【白竜編 その2】 侍女は見た!
最近白の国ではおめでたい出来事が二つございました。一つは長い間行方知れずだった第二王子セナード殿下がご帰還された事。もう一つはセナード殿下がご婚約された事です。
フィアンセのヒナタ様は大変謙虚で大人しく、また真面目な勉強家でいらっしゃいます。王城にお住まいを移してからと言うもの、毎日書斎や図書館を往復し、この国のためにと勉強していらっしゃるのです。流石は殿下が選ばれた方です。
王城で侍女をして十年。私はヒナタ様の専属として仕えることになりました。侍女仲間達は皆ヒナタ様に興味津々ですから、ヒナタ様の下に配属が決まった時には随分うらやましがられたものです。普通王族の方に侍女は数名つきますが、慎ましやかなヒナタ様のご希望で専属の侍女は私一人なので余計ですね。
さて、ヒナタ様が目をお覚ましになったようです。ご挨拶に参りましょう。
「ヒナタ様、おはようございます」
「あ、フィナさん。おはようございます」
通常侍女にさん付けは不要なのですが、ヒナタ様たってのご希望でこの呼び方を採用しています。なんでもヒナタ様の故郷では年上の方に敬称をつけるのが普通なのだとか。呼び捨ては落ち着かないから、と仰るヒナタ様に無理をさせるのも申し訳なく、恐れ多いですがこのままにしているのです。それは勿論、この王城内でヒナタ様が気を張らずに過ごせるように、とセナード殿下の指示があってのことなのですが。
私達が挨拶を交わしていると、ヒナタ様の隣でシーツが動きました。どうやらセナード殿下も目をお覚ましになったようです。フィアンセなのですからベッドを共にするのは当然なのですが、こんな時いつもヒナタ様は恥ずかしそうに下を向いてしまいます。そんな初々しいお姿が実に可愛らしいですね。
「セナード? 起きた?」
「…………」
もぞもぞ動いたかと思うと、セナード殿下は上半身を起こしたヒナタ様の膝の上に頭を乗せ、また目を閉じてしまいました。
「セナード? 寝ちゃうの?」
返事はありません。どうやら本格的に二度寝してしまったようですね。
「まだ時間に余裕はございますから大丈夫ですよ。半刻後にまた伺いますね」
「すいません……」
「お気にならさらないでください。朝食はこちらに用意致しますので、ゆっくりお過ごしください」
セナード殿下が二度寝してしまうのはよくある事です。それでも以前より頻度が減っていますから、ちゃんと眠れるようになっているのでしょう。以前は眠れない日々が多かったので、改善しているのはヒナタ様が居てくださるお陰ですね。
さて、丁度半刻後にお二人が寝室から出ていらっしゃいました。早速運び入れていた朝食を並べ、お二人がお食事を始めます。通常は給仕の為常に後方に控えているのですが、ヒナタ様は人前で求愛行為を受け入れるのが恥ずかしいそうなので、私は隣室に控えています。竜の血を濃く引く王族の方々は特に食事時の求愛行為を頻繁にしますからね。
お仕えした最初の頃、私の目を気にしてヒナタ様が受け入れようとしなかったので、セナード殿下が給仕は不要だと仰ったのです。言われた瞬間はまさかクビかと肝を冷やしましたが、席を外すだけで良いとお許しが出たので助かりました。
お食事が済んだら、本格的に身支度の時間です。セナード殿下はヒナタ様の部屋から出なくてはなりません。番同士なのだから別に構わないと思うのですが、恥ずかしがり屋のヒナタ様とお着替え中は部屋を出るとお約束なさっているそうです。
あぁ、今日も名残惜しそうにセナード殿下がヒナタ様に抱きついています。それを必死に説得して引き剥がすのがヒナタ様の毎日の日課なのです。大変だと思いますが、流石に侍女風情が殿下を諌める事は出来ません。頑張ってください、ヒナタ様。私はいつものように心の中でエールを送ります。いくら寂しそうな目で見つめられても絆されてはいけませんよ。今までも何度かそれで失敗していますからね。
無事に(?)セナード殿下が退出され、私はヒナタ様のお着替えを手伝います。と言っても殆どご自分でなさるので、それ程やることは多くありません。それに関しては侍女として少し寂しいのですが、王城内でのイベント事には思う存分ヒナタ様を着飾ることが出来ますから、それまでは我慢です。
身支度が終われば、ヒナタ様はいつものようにお勉強のため書斎へとお出かけになります。その間私はお部屋のお掃除です。そうだ、今日は裏庭のお花を戴きに行きましょう。部屋に飾る花を変えれば、お部屋の雰囲気も随分違うでしょうから。
ヒナタ様のお勉強とセナード殿下のお仕事が終わるとお二人はいつもご一緒にこちらの部屋にお戻りになります。ここはヒナタ様の私室ですが、セナード殿下はご自分の私室に殆どいらっしゃらないので、ここにもセナード殿下の私物が増えています。
お二人でのんびり過ごされた後、今日は陛下達とご一緒にお食事をする為、王族専用の食堂へと移動されました。その際セナード殿下がご不満そうだったのは見間違いではないでしょう。二人きりでなければ、ヒナタ様が求愛行為を受けて入れてくれませんものね。
セナード殿下は基本無表情ですが、ヒナタ様付きとなってからは段々私も表情の微妙な違いが見分けられるようになった気がします。
お二人がお夕食からお戻りになりました。ヒナタ様のご入浴のお時間です。浴室が部屋に付いておりますから、いつもヒナタ様はこちらをご利用になります。勿論、夕食の間にご入浴の準備は万端です。そしてここでも、お二人のちょっとした攻防が始まります。
「じゃあセナード、お風呂行ってくるね」
「…………」
「いや、あの、……ダメだからね?」
何かを訴えるようにじっと見つめるセナード殿下。言いづらそうに、けれどはっきりとお断りを入れるヒナタ様。
そうです。セナード殿下はヒナタ様と一緒にご入浴したいのです。けれどヒナタ様は必ずそれをお断りします。それでも諦めずに毎日ヒナタ様に思いを訴える姿は健気に見えて、この時ばかりは私もセナード殿下を応援したくなってしまうのです。
あぁ、今日もヒナタ様は逃げるように浴室へ駆け込んでしまいました。残念でしたね、セナード殿下。
「…………」
いつもなら、そのままソファに移動して大人しくヒナタ様を待つ殿下ですが、今日はどうやら違うようです。静かに浴室前の扉に移動すると、その場にしゃがみこみました。何をしているのかと思いきや、扉に耳をつけ、どうやら浴室の中のヒナタ様の気配を探っているようです。
もしや入浴中のヒナタ様の姿を想像していらっしゃるのでしょうか?
……セナード殿下。覗かないだけマシかもしれませんが、そんなに一緒に入りたいのですか?
なんだか私、涙が滲んできました。このままだとセナード殿下が危ない方向へ行ってしまいそうです。
ここはどうにか私がヒナタ様を説得すべきでしょうか?
セナードは妄想してムフフッとしているのではなく、ひなたがそこに居ることを確認して安心したいのだと思います。
きっと……きっとね!!!
ひなたがお風呂から出てくるまで体育座りで待ってればいいよ。




