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エピローグ:不死鳥である所以

────────


────…ールーク。


…ガトールーク。


もうそろそろ、いい加減に起きたらどうだ。


夜、眠れなくなるぞ…




ガトールークは、遠くに自分を呼ぶ声を聞いた気がして、ゆっくりと、目を開けた。


白い日光が、寝起きの体にはまぶしい。


寝返りをうって、うずくまる。



「おい、もう昼飯になるぞ」



「…ええっ?!」


彼は飛び起きた。


「嘘、今何時?」

「十二時半だ。 きっかり半日ほど眠っていたな」


男の言葉に、ガトールークはベッドの脇のタンスを開けて、薄緑のシャツと茶色のズボンを引っ張り出す。


「そんなに何時間も寝てたなんてばかみたいだ、午前中損した気分だよ」

「仕方ないだろう、私は何度も起こしに来た。

昨夜のことを考えれば、無理もない」


「昨夜ねえ…」

ガトールークはシャツをはおり、彼に向き直る。


「とにかく、お前がアデリーに渡らなくてよかったよ、フェニックス」



フェニックス。


──────そう言ってから、



「…え?」


彼は目をこすった。



目の前にたたずむ、赤毛の男。


長くくせのあるような髪をきれいにとかして下ろすそれは、

… 白い法衣に、身を包んでいた。


「…フェニックス、お前…」

ガトールークはつぶやく。


「ああ」

フェニックスは、うなずいた。

「ジェニファントに頼んで、神官としてここに置いてもらう事にした」


彼は、くるりと回ってみせる。


「ジェニファントが、使っていなかった法衣を直してくれたんだ。

そこそこ様になっているだろう?」


純白の地に、赤いラインの入ったローブ。

その質素さが、なおさら彼の容姿の整ったことを引き立てるようだ。


ガトールークは、うなずく。

「とってもよく似合うよ、フェニックス」


フェニックスは穏やかに微笑み、

…続けた。


「ガトールーク」

「ん、なんだ?」

「お前に、礼と─────

…それから、詫びを入れなければならない」

「まだ俺のこと、巻きこんだと思ってるのか?

いいってば、そんなの」


「無論それもある。

その事に関しては、詫びても詫びきれん。 …

だが─────」

フェニックスは、顔を上げる。

「これはまた、別の事だ」


「…別のこと?」

「ああ」

「俺、そんなにいろいろフェニックスにしてやってないぞ?

背中に乗っけてもらったりとか、むしろ、世話になってるくらいだよ」


「いいや」

フェニックスは、かぶりを振る。


彼は、少し間を置いて、


… 言った。


「…私はお前に無駄足を運ばせてしまった。

…気が変わったのだ」


「…え?」


「…しばらく、死ぬのはやめだ」


「…フェニックス…!」

目を見開くガトールーク。


彼は、少し瞳を伏せて、続ける。


「…私は、今まで長いこと、この体躯を満たす不死の血潮を呪い、自分の不幸を嘆いて生きてきた…

滅ぶ事のない肉体をかかえ、途方に暮れていたのだ」


「…」


「だが、お前に出会って、

…お前を見ていて、少しわかった」


「…俺を、見てて?」


「ああ」


フェニックスが、うつむいたまま、まぶたを閉じる。


「私の体は、何かの盾となるために、与えられたのだ。

私が滅びぬためでなく、守らねばならない何かを滅ぼさないために、私はあるのだろうと──────

──────そう、思った」


フェニックスが、ベッドの端に座り、

…ガトールークを見つめた。


「私はお前を守りたい」


「…俺を?」


「向こう見ずで、無茶ばかりして…

危ないことはこっちが見ていられないほどだ。

しかし、それはお前の勇気と────

─────それから、いわば、好奇心のなせる技」


フェニックスは、微笑した。


「…私に、お前の心を止める力はない…

だが、お前の心が導く先に伴う危険から、お前を遠ざけてやることはできる。

そうだろう?」



ガトールークは、



「ああ、フェニックス!」


──────フェニックスに、飛びついた!



「よかったー、俺、なんとなくちょっと気に病んでたんだ」

「何をだ?」

「俺が魔法を教えたから、そのうちフェニックスは自分のこと、…

…殺すのかなって、思って」

「…そうか」

「でも、不死身じゃなくなるの、とりあえず今はやめたんだろ?

…なんか、ほっとしちゃったよ」


フェニックスが、目を細めた。

「…中途半端な格好でいないで早く着替えろ、昼食だぞ」


「あ、ああ、そうだな」

ガトールークは、手早くシャツのボタンを閉め、寝間着のズボンを脱ぎ捨てる。


そして、

「…あれ」

気づいた。


「フェニックス」

「何だ」

「このパジャマ、じいさんのじゃ…」


「ああ、そうだ」

フェニックスは、片目をつぶってみせる。

「お前が昨日、血まみれで穴だらけの寝間着のままで寝たから、セレスティーナが勝手に着がえさせた」


「…俺のパジャマは、どこやった?」

「どこにやったって、捨てたぞ。

あれはもう着られないだろう」


「えー、やっぱダメかなあ」

ガトールークは肩をすぼめる。

「だって、そしたら俺、買いに行かないといけなくなって、めんど…」


「馬鹿かお前は」


フェニックスの笑顔が怖い。


ガトールークは、素直に、いつもと同じようなズボンに脚を突っ込んだ。




「まったく、朝ご飯が昼飯だって…

生活リズムのせの字もないよなあ」

「ああ、ない。

魔法を乱用しなければ、こうならなかったものを」


「…フェニックス」

「何だ」

「…お前ちょっと、セレスティーナに似てきた?」

「どこがだ」

「どこがって…

ま、まあいいや」




他愛もない話をしながら居間に下りてきた二人。



セレスティーナが、駆け寄ってきた。


「おはようガトールークさん、今日はずいぶんお寝坊だったね?」

「しょうがないだろ、たまにはそんな日もあるよ!」


「あっ、ねえねえ」

彼は、ガトールークの目の前に、紙を一枚差し出した。

「ちょっとこれ見てよ!」


彼はそれを受けとる。


「…これ、始末書か?」

「そう、このために午前中にお城に行って、大臣に確認とってきたんだよ?

読んで読んで」



ガトールークは、文字に目を走らせた。


────────



六番隊 ジェイソン=ハーバート


処分:懲戒免職、及び除名


罪状: 一番隊副隊長セレスティーナ=レ・オミュール=レヴェストリ(大臣バパに時計塔修理を依頼され城内にとどまっていたゆえに誤って捕らえられた、城下のガトールーク=リストクラッサの釈放のため時間外出勤)に対し、独断で暴行を加え、軽傷を負わせた上、投獄した。



────────



「うふふっ、どうかな?」

にこにこするセレスティーナ。


「軽傷を負ったのか?」

脇からのぞきこんでいたフェニックスが尋ねた。


「まっさかあ!」

セレスティーナは、笑う。

「やだフェニックスさんったら、ちょっと本気にした?

お芝居で怪我なんかしないよ、ちょっとジェイソンの悪そうなとこ盛っただけ!」


「…ジェイソンというのが私の事か」

「そう!

大丈夫、朝、六番隊の名簿にジェイソン=ハーバートって名前、書きたしておいたから」

「…嘘だらけだな」

「いいのいいの、口八丁手八丁、たまには嘘も方便!

フェニックスさんもあんまり真面目でいると疲れちゃうよ?」


「ま、ばれないから大丈夫だろ」

ガトールークがうなずいた。

「昨日の夜中に、城の真横で無断占拠みたいなことがあったんだぞ?

どうせ今日の兵士隊は始末書だらけだ、バパ大臣だって、細かくなんか見ないよ」


「…まあ、一理あるな」

フェニックスが、肩をすくめる。



「ガトールーク、ガトールーク、おはよう!」

彼の首筋に飛びついてきたのはロコだ。

「ガトールーク、もう、おひるごはんだヨ!」


「ああ、お昼ご飯だな。

いっぱい寝ちゃったよ」


「寝すぎじゃ」


「…あ」

低い声にどつかれて、ガトールークは振り返る。

「じいさん、おはよう」


「まったく、昼過ぎまで何をしても起きんとは何事じゃ」

「もういいだろ、疲れてたんだよ」

「ああ、若いくせに疲れた疲れたと爺臭いのう」


ジェニファントがひげをなでる。


「くっそー、なんだよっ、じいさんだって年くってんのにいつまでも胃袋底無しでさ、心臓病になってぽっくりいったって、俺知らないからな!」

「大きなお世話じゃ、わしゃお前よりぴんぴんしとるわいっ」


「…あーあ、また始まっちゃった」

セレスティーナが苦笑いする。

「ほんとに二人とも、強情っぱりっていうか、なんていうか…」


「…きのう、むぎゅってしてたの、うそみたいだネ」

テーブルの上で、ロコが首をかしげる。


「え?」

セレスティーナが、顔を上げた。

「むぎゅって?」


ロコが、テーブルの脇のフェニックスに歩み寄り、

「むぎゅー」

彼の胴に、短い両腕をまわした。


フェニックスは、ロコの頭をなでる。

「…仲がいいんだな」


「ほんと、ケンカするほど仲がいいって言うよね」

「ガトールークとおじいちゃん、なかよしだヨ!」



二人と一匹は、向かいあうガトールークとジェニファントに目をやる。



「お前みたいな馬鹿息子は、永久にファルシアン様の加護は得られんじゃろうの」

「別にいいよ、っていうか女神様だって、よくこんな言葉のきったないじいさんのこと祝福したよな!」

「言葉が汚いじゃと?

ふん、お前ほどじゃないわい!」



「…

…ほんとかなあ、ケンカするほど仲が…って」

セレスティーナが、首をひねった。


「うそだネ!」

ロコは満面の笑みだ。



セレスティーナは、ため息混じりに言う。


「フェニックスさん」

「何だ?」

「ここで暮らしててノイローゼになりそうだったら、いくらでも僕の家に泊めてあげるからね」


「大丈夫だ」


フェニックスは、笑う。


「私が、ここを居場所として選んだのだからな」



彼は、呼んだ。

「ガトールーク」


「あ、何?」

ジェニファントと言い争っていたガトールークが振り向く。


フェニックスの穏やかな微笑に、彼は、向き直った。


「ガトールーク」

「…うん」

「これから、世話になるぞ」


「こっちこそ、世話になってやるぞ」

ジェニファントが腰に手を当てた。

「若い男手はいくらあっても困らんからの」


「フェニックス!」

ガトールークは、フェニックスを見上げる。


「何だ?」


返すフェニックスに、

… 彼は言った。


「…お腹減った、ご飯にしよう?」



セレスティーナが、頬に手を当てる。

「ま、まあ、朝ご飯食べてないから、お腹もすくよね…」


「いや、そのさ…」

ガトールークが、頭をかく。


「ほんとは、宜しくって言おうと思ったんだけど、

…」

「けど?」

「なんだか、フェニックスって、ずっと前からうちにいる気がして、なんか変な気分になっちゃったんだよな」


「ほんと!」

ロコが、立ち上がる。

「フェニックス、ずーっと、いっしょみたいだネ!」



フェニックスが、くくっと笑い、


「ガトールーク!」


─────青年の小さな体を、持ち上げた!



「…宜しくな」

「あ、ああ…

…宜しく」



…ガトールークが、フェニックスに抱えあげられたまま、声をあげる。



「や、やっぱり、なんかこれ、変だよな?!」



─────とまどうひとりの青年を囲んで、三人と一匹の笑い声が、溢れた。



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