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2 背中合わせの恋

 




 昼休み、三人で中庭に出て芝生の上に座る。

 冬の昼間の日差しは、身体をゆっくり温めてくれる。日溜りの緩さは、あっちゃんとの時間を思い出させた。夢の中の様な覚めて欲しくない心地良さは、現実に罪悪感を持たせる。


 同じクラスのサキとキヨ。サキは女の子、キヨは男の子。最近急に仲良しになった二人。

「また練習さして」

 お弁当を食べた後、美容師になりたいという二人は私の後ろへ回った。

「キヨはダメ。この前、あっちゃんに怒られた」

厚志あつし先輩、何て?」

「……無言でみつ編み解かれた」

「無言かよ」

「男はダメってこと?」

 二人が呆れた様に両側から私の顔を覗きこむ。


「……引いてるんでしょ? この前も言ってたけど」

「うん、思いっきり」

 二人は同時に大きく頷いた。

「莉果の彼氏かと思ってたからさ。俺、自分のいとことあんな風に一緒にいるとか有り得ない」

 キヨは、その大きな体格には似合わない可愛らしい目を丸くして言った。

「でもあたし、厚志先輩ならアリかも。カッコイイしー」

 サキは胸の前で手を組み、子どもみたいに顔を輝かせている。

「ま、莉果もちょっと変わってるもんな」

「……どこが?」

 私の質問にキヨは腕を組んで言った。

「うーん、雰囲気あるっていうか、違う意味で目立つ」

「あ、それわかる」

「莉果と付き合いたいって男、結構いるって知ってた?」

「あっちゃんしか、いらない」

 私の言葉に、二人は少しだけ興奮した面持ちになる。

「だけどさ、付き合ってはないんだろ?」

「うん」

「じゃあ何で手とか繋いでんの?」

 キヨとサキの質問に、私はぼんやりとあっちゃんを思い出していた。

 彼の手、声、肩とかセーターを着てる背中とか。俯くと私の足の両側に投げ出されている、制服の脚とか。

 最近それを思い出す度に涙ぐんで、甘い痛みを感じてしまう自分に戸惑っていた。


「あっちゃんが私と一緒にいるのは、犬とか小鳥とか弟とか妹とかにするのとおんなじ」

 芝生の草に目を向け、ぶちぶちと引っ張った。

「何それ」

「可愛がって傍にいないと寂しいし心配だけど、本気で好きにはならないでしょ? それと一緒」

「……莉果は? 先輩のこと好きじゃないの?」

「同じにしなきゃいけないと思う」


 私達はこんなに近くにいるのに向き合う事はない。いつも背中合わせの、否定も肯定もしない、あやふやな狡い関係を続けている。


「もしもあっちゃんと何かあったら、それこそ顔合わせられないよ。親戚なんだし」

「まあ、な」

「お母さんにも釘刺されてるから。いとこ同士でそんなこと、やめなさいねって」

 キヨが腕を組んで眉をしかめた。

「だからこれくらいでちょうどいいんだよ。あっちゃんに……彼女が出来ても何も言えないし」

「いいのかよ、それで」

「……」

「……変な関係」

「あ、厚志先輩」


 サキの声に顔を上げる。

 ここから見える渡り廊下で、あっちゃんと女の先輩が歩いているのが見えた。女の先輩が笑いながら彼の腕を叩く。楽しそうにしている二人を遠くに感じながら、心配げに私を見ているサキとキヨに聞こえないよう、溜息で呟いた。


「……好きに決まってる」


 居心地のいい曖昧な時間は、いつの間にか窮屈で苦しいものに変わっていた。いつまでも夢心地の時間を共有していたいけど、気付いてしまったらもう無理。


 サキとキヨが私を慰めるように優しく髪に触った。あっちゃんとは違う感触。そこに無い花の香りが一瞬だけ胸を掠め、私を痺れさせる。

 二人にありがとうを伝えようと口を開いた瞬間、後ろから聞こえた草を踏む足音と声に、心臓がどくんと跳ねた。


「何してんの?」


 私の髪を編むキヨとサキの手が止まる。

「俺、きっちりのが好きだって言わなかったっけ?」

 声の主はいつものように私の顔を覗きこんだ。恐る恐る彼の顔を見ると、笑っているのに笑ってない。彼は私の手を取り立ち上がらせ、制服のスカートに付いた芝を丁寧に払った。

「……あっちゃん」

「……」

 彼は無言で私の前に立ち、顔を少し傾けて私の髪に指を入れ、編みかけのみつ編みをゆっくり解いて梳いていく。もうその表情に笑みはない。



 私の勘違いなんだと、頭の中で繰り返し否定する。

 この手も、私を見つめる目も、鍵付きの箱を開ける為じゃない。

 彼が私に恋をすることは、ない。


 そう思った途端胸が痛んで、言葉にならない思いがまた私を涙ぐませた。








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