私はメリーさんだから
初めての一人暮らしに家族の暖かさを思い浮かべホームシックになりながらも、自由が広がった生活は、心に安堵をもたらしていた。
しかし、同時に退屈を覚えたのである。
今日は生憎の台風だった。
しかも落雷により停電である。
することもないから、夜も人恋しさに毛布にくるまりながらいつか来るであろう出会いを都合よく待ち望むのだった。
無駄だと知っていながらに。
代わり映えなく、今日も終わる。
瞼を閉じて少しばかり昔を思い出す。
苦笑
過去にすがりついてなんになるというのだろう。
意識が睡魔に奪われていき思考に浮遊感が漂って体がフワッとしたときだった、
<プルルルルル プルルルルル>
静まり返った部屋に電気の通っていないはずの電話のコール音が響き渡る。
夜中に電話してくる知り合いはいない。
もしかして母ちゃんが心配してかけてきてくれたのだろうか?
一瞬、ノスタルジアが身を包んだけれども、それは誤認だと知る。
「もしもし、私メリーさん。今あなたのマンションの前にいるの。」
<プツッ! プープー……>
受話器越しから生ぬるい風が吹いた気がしてそのまま離して床に落っことしてしまった。
ヤバい
メリーさんがやってくる。
幼い頃に親父に聞かせてもらった話では、メリーさんは人間を誘惑して魂ごとさらっていくそうじゃないか。
これは結構な間違いがあったはずだが、明確な知識がないから、親父の話だけが頼りだ。
とにかく、今は最善策をこうじるんだ。
そうだ!いいこと思い付いた!
「寝よう。」
……………そう簡単に寝れるわけないだろ!
焦りが状況把握能力を鈍らせる。
転瞬、
<プルルルルル プルルルルル>
再度、電話は産声をあげるようにけたたましく鳴る。
恐る恐る俺は受話器を取る。
「もしもし、私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの。」
体中の血が青ざめる。冷や汗がにじみ出る。
<プツッ!プープー……>
恐怖がすぐそこにいることを知る。不思議と笑みがこぼれる。覚悟が出来たようだ。
オートロックのドアにいきなり
<ドンドンドン!>
と暴力的なノック音が奏でられる。
鍵の開いた
<カチャリ>
という音が空気を痺れさせる。
不意に、
<プルルルルル! プルルルルル!>
勢いよく電話が悲鳴する。
ゴクリと唾を飲み気を引き締める。
<もしもし…>
この時俺は記憶の引き出しをめいいっぱい開けて展開を思い出していた。
<私メリーさん…>
確か!メリーさんは最後自分の後ろに現れるはずだ!
<あなたの…>
「そこから先は要らないよ。」
<どうして…?>
だって振り向き様に一発お見舞いしてやればいいんだろ!
振り上げた腕を勢いよく下ろす。
不意に唇に爽やかな甘さと柔らかな感触が踊る。
俺は綺麗な金髪とルビーを嵌め込んだような彼女にキスをした。
長いキスに彼女は息を漏らし
「ぅんっー!」
と喘ぐ。
唇を離す。
すると彼女はこちらをじっと見つめて
<私、メリーさん。今あなたの前にいるの。>
そう呟いた。
呟いた後、少し微笑むと彼女は俺に抱きついてきた。
「ありがとう。」
ポワンと目の前で彼女が輝く。
「私はメリーさんだから」
刹那、目の前が真っ暗になる。
澱む視界の中に彼女が微かに笑う。
<私メリーさん。今あなたの心の中にいるの。>
あの日の思い出は夢だったのか現実だったのか定かでない。
ただ、彼女のくれた温もりは今もほっぺたに焼き付いて離れない。
雲間から日差しが降り注いだ。