り込んだ諜報機関の拠点なのだ。
『商家の屋敷に偽装された砦』
それ位に考えて丁度いい。
矢が降ってくる。門の脇に足場が組んであって、そこから弓兵が狙撃してくるのだ。
ここが砦なら、その足場は矢倉といったところか。
黒い甲冑の浪人たちが、甲冑の『矢向』を弓兵に向ける。
そうして、荷車の陰に隠れた。
誰かが、どこからか戸板を持ってくる。
それを掲げて、矢を防ぎはじめた。
『えい! えい!』
掛け声をかけつつ、荷車の丸太を門にブチ当てる作業が再開した。
門が砕ける。
戸板で矢を防いでいた浪人が、次々と荷車を乗り越え屋敷の中になだれ込んでゆく。
屋敷の中から、篠屋に雇われた浪人が、穂先をそろえて出てくる。
急襲だったので、おっとり刀だった。ただし、人数は多い。
鬨の声を上げて、黒い甲冑で身を固めた浪人たちが斬りこんでゆく。
乱戦になった。
火矢がかけられて、火の手が上がった。
黒い甲冑の浪人衆から一人、屋敷内に殺到する仲間とは反対に、屋敷から離れる男がいた。
妙に肩幅が広い偉丈夫だった。
この襲撃を企画した、徳川の政商『駿河屋』の番頭である彦造がこの男を見れば誰だか判っただろう。
襲撃側の浪人衆を束ねていた人物、蕪 九兵衛という、いかにも偽名っぽい名前の男だった。
九兵衛は、歩きながら『頭なりの兜』(現在のヘルメットに形状が似ている質素な兜)を捨て、『矢向』を外し『草摺』も下に落とす。『桶胴』も脱ぐと、それを蹴った。
「クソ重たいんだよ。清々すらぁ」
伝法な口調だった。
武士らしさは、一かけらもない。
それもそのはず、主家を失い浪々の身とは、真っ赤な嘘なのだった。
吊っていた刀の下げ緒を解き、肩に担ぐ。
手甲と脛当ては解くのが面倒なのか、そのままだった。
遠くから闘争の絶叫が聞える。
九兵衛の無精ひげに覆われたタラコのような厚い唇が、笑みの形をとる。
「よくやるよ。せいぜい、殺して、殺されな」
夜の闇の中を歩く。
物見高い野次馬もいないようだった。
暗闇から声がする。
『鶴』
という一言。
九兵衛は
『魚』
と返した。
それを聞いて、闇から湧いたのは、篠屋を遠巻きに包囲している、江戸城留守居役の実戦部隊『先手組』の男たちだった。
その物頭(下士官に相当)らしき男が、後方に向かって
「味方だ。通してやれ」
と言っていた。
「はいどうも、ごくろうさんです」
駿河屋の彦造が用意した私兵の監視業務は終わった。
九兵衛はぶらぶらと歩きながら、江戸城内にある自室へと足を向けた。
徳川の諜報機関は、伊賀・甲賀・根来などがあったが、武田氏の残党である甲州忍も多く陣営に組していたのである。
ただし、伊賀の服部家のように、徳川家の禄を食む家臣となったわけではなく、金で雇われる顧問契約のような存在だった。
首領は、高坂 甚内 という。
武田家滅亡後は、関東で盗賊として各地を荒らしまわっていたゴロツキだが、討伐隊を組むより、金を与えて顧問契約した方が簡単なので、徳川の食客のような扱いになっているのだ。
利用価値はあった。
高坂 甚内 と同様、北条氏滅亡後、やはり盗賊になった風魔衆が、同じく関東で暴れまわっていたのだが、甲州忍とは犬猿の仲だったのである。
北条と武田は、時に対立し、時に結ぶといった微妙な関係を続けていたので、熾烈な情報戦があったのである。
風魔と甲州忍の確執はその頃からで、根深い。
今、徳川は関東の治安維持まで手が回らない状態だ。
ならば、毒を持って毒を制すという考えで、風魔と甲州忍を噛みあわせる策を実施したのだ。
「互いに殺し合い、出来れば相討ちで果ててくれればいい」
これが、徳川の本音だ。
高坂 甚内 は、そんなことはお見通しだったが、徳川を利用して風魔との対決で有利に立つために利用してやるという考えだ。
九兵衛は、その高坂 甚内 の配下の者だった。
江戸城は未だ普請の途中だ。
城内には、大量の人足を管理するための飯場が用意され、小屋も掛けられていた。その一角に九兵衛は住んでいる。
重い甲冑を着て、深夜に働いていた。
くたくただった。
いつもなら、夜明けとともに起きるのだが、まだ九兵衛は布団にもぐりこんでいた。
「おい、『食の字』、小頭がお呼びじゃぞ」
小屋の入り口の蓆をめくって、ずけずけと部屋に入ってきたのは、柿 杢兵衛 という男だった。
蕪をくったり、柿をもいだり、人を食った名前だが、彼らは名前などどうでもいいと考えていたのだった。
忍は技量のみ。立身出世など不要。そういう意味で、わざとふざけた名前を自らにつけているのだった。
「かんべんしろ『捥の字』、やっと眠れたのだぞ」
布団にもぐったまま、九兵衛が応じる。
彼らは、同郷幼馴染で、互いを『食の字』『捥の字』と、仇名で呼び合う仲だった。
「ええい! 人使いの荒い……」
葦の原を歩いていた。
目指す場所は『はノ七番』。
九兵衛ら甲州忍は、江戸の町が戦場と決まってから、絵地図に線を引き、東西の線を各々『い・ろ・は~』とし、南北の線を『一番・二番・三番~』と番号をつけていた。それを、頭に叩き込んである。
この組み合わせで、瞬時に大まかな場所を特定する仕組みだった。
目指す場所である葦の原の様に、目印となる場所が無い地点を特定するには便利なのだ。
九兵衛の担当は、『駿河屋』という徳川の政商だった。
徳川陣営は猜疑心が強い。
複数の諜報機関を抱え、相互監視させるのが彼らの常套手段だ。
徳川の首領である家康には、一向一揆の際、あれだけ固い絆で結ばれていたはずの家臣の半数に叛かれたことがある。
それが、恐怖となって彼とその幕僚に染みついているのだ。
『駿河屋』は、徳川のために働いている。
徳川は『駿河屋』に利権を与え、利用していたが、信用はしていない。
九兵衛は『駿河屋』が騒擾を起こす、その中枢に潜り込んだ。
そこで得た情報は、逐一上司である小頭の 喰代 左衛門 に上げていた。
彼は、留守がちな 高坂 甚内 の江戸における作戦本部長といった位置づけであった。
今回の作戦は、上手くいった。
七十人以上の浪人が殺し合って死絶え、敵の諜報機関『曽呂利衆』の拠点をあぶりだして潰した。それに、わざと火を点けて回り、風魔衆のせいに見せかけることも出来た。
火災は延焼し、多くの市民が焼け出されている。
これを風魔衆のせいにしておけば、風魔衆への市民の反発が強くなり、情報も集めやすくなる。
もともと関東を本拠地としていた風魔衆は、多くのシンパを抱えているのだ。
その情報網を締め上げて行くには、こうした離間策がじわじわと効いてくる。
九兵衛が上げていた情報に、山田 月之介 という剣士の情報があった。
直接見たことはないが、かなり腕が立つという噂を聞いている。
彼は、『駿河屋』専属の剣士だった。
つまり、本人の意思にかかわらず、徳川の諜報機関の末端を担っていたことになる。
それが、斬られたらしい。
ただの私闘なのか、それとも謀殺か、検分に行けと言われたのだ。
その場所が『はノ七番』なのだった。
広い肩に朱塗りの鞘の刀を担ぎ、ぶらぶらと葦の原を歩く。
風に葦の葉が鳴り、オオヨシキリが鋭く鳴きながら飛ぶ。
このあたりは、海も近い。
風の中に、かすかに潮の香りが混じっていた。
「うっとおしい……」
子供が落書きで一文字を引いたような、九兵衛の太い眉の間に深い皴が刻まれる。
葦の葉の間から、いくつもの気配があった。
死体の存在を知って、シデムシどもが塒から出てきたのだろう。
そして、九兵衛に死体から金目の物を取られはせぬかと気が気ではない様子なのだ。
シデムシを無視して、二つの死体を見る。
二人ともうつ伏せで倒れていた。
山田某らしい死体を、足で蹴って仰向けにする。
脇腹を一刀。傷の角度から推測すると、やや下方から斜め上に振り抜けた感じだ。それが、肝臓を裂いた。死は数呼吸で訪れただろう。
ほかに外傷はなし。一撃で仕留めたということか。
もう一人の死体も調べる。
こいつの正体は不明だ。手に匕首を持っている。
剣士に、匕首一本で挑んだというのか?
こっちは、腹部を横一文字に断たれていた。
奇妙な角度だった。
血痕の飛び散り方もおかしい。
勢いをつけて、前方に振りまいたような、血の飛散跡なのだ。
「ふむ?」
九兵衛は、肩の刀を腰に差し、低い姿勢から抜刀して斜め上に振り上げる。
「違うな」
今度は、横一文字に振った。
傷はこんな感じにつくが、血は横に跳ぶ。
「これも違う」
匕首が目に入る。
背後から襲ったのかもしれないと、九兵衛は推理する。
片膝をつく。
真上に斬り上げた。
「これか」
空中から飛びかかってきた男を、片膝をついて躱し、通過する一瞬を捉えて斬ったのだ。
「何者だ?」
月之介ほどの剣士を一刀で仕留め、背後から、しかも空中の動く敵を、正確に斬る曲芸じみた剣。そして、斬り口が鮮やかすぎる。こいつは、かなり腕が立つ剣士だ。
少し、興味がわいてきた。
だが、慌ててその考えを打ち消す。
潜入捜査が終わったばかりなのだ。
危険な浪人を監視する部署に、この報告を上げて、とにかく数日休みたい。
九兵衛は、腰に差した刀を、また肩に担ぎ直す。
刀は重い。クソ重たいのは苦手だった。
背後で、シデムシが死体を草むらに引きずり込む気配があった。
山田某は上等な刀を持っていた。
シデムシたちは、ほくほくだろう。
九兵衛が唾棄する。
「胸くそ悪りぃぜ」
朝飯を食う気が失せていた。
続きありますよね? というご感想があったので、幕間を挟んでみました。
ボリュームも実験的に四千字にしてあります。
もっと長くていいのかな?
二章のプロットはまだ作成中ですので、しばしお待ちを。
なんとなく、『蕪 九兵衛』という名前が気に入ったので、その他大勢から準レギュラーに昇格です。




