【翠竜編 その4】 未知の扉
その日、朝方からリアス君が熱を出していた。侍女さん達の話では、竜化できる程血の濃い王族はこのような発熱症状が出ることが度々あるらしい。あくまで成長期に伴うものであって病気では無い、と説明されても高熱が出れば誰だって苦しい筈。
心配になった私は朝食後、リアス君の様子を見に寝室を訪れていた。
(やっぱり辛そう……)
額には水で濡らした布。熱のせいか頬は赤く、首筋には汗が流れている。寝苦しいのか、浅い呼吸を繰り返していた。
傍に置いてあった水を張った盆に布を浸し、軽く絞って生ぬるくなった額のものと取り替える。汗を拭く為だろう。盆の横には乾いたタオルがいくつか重ねて置いてあった。同じテーブルには水差しも用意してある。
タオルの一つを取ってリアス君の汗を軽く拭う。それ以上は出来る事が無くて、寝室内に置いてあった椅子をベッドの脇に移動し、そこに腰掛けた。
横になっているリアス君を眺めていると、漠然とした不安が胸に積もる。原因が分かっていてもこんな気持ちになるのは多分、いつも元気なリアス君しか見たことがないからだ。元気過ぎるのが困ると思うこともあったけれど、こんな風になって初めていつものリアス君でない事が寂しいと思う。
(早く元気になってね? リアス君)
起こさないよう心の中だけで呟いて、そっと新緑の髪を撫でる。しばらくそうしていたら、リアス君がゆっくりと瞼を開いた。
「……リアス君?」
声を掛ければ首をめぐらして私を視界に捉える。そしてほにゃっと表情を崩した。
「かにょん……」
「!!!!??」
この時の衝撃をなんと例えればいいのだろう。擬音にするなら『ズガン!!』だ。上気した頬に寝ぼけ眼の涙で潤んだ翠の瞳。頬は安心しきったように緩み、そして小さな唇から漏れた舌ったらずな言葉。全てが破壊力抜群の凶器となって私の胸のど真ん中を打ち抜いた。
(おおおおおおおお落ち着くのよ風音!! 私にショタ属性はなかった筈!!! ああああぁぁぁ心臓が痛い痛い痛い!!!)
一気に真っ赤になった顔をなんとか持ち上げ、ベッドに突っ伏しそうになった姿勢を戻した。不自然なほどシャキッと。
「お、おはようリアス君!! 体は大丈夫? 何かして欲しいことない??」
動揺を隠して問いかければ、リアス君は再び緩慢な動きで唇を動かす。
「…みじゅ……」
ズトン!!!
「~~~~~!!!!! み・水ね……。分かった……」
悶えそうになる体をなんとか理性で押さえこみ、よろよろと椅子から立ち上がる。水差しからグラスに水を注ぎ、リアス君の下まで持っていくと、だるそうに上半身を起こしていた。私は慌ててその背に手を沿え、グラスを渡す。
リアス君は両手でグラスを包み、こくんこくんとゆっくり水を飲む。その姿がまるで小さなリスのようで、思わずぼけっと見蕩れてしまった。
(可愛い可愛い可愛い可愛い……)
私がそんなことを心の内で呟いているとはつゆ知らず、無事に(?)水を飲み終えたリアス君は再びベッドに横になる。すぐにうとうとし始めたのを見て、邪魔にならないようにと私は席を立った。
けれど、それを止めたのは小さな手。リアス君が私のスカートの裾を握っていたのだ。
「リアス君?」
「…いかにゃいで……」
「!!!!!??」
「……め?」
ドカンッ!!!!
こんな可愛い生き物に頼まれて断れる者がいるだろうか。いや、いない。
この日、高科風音は未知の扉を開いてしまったようです。
…………ショタの扉?(笑)