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剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
浮月の章
19/97

刃を交える運命

「こんなムサいとこに、わざわざ。立ち話もなんですから、どうぞ」

 月之介は駿河屋の用心棒だ。

 寝起きも駿河屋内部の母屋だ。こんな貧乏長屋とは比較にならない場所だろう。

 だが、月之介は気にした風もなく、

「なら、お邪魔するよ」

 などといって、部屋に入ってきた。

 猫足の三郎の部屋には何もない。

 据え付けの戸棚と押入れで事足りる生活をしているのだ。

 いつでも消えることが出来る。

 根なしの盗人の心得のようなものだ。

「これから、朝飯でさぁ。月之介さんも、まだなら一緒にどうです?」

 一碗の飯、根菜の味噌汁が一杯。それだけの質素な朝食だが、月之介は旨そうに食べた。

 料亭などに行く機会が多いので、舌が肥えているかと思ったが、あまり食にはこだわらない方らしい。

「今日、ここに来たのは、頼みごとがあってね」

 食後の薄茶をすすりながら、月之介が言う。

 猫足の三郎は、残った飯を握り飯にしながら、その言葉を聞いていた。

「なんです? 頼みごとって?」

 月之介は懐から、封書を出した。

 それを、畳の上に乗せる。

 肩ごしに見たそれには、


 『果たし状』


 と、書いてあった。


「穏やかじゃないですね」

 猫足の三郎が、固い声で言う。

 相手の見当はつく。

 あの、魔人のような剣士、草深 甚吾 と、立ち会う気なのだ。

「俺の獲物のはずですがね」

 握り飯を作り終え、汲み置いた水で手を洗い流しながら、猫足の三郎は言った。

 月之介がひらりと笑う。

「あれは、撤回。どうしても、自分が斬らないといけない。そういうことになってね」

 月之介は、間違いなく卓抜した剣士だ。

 だが、草深 甚吾 は、なにかヤバい。理屈ではない。盗人の勘だ。

「それで、この果たし状を、あの男に届けて欲しいのだよ」

 猫足の三郎は、怪我を偽装した腕の包帯を外しながら、月之介の前で平伏した。

「たのむ、月之介さん。あいつとやり合うのは、やめてくれ。このとおりだ」

 月之介が居住まいを正す気配がした。

「よしてくれ。『猫足の三郎』ともあろう者が、土下座なんか。そんなに安かぁないだろう」

 月之介の手が、猫足の三郎の肩に触れる。

 自分でも、三郎はなんでこの男のために必死になっているのかわからなかった。

 だが、月之介が死ぬかもしれない。そう思うと、考えるより先に体が動いていたのだ。

「私は、江戸を去ることにした。その前に、甚吾はどうしても斬らないといけない。そういう運命なのだよ」

 月之介がいなくなる。

 ごそっと、胸腔内が抜け落ちたかのような感覚。

 これが、喪失感なのかと、猫足の三郎 は気が付いた。

「一緒に、いかないか? この国を離れて、遥かシナやシャムまで、海を越えて」

 月之介にとって「猫足の三郎」とは「便利な道具」なのだろうと思っていた。

 自分が感じている友情は、おそらく一方通行なのだと諦めていた。

「俺も、一緒に?」

「ああ、君は私のたった一人の友人じゃないか。一緒に冒険に行こう」

 鼻の奥がツンとする。

 泣きそうなのだと気が付いて、三郎があわてて顔をそむける。

「そ、それじゃあ、尚の事、草深 甚吾 なんざほっといて、旅に出ましょうや」

 常識で考えたらそうだ。

 なにも出発の前に厄介ごとを抱える必要はあるまい。

「そうもいかんのだよ。私が奪ってきた幾多の魂が、私に逃げる事を許してくれない。彼奴とは、刃を交える運命なのさ」


 

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